16話 廃坑の闇、動く屍たちの群れ
山岳地帯の風は冷たかった。
翔太たちは、ロックスターのいる廃坑へと続く道を歩いていた。
「ねえねえ、どこ行くの?」
シルフィが翔太の周りをくるくると飛び回る。
「廃坑だ。ロックスターの様子を見に行く」
「ロックスター? あの岩の大きいやつ?」
「ああ。従魔になってくれたけど、あいつはあの廃坑を離れられない」
シルフィは不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
「ゴーレムは、守るために生まれた魔物なのよ」
答えたのはランマだった。彼女は少し遠い目をして続けた。
「ゴーレムという概念は、人々が何かを守りたいという願いから生まれた。城を守る門番、宝を守る番人、そして......大切な人を守る盾」
「へえ」
シルフィは興味深そうに聞いている。
「だから、ゴーレムは自分が守るべきものから離れられない。それが存在理由だから」
「ふーん。なんか、不自由だね」
シルフィは軽い調子で言ったが、ランマは静かに首を振った。
「不自由かどうかは、本人が決めることだよ」
翔太はランマの言葉を聞きながら、ロックスターのことを思い出していた。あの岩の巨人は、廃れた坑道をただ黙々と守り続けていた。誰も来ない場所で、おそらく何百年も。
それは寂しいことなのか、それとも——
「......見えてきた」
プルンが翔太の頭の上でぷるぷると震えた。前方に、岩肌に穿たれた巨大な穴が見える。廃坑の入り口だ。
「ロックスター」
翔太が声をかけると、坑道の奥から重い足音が響いてきた。
やがて、岩でできた巨体が姿を現した。
「......主」
ロックスターは低い声で応えた。その声には、僅かな喜びが滲んでいるように感じられた。
「調子はどうだ?」
「......問題、ない」
「そうか。何か変わったことは?」
ロックスターは少し考えるように沈黙した。そして、ゆっくりと口を開いた。
「......奥に、動くもの」
「動くもの?」
翔太は眉をひそめた。
「いつからだ?」
「......数日、前から」
ランマが前に出た。
「廃坑の奥って、何があるの?」
ロックスターは重々しく答えた。
「......昔、人間が掘った。鉱石を、求めて。でも......深く掘りすぎた」
「深く掘りすぎた?」
「......落盤。多くの人間が......埋まった。私は......彼らの眠りを、守ってきた」
翔太は黙って頷いた。ロックスターが守っていたのは、ただの廃坑ではなかった。死者たちの墓所だったのだ。
「その動くものってのは、その死んだ人間たちか?」
「......わからない。確かめられない」
ロックスターの目が、かすかに揺らいだ。
「......守るべきものが、動いている。どうすれば、いいのか......」
翔太はその苦悩を感じ取った。守るべき死者たちが動き出したなら、それを止めることは——守ることになるのか、裏切ることになるのか。
「俺が確かめてくる」
翔太は言った。
「ロックスター、お前は入り口を守っていてくれ。外に何かが出ていかないように」
「......わかった」
ロックスターは重々しく頷いた。その目には、感謝の色が浮かんでいた。
***
廃坑の奥は、暗く、冷たかった。
ランマが手のひらに小さな光球を浮かべ、周囲を照らしている。
「ねえ、なんかすっごく嫌な感じする」
シルフィが翔太の肩に止まり、身を寄せた。普段の軽い調子はなく、声が震えている。
「怖いのか?」
「怖いっていうか......なんか、ぞわぞわする」
プルンも翔太の頭の上で、いつもより強く身体を縮めていた。
「......瘴気だね」
ランマが呟いた。
「瘴気?」
「死の気配が濃くなってる。この先に、大量の死があった証拠」
翔太は周囲を見回した。坑道の壁には、錆びたつるはしや朽ちた木材が放置されている。かつてここで働いていた人間たちの痕跡だ。
その時、坑道の奥から異様な音が響いてきた。
ずるり、ずるり。
何かが這うような音。そして——
「......来る」
ランマが身構えた。
闇の奥から、白い骨がむき出しの腕が伸びてきた。
「ッ!?」
翔太は咄嗟に後ずさった。
それはかつて人間だったものの残骸だった。肉は腐り落ち、骨と乾いた皮膚だけが残っている。空洞の眼窩には、青白い光が灯っていた。
「アンデッド......!」
ランマが叫んだ。
「死者が魔物化したもの! 瘴気が濃すぎて、魂のない死体が動き出してる!」
骸骨の群れが、次々と坑道の奥から現れてきた。五体、十体、二十体——その数は増え続ける。
「くそッ......!」
翔太は短剣を構えた。
「翔太!」
ランマが警告の声を上げる。
「アンデッドは普通の攻撃が効きにくい! 骨を砕いても、瘴気がある限り再生する!」
「じゃあどうすりゃいいんだ!」
「瘴気の源を断つか、浄化の力で祓うか——」
「浄化なんてできねえよ!」
骸骨の一体が翔太に襲いかかってきた。翔太は咄嗟に短剣で受け流し、蹴りを入れて吹き飛ばす。しかし、骸骨はすぐに起き上がってきた。
シルフィが風を操り、骸骨たちを吹き飛ばす。しかし、それも一時しのぎにしかならない。
プルンが翔太の頭から飛び降り、骸骨の一体に張り付いた。酸で骨を溶かそうとするが、溶かした端から再生していく。
「ランマ! 何か方法は!」
「......一つだけ」
ランマは目を閉じた。
「翔太。骸骨たちを一か所に集められる?」
「やってみる!」
翔太はシルフィに向かって叫んだ。
「シルフィ! 風で奴らを押し込め!」
「わかった!」
シルフィの風が骸骨たちを押し返し、坑道の一角に追い詰めていく。プルンが逃げようとする骸骨の足元に張り付いて動きを封じる。
