闇の気持ちが消える
梓と海人は一つの賭けに出ていた。
昔の時亜を、取り戻す。
おとなしい時亜に戻す。
多少気の引けるやり方だが、やることにした。
「ねぇ?聞いてる」
時亜の弱点をつく。
精神的な傷を使った、できればやりたくない方法。
周りの人に高く評価されて信頼されている、いわゆる勝ち組や優等生と呼ばれる人。
外見・内面等で周りを惹きつけてグループの中心人物となる、アイドルやリーダー。
ぱっとしない性格からか、それとも別の理由があったのか、昔嫌がらせを受けた時亜。
その主犯だったのが、こういう人達だったという噂がある。
初対面の海人や梓、彰相手に明らかに戸惑い、距離を置いていた時亜。
クラスで性格のキツイ裏番的存在の女に文句を言われたときにかなり顔が青ざめ、恐怖している様子が窺え、性格が温和な方である梓がちょっとしたミスをした時亜に気を突けてと言った時も、かなりビクビクしていた。
このことから噂は本当だということが予想できる。
だからこそ、心は痛むがやる。
「許さないわよ、時亜」
怒った顔で、怒りを乗せた声で時亜を見る。
時亜の顔が一瞬歪んだ。
「おい、きいてんのか?」
ドスを効かせた声で海人が時亜の正面に立ち、睨みを利かす。
時亜は恐怖に歪んだ顔2人を見ると肩に乗ったままの梓の手を振り払う。
先ほどまで怒りや惚気の色が合った顔は血の気が引いている。
「おい」
「ねぇ?」
2人が眉間に皺を寄せる。
時亜の肩がビクッとはねる。
唇が微かに震えているのを祐志は見た。
「 」
震えた唇から何かが紡がれ、そして時亜は消え去る。
逃げたのだ、術を使って。
すぐに理解した海人はホッと息をつくとすぐさま祐志に向き直った。
「祐志・・・お前、どうした?何が不満だ?」
成り行きを見ているだけだった祐志が担ぎかけていたアリュリーをおろして海人の方に向き直る。
歪みに歪んだ顔は怒りに満ちていた。
海人は一度梓に詩音たちのほうへ行くよう目で合図する。
何かあったとき、詩音や俊也が梓を守るだろう。
梓はゆっくりとだが、移動した。
その一連の行動を睨むように見ていた祐志が口を開く。
「わからないのか・・・!」
今までの苦痛をわかっていない幼馴染に嫌気がさす。
ずっと、ずっとずっと我慢していた不満は既に限界を超えていた。
なのに、誰も気付いてくれなかった。
祐志は思った。
この程度か、自分の周りの奴らは変化に気付かない。
当たり前だ、自分が表に出してないのだから気付くわけない。
「嫌なんだ。・・・いつも笑顔が絶えないで一人にならず、ずっと誰かと楽しそうにいる伊槻が!頭が良くて礼儀正しくて、皆に尊敬されている俊也が!孤立しているのに憧れの人だと陰で言われている詩音が!皆から大事にされて幸せそうにしてる梓が!いつも自由に勝手にやってるのに周りから信頼されてる彰が!文武両道で誰からも頼りにされてる海人が!」
ずっと、耐えていた。
幼馴染たちが周りに信頼されてたり、憧れられたりしてるのを。
平凡すぎる祐志は幼馴染たちと比べてしまうと酷く劣るように思えてならなかった。
祐志には伊槻のような笑顔で誰かを惹きつけることはできない。
祐志は俊也のような天才的な頭脳は持っていない。
祐志には詩音のようにクールでかっこよく決めることはできない。
祐志は梓のように大事にされるようなものを持ち合わせていない。
祐志には彰のように自由気ままにやっても信頼を寄せてもらえるようなことはできない。
祐志は海人のような万能的な人ではない。
平凡すぎる自分は何一ついいところが見つからなかった。
何も突出したものがなかった。
「嫌なんだ!お前らを見ててすごく辛かった!一緒にいて、すごく悔しかった!!」
一緒にいて、たくさんたくさん比べられた。
離れて見ていて、自分がいないほうがいいと思った。
「お前らと一緒に居辛い・・・・自分が一番嫌なんだ」
祐志が心の内を全て吐き出す。
身体から黒っぽい靄が噴出した。
それは空に昇り、煙のように消えていった。
「ラルが消えたか。・・・『光と闇の技師』の名は伊達ではないな」
詩音たちの背後で呟かれたように聞こえた声に伊槻と詩音が勢いよく振り向いた。
デトロイトだ。
「自己の意思でダズに入った闇の技師は友の力を使って光の技師へと成り代わった・・・か」
呟くように続く声の中に含まれている恐ろしい気にその場にいる者達は動くことはできなかった。
「キャレを戦意喪失まで追い込んだことは敵ながら見事だ『絶対的な正義の使者』よ。『慈愛と安らぎの女神』の威嚇も見事なものだった。そうそう見れるものではないな、怒りの顔など」
クツクツと笑うデトロイトが海人たちの後ろに人影に気付く。
「『最強の最恐戦士』や『全知全能な光の魔王』までもを仲間にし、我が娘である『闇を裏切りし死神』さえも仲間にするとは絶句ものだった・・・『世界の真の王』よ!!」
彰が、大量の魔力を放出しながら現れる。