11話 反逆の火種
王都の地下牢は、冷たく、暗く、そして静かだった。
シドニーは石壁に背を預け、天井を見上げていた。
かつて自分が発明した照明器具が、皮肉にも牢獄の廊下を照らしている。
「......私の発明が、こんなところで使われているとはな」
自嘲気味に呟いた。
あれから、どれほどの時が経っただろうか。牢の中には窓もなく、昼夜の区別すらつかない。
不意に、廊下の奥から足音が聞こえてきた。
複数人ではない。一人だけ。そして、その足音には聞き覚えがあった。
鉄格子の向こうに、人影が立った。
「......陛下」
シドニーは驚きを隠せなかった。
国王その人が、供も連れずに、この地下牢まで降りてきたのだ。
「シドニー」
国王の声には、かつての威厳はなかった。どこか疲れ切った、老人の声だった。
「お前を処刑すれば、民は喜ぶだろう。大司教も、それを望んでいる」
「......左様でございましょうな」
シドニーは静かに答えた。
「だが......」国王は言葉を詰まらせた。
「私には、できん」
シドニーは黙って国王を見つめた。
「お前の発明がなければ、この国はここまで発展しなかった。それは事実だ。だが、同時に......お前の発明は、取り返しのつかないことを引き起こしてしまった」
「承知しております」
「いや、違う」国王は首を振った。
「悪いのはお前ではない。お前の発明を、間違った方向に使ったのは......私だ」
シドニーは息を呑んだ。
「陛下......」
「アルドリッチ大司教の言葉に従い、エルフへの迫害を認めた。民の不満をエルフに向けさせれば、国は安定すると信じた。だが、今や......」
国王の声が震えた。
「今や、私は傀儡だ。大司教に実権を握られ、自分の意思で何も決められない。この国は、私の国ではなくなってしまった」
長い沈黙が流れた。
「陛下」シドニーは静かに口を開いた。
「なぜ、そのことを私に?」
国王は、懐から小さな鍵を取り出した。
「お前を逃がす」
シドニーの目が見開かれた。
「この牢を出て、王都を脱出しろ。地下水路を通れば、城門を通らずに外へ出られる」
「しかし、陛下。そのようなことをすれば......」
「私のことは気にするな」国王は力なく笑った。
「どうせ、もう長くはない。大司教は、いずれ私を排除するだろう。だが、せめて......お前だけは」
国王は鍵を鉄格子の隙間から差し入れた。
「生き延びろ、シドニー。そして、いつか......この国を、正しい道に戻してくれ」
シドニーは、震える手で鍵を受け取った。
「陛下......」
「行け。時間がない」
国王は踵を返し、足早に去っていった。
その背中は、かつてのシド二-が知る「偉大な王」の姿とは程遠く、ただの疲れ果てた老人のものだった。
***
地下水路は冷たく、鼻をつく匂いは耐え難いものだった。
しかし、シドニーにとっては自由への道だった。
腰まで水に浸かりながら、彼は暗闇の中を進んでいく。
自分が設計した排水システム。それが今、自分を救おうとしている。
「......陛下」
シドニーは呟いた。
「必ず、この国を取り戻します。あなたの想いを、無駄にはしません」
やがて、水路の出口が見えてきた。月明かりが、かすかに差し込んでいる。
外に出ると、そこは王都の外れにある森だった。
シドニーは深呼吸をした。自由の空気が、肺を満たす。
「さて......どうするか」
行く当てはなかった。金もなければ、頼れる者もいない。
いや、一人だけいる。
シドニーは、ある名前を思い出した。
かつての研究仲間。大司教の政策に反対し、王都を追われた男。
「マルクス......」
彼なら、まだこの近くにいるかもしれない。
シドニーは、森の奥へと歩き始めた。
***
数日後、シドニーは王都の地下に広がる廃坑にいた。
かつては賑わっていたが、すでに鉱石は掘り尽くされ、放棄されたこの場所は、今では人目を避ける者たちの隠れ家となっていた。
「久しぶりだな、シドニー」
松明の明かりの中、一人の男が立っていた。
髭を伸ばし、以前より痩せてはいるが、その目の光は変わっていない。
「マルクス......生きていたか」
「お前こそ。処刑されたと聞いていたが」
「間一髪だった」
二人は固く握手を交わした。
「ここには、俺の他にも同志がいる」
マルクスは周囲を見回した。
暗闘の中から、いくつかの人影が姿を現した。
「大司教の政策に反対する者たち。エルフ狩りを止めようとして、逆に追われた連中だ」
シドニーは、その数を数えた。十数人ほど。
「少ないな」
「今はな。だが、日に日に増えている。大司教のやり方に疑問を持つ者は、決して少なくない」
マルクスは、シドニーの肩に手を置いた。
「お前が来てくれて、心強い。お前の発明の知識があれば、俺たちはもっと効果的に動ける」
シドニーは複雑な表情を浮かべた。
「私の発明が、この事態を招いたのだ。その責任は......」
「過去を悔いても仕方がない」
マルクスは首を振った。
「大事なのは、これからどうするかだ」
シドニーは、深く頷いた。
「......そうだな。ならば、私にできることをしよう」
彼は、集まった者たちを見回した。
「皆に問う。我々は何のために戦う?」
一人の若い男が答えた。
「エルフを救うため」
別の女が続けた。
「大司教の暴政を止めるため」
シドニーは頷いた。
「では、我々の目的ははっきりしている。この国を、正しい道に戻す。人間とエルフが、かつてのように共に暮らせる世界を取り戻す」
彼は拳を握りしめた。
「そのためには、まず生き延びなければならない。力を蓄え、仲間を増やし、機会を待つのだ」
マルクスが問うた。
「この組織の名は、何とする?」
シドニーは、少し考えてから答えた。
「『夜明けの灯』」
「夜明けの灯?」
「今はまだ、暗闘の中だ。だが、いつか必ず夜は明ける。我々は、その時を信じて灯を守り続ける者たちだ」
集まった者たちの間に、静かな決意が広がっていった。
「夜明けの灯......いい名だ」
マルクスは笑った。
「よし、今日からお前がリーダーだ、シドニー」
「私が?」
「お前ほど、この国の技術と政治を知る者はいない。それに......」
マルクスは真剣な目で言った。
「お前には、償うべきものがある。だからこそ、誰よりも真剣に戦えるはずだ」
シドニーは、その言葉を重く受け止めた。
「......わかった。この命、この知識、すべてを賭けよう」
こうして、反抗組織「夜明けの灯」は、王都の地下で産声を上げた。
***
その夜、シドニーは一人、廃坑の奥で考え込んでいた。
脳裏に浮かぶのは、かつて村で出会った青年の顔。
「翔太君......」
彼が語ってくれた、元の世界の技術。
あの話がなければ、自分はこれほど多くの発明をすることはできなかっただろう。
「君のおかげで、私は発明家になれた。だが、同時に......」
その発明が、エルフたちを苦しめる道具になってしまった。
「どこかで、君は無事に暮らしているだろうか」
シドニーは、暗闇の中で呟いた。
「いつか、また会えることを願っているよ。その時は......きっと、胸を張って会えるようになっていたい」
松明の炎が、静かに揺れていた。
王都の地下で、新たな物語が始まろうとしていた。




