04話 魔王、ステータスを見て絶望する
黒い光が収まると、翔太は再びあの真っ白な空間に立っていた。
身体の奥底で、何かが脈動している。心臓とは別の、もっと深いところで。
「......これが、魔王の力」
翔太は自分の手を見つめた。見た目には何も変わっていない。だが、確かに何かが違う。世界の見え方が、ほんの少しだけ変わったような気がする。
「おめでとー! 契約成立!」
ランマがぱちぱちと手を叩きながら、にこにこと近づいてきた。
「これであなたも立派な魔王よ! さあ、世界征服の第一歩を踏み出しましょう!」
「......待て」
翔太は眉をひそめた。
「魔王になったのはわかった。でも、具体的に何ができるようになったんだ? リリアを蘇らせるために、どれくらいの力が必要で、今の俺にどれくらいの力があるのか......」
「あー、そういうの気になるよね」
ランマは腕を組んで、うんうんと頷いた。
「じゃあ、ステータス見てみる?」
「ステータス?」
「そう。あなたの記憶にあるでしょ? ゲームとかで見るやつ。レベルとか、スキルとか」
翔太の脳裏に、かつてプレイしたRPGの画面が浮かんだ。数値化された能力、装備、スキル一覧......。
「あれは......ゲームの話だろ」
「うん。でもね、私は『異世界案内人』なの。転生者の記憶から、その人にとって一番わかりやすい形で情報を具現化できるのよ」
ランマはハート型の杖をくるりと回した。
「あなたの記憶にある『ステータス画面』を、この世界で使えるようにしてあげる。そうすれば、自分の力を数値で把握できるでしょ?」
「......そんなことができるのか」
「案内人ナメんな」
ランマは得意げに胸を張った。その姿は、どう見ても小学生にしか見えないのだが。
「じゃあ、いくよー。『ステータス・オープン』!」
杖の先から、淡い光が放たれた。
翔太の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
「おお......」
思わず声が漏れた。まさに、ゲームで見慣れたあのステータス画面だ。
***
翔太は、目の前に浮かぶウィンドウを食い入るように見つめた。
────────────────────────────────────
【魔王ショータ】
Lv. 3
HP: 45 / 45
MP: 12 / 12
【ステータス】
・攻撃力: 8
・防御力: 6
・魔力: 5
・素早さ: 9
・運: 7
【魔王のチート能力】
・感情付与:魔物に疑似的な感情を与え、統率を可能にする
・能力吸収:従えた魔物の能力を自身のものにできる
・願いの力:魂を消費し、あらゆる願いを叶える
【スキル】
・なし
【従魔】
・なし
【収集した魂】
・0
【称号】
・魔王(見習い)
────────────────────────────────────
「............」
翔太は、しばらく無言でウィンドウを見つめていた。
「............レベル3?」
「うん」
「従魔、なし?」
「うん」
「スキル......なし?」
「うんうん」
「収集した魂......ゼロ?」
「当たり前でしょ、まだ誰も死んでないんだから」
「......『魔王(見習い)』って何だよ」
「だって見習いでしょ? まだ何もしてないんだから」
ランマは悪びれもせずに言い放った。
翔太は頭を抱えた。
「待て待て待て。俺は魔王になったんだろ? 世界を変える力を得たんじゃなかったのか?」
「得たよ? ほら、チート能力はちゃんと表示されてるでしょ」
「能力はあっても、使う相手がいないじゃないか! 従魔ゼロ、魂ゼロ......これのどこが『世界を変える力』なんだ!? レベル3って、村の外に出たばかりの新米冒険者より弱いだろ!」
「あー、そこはね」
ランマは人差し指を立てて、講義を始めるように言った。
「魔王の力っていうのは、『可能性』なの。魔物を従える力、能力を吸収する力、願いを叶える力......全部、使えば使うほど強くなる。でも最初は、その『器』があるだけ」
「器だけ......」
「そう。中身はこれから自分で入れていくのよ。魔物を従えて、能力を獲得して、魂を集めて......。レベル3からの成り上がり、頑張ってね!」
翔太は、がっくりと肩を落とした。
「......マジかよ」
「マジマジ。ちなみに、リリアちゃんを蘇らせるのに必要な魂の量から逆算すると......」
ランマは指を折りながら計算を始めた。
「今のあなたが一人で魂を集めるとして、だいたい......うーん、三千年くらい?」
「三千年!?」
「まあ、効率上げればもっと短くなるけどね。魔物を従えて軍勢を作れば、並行して集められるし」
翔太は、再びステータス画面を見つめた。
レベル3。従魔なし。スキルなし。魂ゼロ。
途方もない道のりだ。
「......とにかく、魔物を従えることから始めないといけないのか」
「そういうこと! さすが魔王、理解が早い!」
「褒めてるのか馬鹿にしてるのかわからん......」
翔太は深くため息をついた。そして、ふと思い出したように顔を上げた。
「......リリアは」
「ん?」
「リリアの身体は、どうなってる。俺がここに来る前、腕の中に......」
ランマの表情が、少しだけ真剣になった。
「ああ、それね。大丈夫、ちゃんと保存してあるよ」
「保存?」
「この空間、私が作った特別な場所なの。時空から切り離されてるから、時間が流れない。リリアちゃんの身体も、ここに置いておけば劣化しない」
ランマが杖を振ると、白い空間の一角に、淡い光の繭のようなものが現れた。
