雨の声
革製の首輪をつけられて繋がるリードを強引に引っ張られてしまった。
思いもよらない衝撃に驚愕してしまい目を思わず固くつむってしまった。
変に体が熱い。
肩に彼女の長い髪の毛が垂れた感触がわかる。
「ねえ、目を開けて。」
声が聞こえて恐る恐る目を開けるとすぐ目の前に彼女がいた。
息がかかるほどの近さ。彼女の息遣いが分かる。生きているんだ。なんて状況に合わず混乱したことを考えてしまう。
息を止めてこの時間が早く過ぎないか。
今の私は臭くないかなど彼女に嫌われない要素が無いかをぐるぐると探してしまう。
綻びかけた服から除く彼女の肌は珠のようでそこらの美術品には敵わないほどに美しい。
絹のように柔らかく私を上から包み込む彼女の髪の毛は濡れ羽色というならこの色なのだろうと思うほどに艶やかだ。
これから何をされるのか。
これから何をするのか。
純粋だった私には何もわからない。
ホテルの暗がりに隠れて私たち2人は夜に飲まれていった。
頭が痛い。
昨日は何をしたのだろうか。
だるい頭を持ち上げて、眠い目を手のひらで強引に擦る。
朝日はあるが、これは雨の日の明るさだな。
ほのかに部屋は暗い。
そうだ、確か引っ越した家の入居日を1日ミスったからホテルに泊まって、それでこんなに寝覚めが良かったんだ。部屋も自分の部屋にしてはやけに綺麗だし。
たしか今日は新年度の説明会があったはずだ。
通信制だとしても学校始まってすぐのやつだから遅刻しないわけにはいかない。
時計を見てまだ余裕があることを確認する。
布団から出ようとした。
その時に気がついた。
誰 だ こ の 人 ?
寝起きでだるい私の隣に、花もはじらう可憐な少女が寝ていた。
艶やかな黒い髪に長いまつ毛、なぜか服は脱いでおり惜しげもなく美しい肌を晒している。
流石に目に毒だから布団に被せた。
どうしてだ?なぜだ?
本当に覚えていない。
なぜか飲み会明けのお父さんの香りが部屋に漂っている。
しかも近くの机を見るとショットグラスと飲みかけのウイスキーのビンが見えた。
これ、不味くないかな??
しかも首輪が横にあるし何したの?昨日の夜。
私まだ17歳だよ?
しかも隣の子も私と同じか一個違いくらいに見えるし。
なんでホテルの人はこの所業を止めなかったの?
なんで?
セルフサービスだから飲めたのかな...?そういうホテルもあるよね...。
どうしよう。お母さんたちに助け呼ばなきゃ。
混乱し、どうしようかと頭を悩ます。
すると彼女が起きてきた。
気だるげに可愛らしく目を擦る彼女は宗教画の一枚に見える。服がないから尚更だ。
いやよくない、服を着てもらわなければならない。
同性だとしてもこちらが恥じらってしまう。
「おはよう」
にこりと、彼女は私に微笑みかけた。
思考が止まった。
何この激かわ女子。
インスタに投稿したらとんでもバズるんじゃないかな?もちろん服着てる姿で。
かわいい、かわいすぎる。
釘付けになって目を離せない。
「どうしたの?また続きでもする?」
なんて言って私の唇に優しくキスを落とした。
まさしく天使のキスだ。
いや、そういうことじゃない。
パッと身を引いてその拍子にベットからドタバタと落ちた。
寒い。なぜ裸なのか。
クスクスと笑う彼女の声が聞こえる。
揶揄われたのか?にしてはなんだ。距離が近いというもんじゃないだろう。
楽しそうに艶やかに笑う彼女に私と一緒に落ちた掛け布団を投げつけてすぐに私は服を着た。
持ち物は特に大丈夫そうだ。持ってきた時と変わらない。
彼女は不機嫌そうに布団から出てきた。
「いきなり攻撃するとはごあいさつね。ふふ、ごめんなさいね。いじめちゃって」
それはどちらの意味が含まれているのか。
記憶はないが昨日のことか?
それとも今のことか?
なんにしろ可愛いが、何されるかわからないからずっと警戒をしておく。
「あらあら、すっかり怯えられちゃったわね」
「せっかくだし自己紹介するわ、私はあなたのひとつ年上の綺麗なお姉さんよ?」
「なんで私の年齢知ってるんですか!?」
「昨日教えてくれたじゃない。しきりに『17歳だからお酒は飲めない』って。随分優しい家庭で育ったのね」
「それでなんで飲ませたんですか!?」
「あなたがゲームに負けたからよ」
「そんなっ!!」
ゲームと名のつくものに負けたことはないのにっっ!!
