転生してもmobだった件
田中翔太は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
高校2年生の彼にとって、慌ただしく家を飛び出すこの日課は、もはや当たり前のものとなっていた。
「また遅刻か」
自嘲気味に呟きながら、翔太は駅へと急いだ。特に目立つわけでもなく、かといって影が薄いわけでもない。クラスの中で「普通」の位置にいる彼は、そんな自分に特に不満も感じていなかった。
ポケットの中で携帯電話が震える。
「おはよー、翔太。今日も寝坊?」
幼馴染の美咲からのLINEだった。
「うるせーな。お前こそ遅刻すんなよ」
「もう学校います~。そんなことより、放課後新しく出来たカフェに行かない?」
翔太は少し考えてから返信した。
「いいけど、なんで急に?」
「あそこのパフェが気になるの!控えようと思ったけどやっぱりだめだ~」
「翔太くんが奢ってくれるなら嬉しいな♪」
「おいおい、誰が奢るって」
翔太は苦笑しながらも、「わかった。付き合ってやるよ」と返信した。
「やった!約束だよ?絶対にすっぽかさないでね!」
「ああ、約束だ」
会話を終えると、翔太は少し微笑んだ。美咲との他愛もない日常が、彼の平凡な生活に小さな彩りを与えてくれていた。
急ぐ足を緩めず、翔太は横断歩道に差し掛かった。その時だった。
キィーーッ!
突然の激しいタイヤの音に、翔太は立ち止まった。横から猛スピードで車が飛び出してきたのだ。
「危ない!」
翔太は反射的に叫んだ。車は歩道に向かって突っ込んでいく。そこには幼い子供を抱えた女性が立ちすくんでいた。
瞬時の判断だった。翔太は全力で走り出し、女性と子供を突き飛ばした。
鈍い衝撃。翔太の体が宙に舞う。
地面に叩きつけられる直前、翔太の目に美咲の笑顔が浮かんだ。
「ごめん...約束、守れそうにない...」
そして、全てが闇に包まれた。
***
「翔太...」
かすかに聞こえる美咲の声は、涙で震えていた。
「お願い...どうか...」
美咲の悲痛な呼びかけが、闇の中で響く。
「起きてよ...翔太...」
その声に込められた深い悲しみと絶望が、翔太の意識を揺さぶる。
意識が遠ざかっていく中、翔太は目を開けた。
そこは見知らぬ森の中だった。目の前に美咲の姿が見える。
「美咲...?どうして...」
翔太は混乱しながら、目の前の少女を見つめた。しかし、何かが違う。耳が...尖っている?
「え...」
翔太は驚きのあまり言葉を失った。目の前にいるのは美咲によく似た少女だが、明らかに美咲ではない。少女は黙って、優しい眼差しで翔太を見つめていた。
「ここは...」
翔太は周囲を見回した。見慣れない木々、耳に届く不思議な鳥の鳴き声。全てが異質だった。
ふと、自分の服装に違和感を覚え、翔太は自分の姿を確認した。高校の制服ではなく、見慣れない質素な装束を身につけていた。
「なんで...」
「ここは...どこなんだ?」
翔太は周囲を見回しながら呟いた。
少女はゆっくりと口を開いた。その声は柔らかく、落ち着いていた。
「エルフの森...私たちの住処」
「エルフ...」翔太は呟いた。「君は、エルフなんだね」
少女は静かに頷き、小さく微笑んだ。
「リリア」
「俺は...翔太。田中翔太」
リリアは静かに頷いた。その瞳は深い緑色で、まるで森そのものを映しているようだった。
「他には...誰かいないの?」翔太は慎重に言葉を選びながら聞いた。
「人間も...一緒」リリアの声は柔らかかった。
翔太は少し安心した。
「人間の住むところもあるんだ」
リリアは少し躊躇ってから言った。
「村が...近くに」
「そうか」翔太は考え込んだ。
「俺、どうしたらいいんだろう。ここがどこなのか、自分がなぜここにいるのか、何もわからなくて...」
リリアは翔太のことを見つめ、しばらく考えているようだった。そして、ゆっくりと口を開いた。
「村に...行ってみる?」
翔太は少し考えた後、頷いた。
「そうだね。そうしよう。もしかしたら、何かわかるかもしれない」
リリアは小さく頷き、ゆっくりと歩き始めた。翔太もその後に続いた。
「あの、リリア」歩きながら翔太は尋ねた。
「この森のことや、村のこと、もう少し教えてくれないか?」
リリアは歩みを緩めることなく、静かに答えた。
「エルフと人間...共に暮らす...平和な場所」
簡潔な言葉だったが、翔太はその中に多くの情報が含まれていることを感じた。エルフと人間が共生している世界。それだけでも、自分がいた世界とは全く違う場所だということがわかる。
「そうか...」翔太は呟いた。
「俺には分からないことだらけだけど、とにかく今は、ここがどこなのか知ることが必要だ」
リリアは振り返り、微笑んだ。その表情に、翔太は少しだけ安心感を覚えた。
***
歩きながら、翔太は頭の中でリリアから得た情報を整理していた。
エルフと人間が共生する世界。平和な場所。魔法や魔物の存在。
どれもが自分の知っている世界とは大きく異なっている。
「もしかして、俺...」翔太は突然立ち止まった。
「ラノベの主人公みたいに、異世界に転生したのか?」
その考えに至った翔太は、少し興奮を覚えた。
「だとしたら、俺にも何か特別な力が...」
翔太は目の前の小石に向かって手を伸ばし、意識を集中した。
「動け!」
しかし、小石はぴくりとも動かない。
「やっぱり、そう簡単にはいかないか...」翔太は肩を落とした。
その時、森の奥から不気味な唸り声が聞こえてきた。
「っ!」リリアの表情が一瞬で緊張に満ちた。
木々の間から、巨大な牙を持つイノシシのような魔物が姿を現した。
リリアは翔太の前に立ち、両手を前に出した。
「エアル・ファーレ!」
彼女の手から青白い光が放たれ、魔物に直撃する。
魔物は悲鳴を上げ、森の奥へと逃げ去った。
「すごい...」翔太は目を輝かせた。
「やっぱり魔法があるんだ!俺も使えるかな?」
リリアは少し困ったような表情を浮かべた。
「人間は...魔法使えない」
「え?」翔太の表情が凍りついた。
「どういうこと?」
「エルフと魔物...魔法使える」リリアは静かに説明した。
「人間は...知恵と技で生きる」
翔太は再び肩を落とした。
「そっか...俺は本当に、ただの平凡な人間なんだ」
リリアは優しく微笑んだ。
「平凡でも...大切」
その言葉に、翔太は少し勇気づけられた。魔法は使えないかもしれない。でも、この世界で自分にできることがきっとあるはずだ。そう思い直し、翔太は再び歩き出した。
村はもう近いはずだ。
そこで、きっと新たな発見があるだろう。