「今だ、翔太!」
ランマの声と同時に、翔太は叫んだ。
「咆哮ッ!」
オーガから得たスキルが発動した。
凄まじい音圧が、密集した骸骨たちを襲う。骨が震え、罅が入り——そして、青白い光が骨から剥がれ落ちていった。
「瘴気が......!」
「そう。強い衝撃は、骨に宿った瘴気を振り落とす!」
咆哮の余波で、骸骨たちは次々と崩れ落ちていった。今度は再生しない。瘴気を失った骨は、ただの残骸に戻っていた。
「やった......?」
「まだ。瘴気の源が残ってる」
ランマは坑道の奥を指さした。
「あっちに、もっと強い気配がある」
翔太は息を整え、仲間たちを見回した。
「行くぞ」
***
坑道の最奥部。
そこには、巨大な空洞が広がっていた。
天井には鍾乳石が垂れ下がり、地面には無数の骨が散らばっている。そして、その中心に——
「......あれは」
翔太は息を呑んだ。
巨大な骸骨が、玉座のように組まれた岩の上に座っていた。その体は他の骸骨よりも遥かに大きく、頭蓋骨には王冠のような装飾が施されている。
「スケルトンキング......」
ランマが呟いた。
「この廃坑で死んだ者たちの怨念が、一つに凝り固まったもの。アンデッドの頂点」
スケルトンキングの眼窩に、青白い炎が灯った。
「......侵入者、か」
低い、錆びついたような声が響いた。
「我が眠りを......妨げる者よ」
翔太は一歩前に出た。
「お前が、この廃坑のアンデッドを動かしているのか」
「動かす......? 否。我は......王。彼らは......我が民」
スケルトンキングはゆっくりと立ち上がった。その動きに合わせて、周囲の骨が集まり、巨大な剣を形作っていく。
「この地で......共に死んだ。共に眠っていた。だが......目覚めた。なぜかは......わからぬ」
翔太はその言葉を聞いて、何かを感じ取った。
「お前は......本当は、静かに眠っていたかったのか?」
スケルトンキングの眼窩の炎が、一瞬だけ揺らいだ。
「......仲間を、守りたかった。共に掘った者たちを。あの日......落盤で......皆、死んだ。我も......死んだ。せめて......この地で、安らかに眠りたかった」
「なら、もう一度眠れ」
翔太は言った。
「俺がお前たちの眠りを守る。外にはロックスターがいる。あいつも、ずっとこの場所を守ってきた」
スケルトンキングは動きを止めた。
「......岩の者、か。長い間......感じていた。我らを......守ってくれていたこと」
骨の剣が、ゆっくりと下ろされた。
「生者よ。お前は......何者だ」
「魔王だ」
翔太は答えた。
「俺の従魔になれ。お前の守りたいという気持ちを、俺が引き継ぐ」
スケルトンキングは長い沈黙の後、骨の膝をついた。
「......我が名は、かつてディルクといった。坑道監督......だった。お前に......託そう」
青白い光が翔太とディルクを包んだ。
従魔契約が成立した瞬間だった。
***
廃坑を出ると、山岳地帯に夕日が差していた。
「はぁー、やっと終わったぁ」
シルフィがぐったりと翔太の肩に乗っかった。
「アンデッドってほんと苦手。あの冷たい感じ、嫌い」
プルンも疲れたようにぺたんと翔太の頭に張り付いている。
ロックスターが、廃坑の入り口で待っていた。
「......終わったか」
「ああ。奥にいたのはスケルトンキングだった。今は俺の従魔になった」
「......そうか」
ロックスターの声には、安堵が滲んでいた。
「......ディルク、という名だったらしい。お前と同じで、仲間の眠りを守りたかったんだと」
「......そうか」
ロックスターは廃坑の奥を見つめた。
「......長い間、感じていた。奥に、誰かがいることを。同じように......守ろうとしている者が」
「これからは二人で守れ。俺がお前たちの主だ」
「......わかった」
ロックスターは深く頷いた。
翔太はステータス画面を確認した。
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【魔王ショータ】
Lv. 36 → Lv. 38
【スキル】
・溶解耐性(微)
・突進
・物理耐性(高)
・短剣術(初級)
・罠作成(初級)
・夜目
・群れの連携
・水流操作(初級)
・毒耐性(微)
・岩石操作
・硬化
・怪力
・咆哮
・死霊耐性(微) ←NEW!
【従魔】
・プルン(スライム) Lv.31
・グラン(グレートボア) Lv.15 ※エルフの森外縁部を守護
・ハニービースト Lv.8 ※エルフの森に生息
・カジリスク Lv.6 ※エルフの森に生息
・ギル(ホブゴブリン) Lv.12 ※エルフの森でゴブリン族を統率
・ゴブリン Lv.6 ※ギルの指揮下
・ナーガ(リバーサーペント) Lv.28 ※大河を守護
・ロックスター(ロックゴーレム) Lv.31 ※山岳の廃坑を守護
・ゴウ(オーガ) Lv.35 ※大森林外縁部を守護
・ディルク(スケルトンキング) Lv.38 ※廃坑守護 ←NEW!
【同行者】
・シルフィ(風の精霊)※従魔ではない
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「従魔が増えたね」
ランマが画面を覗き込んだ。
「ああ。それに......」
翔太は二体の守護者を見つめた。
「守りたいものがある奴は、強い。それがわかった」
ランマは少し驚いたような顔をした。そして、柔らかく微笑んだ。
「そうだね。それは、とても大切なこと」
翔太は仲間たちと共に、再び歩き始めた。




