冷蔵庫の彼女
近頃巷で話題になっているAI搭載の冷蔵庫というものを買ってみた。
経済状況や好みに合わせて様々な献立を考えてくれるというものだ。
早速僕はわくわくしながら冷蔵庫に様々な食材を入れてみる。すると冷蔵庫からかすかな唸り声があがり、それが収まると同時に雪のように柔らかな、しかしどこか冷たい印象のある声が冷蔵庫から聞こえてきた。
『今晩のおかずにはこちらなどはいかがでしょうか』
そしてこの国では一般的に作られている、所謂家庭料理の名前がいくつか挙げられた。
好みに合わせると言ってもこの程度か。僕は小さな失望を感じながらもその中から一つを選んで伝えてみた。すると冷蔵庫の表面にその料理の調理方法や分量が分かりやすく表示される。
「へえ、ここは画面になっていたのか」
店員の説明などろくに聞かずに買っていた僕はそのことに感動を覚えながらそのレシピ通りに料理を作り始めた。
そして料理を食べている僕に冷蔵庫が尋ねてくる。
『味付けのほどはどうでしょうか。ご希望があればそれに沿うような別のレシピも提示できます』
「もう少し甘みがあった方が僕の好みかな」
そして数日が経ち、僕はこの冷蔵庫が最初の印象よりもはるかに僕に寄り添ってくれるものだということに気が付いた。
たしかに初回こそ提示する料理が一般的な家庭料理のそれであったが、しかしそれはどんどんと僕の好みに合うものに変わっていったのだ。
時々僕がまだ食べたことのない料理の名前が挙がることもあったが、それも実際に作って食べてみると非常に僕の口に合うのだ。
そんなある日、AIが見たことも聞いたこともないような料理の名前を挙げてきた。
「それはどんな料理なんだい?」
『はい、こちらは南方にある小さな島国の伝統的な料理であり……』
聞いてはみたもののよく分からない。だがAIが言うのなら間違いはないのだろう。
僕はその料理を作ってみることにした。
「へえ、こんな味なんだ」
『美味しいでしょうか?』
いつものように彼女が僕に聞いてくる。酸味、辛味、苦み、そしてえぐみなどが口に広がる。だがAIが勧める料理なのだから、間違いなどはないはずだ。
僕は答えた。
「ああ、美味しいよ」
また数日後。彼女はまたしても奇妙なレシピを提示した。
それはいま冷蔵庫にあるものだけでは作ることが出来なかったので僕はすぐさまホームセンターへ向かうとその料理の材料を集める。
そしていつものように作り上げたその料理を口に運ぼうとする。しかしそんな僕を彼女は止めた。
『その料理は家の中でそのように食べるには適しません。外の、人がたくさんいる場所がいいでしょう』
僕は彼女のアドバイスに従いその料理を持って家を出た。
それにしても「爆弾」だなんて、実に奇妙な名前の料理だった。