07話 mobのあずかり知らぬところで
王宮の密室―
夕暮れの光が差し込む国王の私室。
重苦しい表情を浮かべた国王の前に、「真理の光」の指導者アルドリッチ大司教が静かに近づいた。
大司教の声には冷徹な満足感が滲んでいた。
「陛下、シドニーを投獄なさったのは賢明なご判断でした」
国王は僅かに顔をしかめた。
「あれほどの功労者を牢に入れるのは、苦渋の決断だったぞ」
アルドリッチは表情を変えることなく、冷たい声で続けた。
「確かに彼の発明は我が国に大きな利益をもたらしました。しかし、彼の理想主義は我々の進むべき道の妨げとなる。彼を遠ざけることは必要不可欠な措置だったのです」
国王は深いため息をついた。「そうだな...」
大司教は話題を変えるように、声を低めて続けた。
「さて陛下、我が国の技術革新により、もはやエルフの魔法に頼る時代は終わりました」
国王は窓の外に広がる王都の景色を見つめた。
「シドニーの発明が我々にもたらした力は計り知れない」
アルドリッチ大司教は一歩前に進み、声を潜めた。
「そうです。その技術で、今こそ、エルフたちを我々の目的のために利用する時です」
「利用?」王は思わず聞き返した。
ただエルフを追い出そうというのではないのか。
大司教は続けた。
「長年、エルフたちは魔法という特権で優位に立ち、それが市民の不満の種となっていました。しかし今、技術の進歩で彼らの立場が揺らぎ、人との軋轢が増しています」
国王は静かに頷いた。
「確かに、そのような報告は日に日に増えている」
「まさにその通りです。国内の不満、失業、貧困、格差...」アルドリッチ大司教の目が鋭く光った。「今こそ、人々の怒りの矛先をすべてエルフに向けるのです」
「エルフ狩り...か」国王の言葉は重く、部屋に響いた。
「はい」大司教の声に人間味は微塵も感じられない。
「エルフに負の感情を向けさせることで、国内は団結し、我が国の力は一層増すでしょう。同時に実践経験まで詰めるというのであれば一石二鳥というもの」
国王は目を瞑り、黙って大司教の言葉を聞いた。
「とはいえエルフどもも馬鹿ではありません。中途半端な追放ではいけません。武力で人間には勝てないということを徹底的に思い知らせる必要があります」
長い沈黙が部屋を支配した。
国王の表情は、決意と苦悩が入り混じっていた。
やがて、国王は迷いを振り切ったような冷徹な口調で言った。
「よかろう...すべてお前に任せよう」
「仰せのままに」アルドリッチ大司教の唇に、薄い笑みが浮かんだ。
「真理の光が、人々を正しき道へと導くでしょう」
大司教が退室した後、国王は再び窓辺に立った。夕焼けに染まる空が、徐々に闇に飲み込まれていく。
「シドニー...」国王の呟きは、誰にも聞こえない祈りのようだった。
「許せ。お前の理想とは正反対の道を選んでしまった。だが、これもまた国のため...」
その日を境に、ガルムス王国は慌ただしく動き出した。
シドニーの発明は主に軍事用に転用され、着々と戦の準備が進められるのであった。