全力発揮
狭い通路だった場所はデトロイトの術で埋め尽くされていた。
紫電の混じる炎の壁が、大きな氷の壁の中にある。
おそらくその中に海人たちがいる。
「基本魔術・雷」
最弱の威力にして術を彰にぶつける。
手荒だが、戦力が欲しい今は起こす。
「いっ・・・てぇ」
「さっさと起きないと、アイツらがやばくなる」
海人たちにデトロイトを任せたのは信頼からだが、やっぱり心のどこかで不安だった。
デトロイトは強い上に恐ろしい。
詩音は少しでも動きやすいように服を体にぴったりと合った丈夫で柔らかい黒のスーツに替えた。
ダズにある、暗殺者の服に似たものだった。
死神の能力で魔力の消費を軽減。
特殊生命体の能力で普段の万族と死族のうち、万族を戦族に変更、戦族特有の運動能力を手に入れる。
自分についての迷いは、捨てた。
大事な人たちを助けるために使う。
「史上最悪の魔神の血を引く死族の特殊生命体が、人助けか」
皮肉気に笑ってみたが、迷うことはやめたのだ。
自分の気持ちは変わらなかった。
「。。。俺も真の力の制御にチャレンジするか・・・。詩音が魔力を奪ってくれたからな」
詩音の迷いなき決意をした顔を見た彰はふっと笑みを浮かべると、彰は自分のうちに集中を始めた。
袖の部分にたくさんの切れ込みがはいった白の服に自然と変化しながら、ゆっくりと彰の身体が浮かぶ。
バチバチと閃光音と共に魔力が発光して不思議な色合いの光となった。
彰の体内にある魔力は詩音が奪った以上のものとなったが、真の力はその魔力を制御できるようにさせてくれていた。
身体の表面を覆いながら揺れる魔力は緩やかに服をはためかせる。
服の下の肌には綺麗な蒼で王の証が刻まれ、輝いていた。
彰の本能が真の力の能力を感知する。
彰の理性はそれを使うことを了承し、すぐさま発動した。
「!?」
力は突然に詩音を包み込んだ。
「闇に落ちた力、解き放て」
彰の呟きは、詩音の容姿を一瞬で変化させた。
詩音の服は漆黒の色となり、無地の眼帯に白い文様が浮かび上がった。
漆黒の地に地獄の炎と白い稲妻が刺繍として服を彩り、眼帯は異様な不気味さを醸し出す。
髪は短くなり、色が紫に変わる。
瞳は凄惨な色を湛え、左目の周りには返り血がついたような紅い刺青――フィリールの守護印――が刻まれていた。
闇を裏切った死神は、闇と魔の守護者へと変わった。
詩音の中に封じられていた、フィリールの枷が外れたのだ。
「偽の闇を謳う道化師を排除・・・」
詩音に彰は静かに命令を下す。
もちろん最悪の魔神が従うことはまずないだろう。
誰にも止められなかった魔神。
「了解」
今の魔神の意志は詩音によって封じられていた。
仲間を想い、迷いの消えた詩音はにこやかに笑みを浮かべ、彰の従者となる。
彰が従えていけるのはこの世界。
物や自然を操ることなど容易い。
ほぼ全ての人が従わざるをえない力を持つ。
そして、謀反する極々一部の者全てを屈服させる力を持つ。
そのための従者に光も闇も、善も悪も関係ない。
心底王を拒絶しなければ、従うのだ。
詩音に、彰を拒絶する心は欠片もない。
「闇魔術・黒渦」
詩音の右手に闇色の渦が生まれる。
詩音は右手を氷に向かって突き出す。
詩音の望むものを吸い込む超小規模のブラックホールだ。
渦が目の前の巨大な氷の壁を少しずつ吸い込んでいった。
小さなブラックホールは電撃の飾りをつけた炎をも飲み込み、消えた。
見えなかった海人達が見える。
全員が怪我らしい怪我をせずに立っている。
「無傷だと・・・?あれほど長い時間でか」
「あなたではないのですから。足りない魔力は皆が供給してくれました」
術が展開してすぐ俊也が術を相殺し続けていた。
足りない分は僅かながらも海人と祐志が分け、梓は俊也の相殺しきれなかったものの対処をしていた。
「それよりいいのか?」
俊也の背に当てていた手を離し、海人が笑う。
デトロイトの後ろに、音もなく伊槻が現れる。
右手に死神を宿した刀を振り上げ、デトロイトの右肩を掴もうと手を伸ばし、その肩に指先が触れる。
次の瞬間――――
「何がだ?」
デトロイトは伊槻が刀を振り下ろすより先に、肩を掴むより先に移動していた。
海人の真後ろで、海人の首に短剣を突きつけていた。
「死族でも私は最強だ。なめられるとは心外だった、絶対的な正義の使者よ・・・さて、お前の力と仲間の信頼を試させてもらおうか?」
「貴様!」
デトロイトの言葉に感づいた詩音が走った。
それを止めたのは、彰だった。
デトロイトは海人の首に突きつけたナイフを僅かにだが動かした。
「さあ・・・ゆくがいい、傀儡人形よ」
デトロイトの右手が海人の頭を掴んだ。