責任の行方は皆同じ
意識と感覚だけが残った状態だった。
目の前が見え、音が聞こえ、剣を掴んでいる感覚しかない状態で海人はいた。
身体の制御どころか、思想までも奪われていた。
ただ、目の前の様子を眺めるだけ。
聞く気もなく聞こえる音を聞くだけだった。
振るわれ続ける剣を避け続ける彰。
地を蹴る音と風切り音と荒い息遣い。
親友を斬ろうとしているのに止めたいとも思わなかった。
ただ、見ているだけ。
それが続く。
一定のリズムができ始めていた頃に、変化が訪れた。
「海人っ!」
梓が、2人の間に割入った。
あまりにも非力げな容姿で、無防備に割入った梓。
その姿に、一瞬思想が働いた。
―――――嫌だ!大事に想う梓だけは・・・絶対に・・・・!
その一つが浮かび、すぐに消えた。
思想の残滓はほんの僅かに残ったのみ。
海人の腕はいきなり向きを変えた。
梓を握っていた剣の刃ではなく、柄で突き飛ばした。
骨を折る感触が伝わる。
その行動が、海人の運命を大きく変えた。
梓に思わず目が行った彰を蹴る。
隙だらけだった彰は体勢を立て直せずにその場で尻餅をつく。
「・・・オトナシクシテロ」
海人の口が歪む。
剣を振り上げて彰の右肩にある王の印を狙う。
だが、剣は空を舞った。
煌き、紅い色と異物を重ねながら、空高く。
剣にある異物を突然現れた影が掴み、消える。
「・・・・・・っ・ぁぁああああああああああぁぁぁぁ!!!!」
剣が地に落ちるのと、海人の絶叫は同時だった。
剣についていた紅は海人の血だった。
「悪い、海人」
詩音が先ほどまで剣についていた異物を掴んだまま呟く。
人の、腕だ。
海人の右肩から先が消えていた。
詩音が彰を守るために斬った。
「いや・・・・・・こっち・・こそ」
激痛に耐え、苦しみながら、海人は笑った。
心底ホッとしていたのだ。
思想が激痛と共に戻ったときだ。
すごく、すごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごく怖くなった。
なぜ、自分は彰を斬ろうとしてたのに止めたいと思わなかったのか。
なぜ、大事な人をこの手で傷つけてしまったのか。
術のせいだと逃げる気はまったくなかった。
こうなったのは自分のせいだと、激痛が訴えるようだった。
自分が簡単に術にかかり、親友と愛する人に殺意を持った時点で決まったのだ。
一生消せない罪を背負うことが。
愛する人に手をかけ、親友を刺そうとした時点で決まったのだ。
それでも、嬉しかった。
自分の腕と引き換えに2人が助かることが。
大事な人たちを殺さずに済むことに心底ホッとした。
「ごめん」
謝罪の言葉は梓にか、彰にか。
・・・・違う。
「ごめんな、詩音」
一番辛かったのは詩音だ。
大切な人を守るために、大切な人を傷つけた。
一生治らない傷をつくった。
海人を見ればすぐに目がいく所に。
きっと、一生詩音は悔やむだろう。
一生自責の念で苦しむだろう。
「悪かった・・・ごめん」
でも、それは俺が悪いんだから。
だから自分を責めるな、詩音。
だからさ・・・
「泣くなよ、なっ?」
痛みに耐えながら笑ってみせる。
だが、詩音が反応を見せる前に海人の意識が闇に落ちた。
自分を一番理解してくれる親友が一番想っている男に突き飛ばされた。
骨の折れる音が聞こえるほど強く。
壁に背を打ち、気を失った親友が赤い霧を吐き出した時は愕然となった。
更に男が親友を手にかけようとしてたのを見たとき、いったい自分は何を思ったのだろう?
無我夢中で銃を幅広の剣にして、海人の右腕を斬ってしまった。
空にとんだ右腕を掴んだのはなぜだろう?
わからない。
激情に流されてしまっていたから。
この頬を伝う涙はなぜ?
斬ってしまった罪悪感から来た涙?
それとも、梓や彰を失わずにすんだ安心感から来た涙?
・・・・違う。
「何で止められなかったんだ」
こんな、人を苦しませるだけの術を。
悪魔を止められなかった自責の念だ。
「詩音だけの責任じゃない」
彰が慰める。
本当は彰もわかっているのだ。
術は、自分の今の力なら簡単に止められたことを。
止めるタイミングがなかった?
タイミングを待てばよかっただけだ。
梓が出たから?
梓が大事に想う人を放っておくはずがないとわかっているのだから想定できたはずだ。
「俺も、悪かったから」
そっと詩音の頭を撫でる。
詩音が彰を見る。
優しく、安らぐ。
気が楽になるその顔に微笑が浮かぶ。
「倒すぞ、アイツを」
覚悟の強さが滲み出る宣言に詩音も頷く。
まずは、祐志の掩護だ。