大丈夫だよ
彰は恐れていた。
今、仲間に出会ってしまうことを。
「っ!」
大事な仲間の姿を見ると逃げるように足を後ろへと下げる。
魔力は制御できず、自分の体から溢れている。
周りの壁や床を少しずつ破壊しているその範囲に仲間がいれば怪我を負う。
彰は仲間から逃げた。
仲間の安全の為に。
「彰っ!」
海人の声に弾かれる様に背を向けて逃げる。
だが、足はすぐに止まってしまった。
勝手に足が動く。
向きを変え、ゆっくりと仲間のほうへと進んでいく。
一歩、また一歩。
遅すぎる歩調だが、彰の心は焦っていた。
「アハハ、ナイスタイミング」
詩音が笑みを浮かべて彰のほうへと歩き始めた。
デトロイトの顔にも笑みが浮かぶ。
「来るな・・・離れろ」
彰の声は苦悶に満ちていた。
当たり前の事だ。
魔力が制御出来ずに意志とは相反して体内を駆け回り、そして勝手に出て行き、自分や周りを傷つけているのだから。
この距離ならわからないかもしれないが、服の下は傷だらけになっている。
詩音は更に近づく。
彰も、詩音に近づく。
服に滲んだ血に、詩音が気付いた。
「・・・大丈夫か?」
「大丈夫だ・・・だから来るな・・・逃げろ」
手を伸ばし、彰に触れようとする詩音。
それを拒むように首を振る彰。
だが、足は詩音へと向かう。
だんだんと身体の感覚が消えていく。
「海人!俊也!伊槻!梓!祐志!デトロイトの右腕の紋様を破壊しろぉ!!」
詩音が後ろへと叫ぶと、少しずつ後ろに下がりだす。
「わかった」
「了解です」
「りょーかい」
「オッケイ!」
「俺も!?」
三者三様な反応をするも、デトロイトへと対峙した。
「やはり手の内は知っているか。だが、自分で来ないところで負けだ 合成魔術・地獄炎雷氷」
デトロイトは一瞬のうちに高度な術を展開、海人たちを術で飲み込んだ。
彰の身体は限界寸前だった。
傷だらけの身体から徐々に血が抜けている感触が感じられなかった。
身体が自分の意志とは相反している。
視界が霞み、周りが静かなように音が脳まで伝わらない。
足が震えているのか、崩れそうな体勢で今もなお、前へと進んでいる。
――――苦しい・・・
だんだんと五感が働いていかなくなっている。
その中で嫌に感じるのは、自分の魔力の鼓動。
体内だけに留まらず、体外に出ているのに時が経つごとに大きくなっているように感じる。
ぼんやりと、目の前にいる黒い服を着た人だけが見える。
先ほどから距離が少しも変わっていなかったのだが、それがだんだんと大きく見えてきた。
――――逃げろ・・・逃げろ・・・!
声は、出なかった。
「大丈夫だよ、彰」
優しい声。
働いていないはずの聴覚が、伝えてくれた。
足が、崩れ落ちる。
彰は倒れた。
詩音は彰の魔力ですぐ傷だらけになった。
目の前で苦痛の表情を浮かべながら気を失って倒れた彰を支えながら、ゆっくりと腰を下ろす。
詩音は彰の有り余る魔力を自分に取り込むために、彰の腕を掴む。
極端に減ってしまった自分の魔力を腕を掴む指先に集中させる。
「闇魔術・魔力吸収」
一番簡単な基本魔術でもほんの僅かな規模にしかならない量の魔力で、死族専用の上級魔術に値する術を使った。
下手すれば術が発動しないかもしれない。
だが、それでも。
「っ!!」
詩音の指先から、一気に手のひら全体へと痺れのような痛みが走る。
その痺れは肘まで、肩まで、身体の半身まで・・・ついには身体全体までに広がる。
今まで使う事がなかった術は、詩音の想像を遥に超える痺れを詩音に与えたのだった。
これが人の魔力を奪ったときに起こる、身体に馴染ませるまでの拒絶反応。
彰の魔力を多く奪っているからか、彰と詩音の魔力の違いが大きいからか、はたまたその両方か・・・詩音には判らない。
「くっ・・・ぅ」
痺れは引かない。
彰の腕を掴んでいる手の感覚がなくなってきている。
開いている片手も掴んでいる手に添えるようにして彰の腕を掴む。
彰から奪い、馴染ませた魔力を使って一気に吸収できる量を増やす。
痺れは変わらなかった。
いい加減、身体が馴染ませ方を覚えたのだろう。
やがて彰の魔力が彰の体外にでなくなった。
彰の顔からも苦痛の色が消えていき、詩音は痺れの中で微笑を浮かべた。
後は、痺れが引いたときに魔力の回復率を上げるだけだ。
彰の腕を放し、後ろを振り返る。