01話 村人mob、異世界生活始めます
木々が徐々に開け、翔太とリリアの前に小さな村が姿を現した。
数十軒の質素な家々が、なだらかな丘陵地帯に点在している。茅葺き屋根の家々の間を、石畳の道が縫うように走っていた。
「ここが...人間の村?」
翔太は思わず呟いた。
リリアは静かに頷いた。
「エルフも...一緒に」
村に足を踏み入れると、穏やかな空気が二人を包み込んだ。
畑仕事をする人間と、木々の手入れをするエルフが協力し合う姿が目に入る。異種族が共存する光景に、翔太は驚きを隠せなかった。
村の中心に差し掛かると、大きな広場が開けた。そこには、人間とエルフが肩を組み、笑顔を浮かべた姿の銅像が鎮座していた。
「あれは...」
翔太は思わず足を止めた。
リリアの表情が柔らかくなる。
「勇者と...エルフの族長」
「勇者?」
翔太は興味深そうに銅像を見つめた。
リリアは静かに語り始めた。
約千年前、この世界に突如として魔王が現れ、無秩序だった魔物たちを統率して人間たちを滅ぼそうとしたこと。人間たちが知恵と技で対抗するも、魔物の強大な魔力に押され苦境に立たされたこと。
「そこに現れたのが...勇者」
リリアの声には敬意が滲んでいた。
「人間なのに...魔法を使えた」
翔太は息を呑んだ。
人間でありながら魔法を使う——それは、この世界では異例のことだったのだろう。
リリアは続けた。勇者が、それまで中立を保っていたエルフを味方につけ、徐々に戦況を好転させたこと。最終的に、時のエルフ族の族長と勇者のパーティーで魔王を倒すことに成功し、人間の世界が救われたこと。
「この銅像は...その象徴」
リリアは静かに締めくくった。
「リリア」
翔太は静かに尋ねた。
「今の世界は...平和なの?」
リリアはゆっくりと頷き、穏やかな表情で答えた。
「うん...とても」
その言葉に、翔太は安堵の表情を浮かべた。
「そっか...」翔太は呟いた。
「なんだか、ホッとしたよ」
リリアは優しく微笑んだ。
「ねえ、リリア」
翔太は少し明るい声で言った。
「この世界のこと、もっと教えてくれない?ここでの暮らしがどんなものか、ちょっと興味あるんだ」
リリアは翔太の言葉を聞くと、すぐに小さく頷き、ゆっくりと口を開いた。
「私の知る限り...案内する」
その言葉には、少しばかりの誇らしさと、同時に遠慮がちな様子が混ざっていた。
翔太は軽く笑った。
「ありがとう。何もわからない俺だけど、ゆっくりこの世界での生活に慣れていけたらいいな」
リリアは微笑み返し、二人は村の中へと歩を進めた。
翔太の心には、この新しい世界での何気ない日常への期待が芽生え始めていた。大きな野望も、特別な使命感もない。
ただ、この平和な世界での穏やかな日々——それだけで十分幸せなのかもしれない。
そんな思いと共に、翔太の新生活が静かに幕を開けた。