その中に、リリアが眠っていた。
「リリア......」
翔太は、静かにその傍に歩み寄った。
目を閉じたリリアは、まるで眠っているかのようだった。胸の傷も、血の跡も、光の繭に包まれて見えなくなっている。
「魂さえ集まれば、いつでも蘇らせることができる。だから、焦らなくていいよ」
ランマの声は、珍しく優しかった。
翔太は、しばらくリリアの顔を見つめていた。
「......待っててくれ」
小さく呟いて、翔太は立ち上がった。
「必ず、迎えに来る」
その目には、静かな決意が宿っていた。
***
「さて、じゃあそろそろ出発しよっか」
ランマが杖をくるりと回した。
「この空間からは、私がいつでも出入りさせてあげられるよ。で、どこに行く?」
「......どこでもいい。魔物がいる場所なら」
「じゃあ、まずは近場からね」
ランマが杖を振ると、白い空間が歪み始めた。
光が翔太を包み込み、視界が眩む。
次の瞬間——
翔太は、森の中に立っていた。
見覚えのある木々。聞き覚えのある鳥の声。
「ここは......」
「エルフの森の近く。あなたが最初に転生した場所の近くよ」
ランマが隣に現れた。相変わらず、ファンシーな格好で宙に浮いている。
「ここから始めるのが、一番わかりやすいでしょ?」
翔太は、周囲を見渡した。
かつて、リリアと出会った森。平和な日々を過ごした村の近く。
そして、リリアが死んだ場所。
「......ああ」
翔太は、小さく頷いた。
「ここから始める。もう一度」
その時だった。
茂みの向こうで、何かが動いた。
「っ!」
翔太は身構えた。
茂みがガサガサと揺れ、そこから現れたのは——
「......は?」
半透明の、ゼリーのような身体。握りこぶし二つ分くらいの大きさ。
ぷるぷると震えながら、不思議そうにこちらを見ている。
「......スライム?」
「おー、さっそく魔物発見!」
ランマが嬉しそうに声を上げた。
「RPGお決まりの最弱魔物! 記念すべき最初の相手にはぴったりじゃない?」
翔太は、スライムを見つめた。
スライムも、じっと翔太を見つめ返している。その目——目があるのかどうかもわからないが——には、何か感情のようなものが宿っているように見えた。
「こいつ......怯えてない?」
「ああ、それはね」
ランマが説明した。
「あなたが魔王になった時、覚えてる? 黒い光が吹き出して、紋章が現れたでしょ。あの瞬間、全世界の魔物に『感情』が付与されたの」
「全世界......?」
「そう。魔王のチート能力の一つ、『感情付与』。これは個別に使うものじゃなくて、魔王が誕生した瞬間に自動的に発動するの。だから今、この世界のすべての魔物が、感情を持ってる」
翔太は、改めてスライムを見た。
確かに、以前リリアと遭遇した魔物たちとは、どこか雰囲気が違う。あの時の魔物は、ただ本能のままに襲いかかってきた。でも、このスライムは——
「好奇心......か?」
スライムは、ぷるぷると身体を揺らしながら、少しずつ翔太に近づいてきた。
「魔物は魔王に引き寄せられる習性があるの。特に弱い魔物ほど、強い存在に従いたがる。このスライムも、あなたの中にある『魔王の気配』を感じ取ったんじゃないかな」
翔太は、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
スライムは、びくっと身体を震わせたが、逃げなかった。
「......お前も俺も、最弱同士だな」
翔太は、苦笑した。
「レベル3の魔王と、最弱のスライム。なんだか、お似合いじゃないか」
スライムが、ぷるぷると揺れた。まるで、頷いているかのように。
「従えてみる?」
ランマが尋ねた。
「どうやって?」
「簡単よ。手を差し出して、『従え』って念じるだけ。相手が受け入れれば、契約成立」
翔太は、スライムに向かって手を差し出した。
「俺と一緒に来るか?」
スライムは、一瞬だけ躊躇するような動きを見せた。
そして、ぴょん、と翔太の手の上に乗った。
ひんやりとした、不思議な感触。
その瞬間、翔太の中で何かが繋がった。スライムの存在が、自分の一部になったような感覚。
「おお、従魔ゲットー!」
ランマが拍手した。
「ステータス、確認してみて」
翔太が念じると、目の前にウィンドウが浮かび上がった。
────────────────────────────────────
【魔王ショータ】
Lv. 3 → Lv. 4
【スキル】
・溶解耐性(微) ←NEW!
【従魔】
・名称未設定 (スライム) Lv.1 ←NEW!
────────────────────────────────────
「レベル上がった! スキルも獲得!」
ランマが解説を加える。
「魔物を従えると経験値が入るの。それと、従えた魔物の能力の一部が、あなたにも反映される。これが『能力吸収』のチート能力ね」
「溶解耐性......スライムの能力か」
翔太は、手の上のスライムを見つめた。
「お前、名前は......そうだな」
ぷるぷると震えるスライム。
「......プルン、でいいか」
スライムは、嬉しそうに身体を揺らした。
少なくとも、翔太にはそう見えた。
「さて」
翔太は立ち上がり、森の奥を見据えた。
「レベル4。従魔一匹。ここからだ」
手の上で、プルンがぷるぷると揺れた。
まるで、「頑張ろう」と言っているかのように。
「まあ、レベル4になったところで、まだまだ雑魚中の雑魚だけどね」
「......それは言わなくていい」
こうして、魔王ショータの旅が始まった。
レベル4。従魔一匹。
途方もなく長い道のりの、最初の一歩だった。




