伊槻の気持ち
俊也は少しの間だけ気を緩めると、すぐに気を引き締めた。
おそらく詩音なら時亜や祐志がくれば俊也より早く気付くだろうが、それでもまともに戦えるのは俊也だけだ。
魔力は少しでも溜めておけるように気を引き締めておく。
「ショックだった?」
しばらくして、無言で伊槻の髪を撫でていた詩音が急に口を開いた。
「祐志がああなったのってやっぱショック?」
「・・・少なくとも僕はショックでしたよ。ただ、ああなったのは僕たちのせいでもあったってことにです。伊槻も、ショックだったんでしょうね。壁ができて別れ別れになったときに伊槻は険しい顔をしてましたから」
少し前の伊槻を思い出して俊也は静かに話す。
「でも・・・」
「でも?」
僕には心当たりがもう一つ、あるんですよ?
伊槻が、誰にも言えなかった心の奥底に押し込めている悩みの事を心の中で呟く。
幼馴染の中で一番仲の良かった伊槻が一番仲のいい俊也にも隠していることも、俊也にはわかっていた。
「いえ、僕からは言えません」
本人が言おうとしていないなら、言わないであげるべきだと口を紡ぐ。
でも、悪戯心はできた。
伊槻の顔を見て、そして詩音の顔を見た。
「話は変わりますが、詩音は彰のことが好きなんですか?伊槻のことが好きなんですか?」
「っ!!」
「フフ」
詩音の肩がビクリとはねて俊也の方を見た。
だから気付かなかったのかもしれない。
伊槻が一度目をあけ、そして慌てて目を閉じて眠ったままのふりをしているのを。
「・・・なんで言う必要がある」
「詩音は毎回楽しそうに2人をいじめるじゃないですか。幼馴染以上の気があるのではないですか?」
「まさか。ただアイツらがいじめ甲斐があるだけだよ」
なかなか手ごわいと内心で呟きながらも俊也は続ける。
「アズちゃんと前に一度2人だけで話したんですよ。詩音はどっちかの事が好きなのではと」
「・・・」
「結論は出ませんでしたけど」
「・・・2人だけって?」
「アズちゃんと詩音の部屋を訪ねたら詩音がいなかったんです」
俊也は気付いていない。
詩音から殺気が漏れているのに。
伊槻は寝たふりをしている以上逃げられず、冷や汗を掻いたまま動かないでいた。
「でもすぐにビュークが来たんですよ。ビューク的には彰なのではと」
その一言で殺気は消えた。
俊也は詩音の目を見て真っ直ぐに問う。
「実際はどうなんですか?」
「・・・・・・・どっちも大切な存在だ。彰も、伊槻も」
彰は異性として好きだと思うが、伊槻も自分を理解してくれる大切な人だ。
自分を命がけで守ってくれる、心やさしい大切な人。
優しい眼差しで伊槻を見る。
伊槻の目が開いた。
「嘘をつくなよ。詩音」
伊槻は寂しそうに言って起き上がった。
「彰のほうが大切なのは知ってる。さっきも言葉として盗聴した。ごめんな、勝手に聞いて」
残念そうにいいながら謝る。
「・・・やっぱ聞いてた?」
「ごめん、でも言わせてくれ。好きだ、俺は詩音の事が好きだ」
真剣な目で言う。
照れもなく、真っ直ぐに。
詩音も真っ直ぐ伊槻に言う。
「うん・・・知ってる。気付いてたけど、こたえられない。ごめん」
「いいんだ、他の奴らとは違う反応くれただけ」
無力世界で詩音のファンの中に,告白をした奴が何人かいた。
幼馴染同士で固まっていたときが多かったためか、幼馴染が告白する場に居合わせることは多かった。
手紙で呼び出されていたときは覗きに行くと言う酷いこともしていたのだが・・・
詩音に告白する奴は、彰や海人、梓に比べればかなり少ないがいた。
「他の人たちは無視するとか、かなり酷かったですよね」
彰達のように丁寧に断ることはなかった。
くだらないと吐き捨てて帰るときもあった。
お前、誰?と冷たい目で睨んでいたときもあった。
気持ち悪いと言ってから暴言連発したときもあった。
何も言わずに立ち去ることもあった。
そんな人たちに比べれば、ごめんと言われても、何億倍もいい。
目を見て、しっかりと返事を返したのだから。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
どちらの目にも、涙が光っていた。
こんな馬鹿男に真面目に答えてくれて。
こんな裏切女を好きになってくれて。
「来ます!!」
突然俊也が叫び、背後を振り返る。
「人の婚約者に手を出すとはいけませんね」
「ていうか趣味悪っ」
俊也の視線を辿ると怒りに震える時亜と嘲笑している祐志がいた。
「キャレ、それはアイツが決めただけだ。それにそれは妹だ」
詩音が倒れたままのアリュリーを顎で示す。
生気のない顔で倒れたアリュリーを見た時亜は鼻で笑っただけだった。
「知っています。あの方から聞いてます。でも、貴女に惹かれてるのですよ・・・冷酷な死神ではなく、正義の死神にね。だから貴女のときに求婚したのですよ?」
「それを聞いたアイツがアリュリーにそのことを言ったんだな・・・アリュリーがお前に気があるのを知って・・・!」
「えぇ、気付いていない振りをしてたので彼女は少しも気付かなかったようですが、彼女には何の魅力も感じません」
「!」
「・・・!」
「・・・!」
「彼女はただ、強いだけです」
大袈裟に溜息をついて見せる時亜。
その後ろでは祐志が呆れながらもアリュリーを肩に担ごうと近づいた。
見かけより非力な上に身体強化もできない技族の祐志は死人のような状態のアリュリーを担ぐのに四苦八苦している。
話に夢中になっている時亜と悪戦苦闘中の祐志には気付けなかった気配が、2人のその先にあった。
伊槻が気付き、詩音と俊也も遅れて気付くが、そのことにも2人は気付かない。
そこに、梓と海人がいることに。
「恐ろしい運命から逃れようともがき、切羽詰まっている強い貴女だからこそ、惹かれるのです」
「うっわ~、詩音相手になんだこのラブコール・・・時亜、大丈夫か?」
「詩音にラブコールなんか許さないよ?」
時亜に冷や水をかけるかのように海人が皮肉気に笑い、梓が恐ろしいほど黒い笑みを浮かべて時亜の肩に手をかける。
「・・・・・・本気で詩音に告白した俺はどうなるんだよ・・・」
思わずこぼれた呟きの思いは一致した。