異世界に転生した俺の弟がヤバい
「にいさまー」
おはようの突撃がまずヤバい。弟にしてみれば、それはいつもの親愛を表すただのハグなのだろうが、無意識に行使する身体強化が転生トラック並の破壊力だ。普通に喰らったら俺は死んでしまい、弟は泣くだろう。両親もそうだ。だから耐える。
まったく、俺が前世で習得していた剛体と柔体がなければ我が家は悲劇の一大生産地になっていたところだ。
白い部屋で会った創造主とやらに転生特典の願いを訊かれ、「一人っ子だったんで弟か妹がいると嬉しいな」と、軽い調子で応えてしまった、あの時の己を小一時間問い詰めたい。
それと引き換えにしたものの重さがいかにデカかったか、知る由もなかったとはいえ迂闊にも程がある。
ぐりぐりと俺の生命力を削る弟のヘッドバットをいなし、スポンと引っこ抜いて俵に担ぐ。ああ、違うぞ。この体勢は弟――ミルドレッド――がお気に入りなんだ。
ん? ミルドレットは女性名? まあ、あっちではそうだったな。でもここではアリなんだよ。理由なんか知らねえよ。え俺? 俺の名はバルガス。お前それ名字だとか言わない。ここはそういう世界なんだと納得してくれ。あとゴツいとか言うな。俺はまだ五歳のかわいい幼児だ。少なくとも鏡はそう返してくれてるんだから間違いない。
「つよいー」
大満足のミルを抱えて食堂に向かう。この一家は朝食と夕食を、必ず一家揃って戴く。帝国宰相と筆頭魔道士の権限を遺憾なく発揮した溺愛というやつだ。ああ、誤解があると何だから言っておくと宰相の方が母だ。
「あらあら。今日もミルは兄の肩に乗っているのですね」
「ふふ、ミルはお米さま抱っこがお気に入りだからね」
上級貴族の食堂に相応しいのはアホみたいにデカいテーブルだけだ。普通はそこに朝食を満載したりはしないし、内訳の大半が肉々しくはない。
「ははうえー」
ロケット並みの推進力で発進しようとするミルを牛車程度に減速させて、母の膝に乗せる。そこの親父、こっち見て膝をぽんぽんするな。俺はもう、分別のある五才児なんだ。
――普通のヒト族はお前がぶつかったら壊れてしまう。
この常識を、二歳の弟に仕込んで三年。駄目だこいつ、早くなんとかしないと。と、何度思っただろう。何しろこいつは、母の胎の中にいた頃からこうだったのだ。
何で知ってるか? そりゃ俺もそこに居たからな。
ミルは俺の双子の弟。よくわからんチート的スキルを満載した、異世界のバケモンだ。俺が居なかったら国家、いや、世界の討伐対象になってただろう。
しかし、如何ともし難いが此奴は俺の弟で、兄が俺なのだ。平穏だのスローライフだのはとうに諦めた。俺にできるのは、この弟が魔王を超えた何かになるのを阻止する、それだけだ。