どんなものも睡眠時間を削りレベリングし、ランク戦を回し確実に勝つようにしている負けず嫌いの私なのに...!!!!
「なんてゲームですか...」
「ポッキーゲームよ」
「!?」
なんで私はそれを了承したんだ...!?
この女性の美しさに洗脳でもされたのか!?
「というか服着てください。」
「あら、これは失礼したわ」
2人とも服を着終わった。
もう彼女のことは気にせずに今日の用意をする。
荷物はホテルに預けて、チェックアウトの用意をしていく。
確か学校に行くには、と道順の書かれている紙を見て改めて確認していく。
「それ、私も一緒の学校よ」
「え、ほんとですか」
「そうよ、じゃあ学校に行くまで一緒ね」
新しい家から同じ学校に行くにしても困っていたからそれは助かる。
助かるけどいいのかな。
「ね、一緒に行きましょ」
「わ、かりました」
くっ!!!可愛い!!これは一緒に行くしかない!!
「というかあのお酒たちどうするんですか?犯罪ですよね」
「ああ、大丈夫よそのままで」
「でも、捕まったりしたら、」
指で口を塞がれてしまった。
「さ、行きましょう、遅刻するといけないわ。」
にこりと笑った。
私は彼女の顔の良さに負けてこくりと頷いた。
一体どうするかなんてどうでもいい。
雨音響く冷たい日。
桜に弾かれる雨水は元気に飛び回っている。
2人静かに朝の賑やかさも忘れて何も話さずに学校まで着いた。
教室までは階段で向かう必要がある。
今回は2,3年生合同での説明会だ。
「2人とも一緒にきたの?」
先生が聞いてきた
「は、はい。」
「新年度から友達ができるのはいいわね、仲良くしなさいね」
優しく先生が挨拶をしてくれた。
2人して挨拶を返して、それぞれ指定の席に座り、説明を受けていく。
全てが終わって必要書類に書き込んでいく時間になった。
今日はこれを提出して終わりだ。
「進路についても書いておいてね。」
先生たちは一人一人を見て回っている。
私たちのところにも先生がきた。
「たしか貴方は、将来親の仕事を継ぐのよね。頑張りなさい。先生たちに相談したいこととかあったら遠慮なく言うのよ。」
彼女は親の後を継ぐらしい。
それで思い出した。
確か昨夜に彼女はぽつりと言っていた。
聴かれるとも思わず口をついて出た言葉なのだろう。
『家を継ぎたくない』
『どこかに逃げたい』
なんて言っていたこと。
恥ずかしい記憶も一緒に思い出した。
なぜ今。
先生がいるまえでうずくまってしまった。
「あなたはーってどうしたの?気分でも悪いの?」
先生が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫です...。己の恥を知り苦しんでいるだけです...。」
「そ、そうなの。えーとあなたの進路は、まだ決まってないのね、いつでも相談になるから何やりたいか、興味持ったものがあったらいつでも言ってね」
「はーい」
気のない返事をする私の後ろで、猫のように目を細めた彼女に私は気づかなかった。
説明会は終わって生徒それぞれはすぐに家へと帰っていったり、残って友人たちと談笑したりと思い思いな時間を過ごし始めた。
「私はこのまま帰るんですけど先輩はどうするんですか?」
「私も同じよ、帰りましょうか」
優しく微笑む彼女は美しい。
何故か彼女の隣を歩ける栄誉に震えてしまう。
「さようなら」
2人して先生に挨拶をして学校を出ていく。
そして周りに誰も聞いていないことを確認して私は声を上げた。
「何か助けて欲しいことがあれば助けますよ。」
それを聞いた瞬間彼女は目を見開いてひらきかけた傘を閉じた。
「貴方が家を継ぎたくないことを知りました。あの夜言ってましたよね。同じ学校に通うものとして、手を貸しますよ?」
「それに、あんな仲になったみたいですし」
なんて彼女の行手を阻みながら意気揚々と自身がいかにあなたを助けられるヒーローのような存在かと恥じらいも混ざりながら伝える。
ここの階段は段がひとつずつ高い。
その階段の上と下で話している。
今は私が下で彼女が上で。
彼女は傘を開いて私を見つめた。
「あなたに私は救えないわよ」
驚いた。拒否されると考えていなかった。
凛とする低い声で告げられた。
地面に反射する陽の光に目を焼かれながら、見上げて視界に収まりきらない貴方は、子供みたいな押し込めたような魅惑的な微笑みを浮かべている。
傘を持つ手を濡らして、今にも空に溶けそうな髪とスカートを静かに靡かせて、私を横切って遠くに行ってしまった。
あの表情と声音に胸を締め付けられ、何も声は出せなかった。