非現実世界
見知らぬお爺さんの小屋に入ると、そこはお伽話に出てきそうな小屋だった。
お爺さんに促されて7人が置いてあった座布団の上に適当に腰を下ろしてお爺さんを見ると、お爺さんはお茶を淹れて出してくれた。
少し濃いめの良い香りが鼻腔をくすぐり、全員が茶を飲んだ。
見た目はかなり濁りのある緑茶だが、口当たりのよい味に思わず和んでしまう。
「さて、少しは落ち着いたかの? ワシはマーモ・デスト。イーフィの曾祖父じゃ」
よっこらしょ、と掛け声を出して詩音と彰の間にあった残っている座布団の上にマーモは座った。
マーモが座ったことで8人が円を描くような隊形になり、円の中心が光った。
円の中心は色とりどりに不規則的に光っており、何かを伝えているようだった。
その光をマーモがじっと見つめ続け、そして頷いた。
「正族に戦族に魔族に技族。希少種の万族までおる。極めつけは・・・王族。そしてお前はワシと同じ死族。非現実世界の七部族揃えるとは。イーフィ、お前は無力世界でどんな運命を持ってきたんじゃ?」
「・・・放っといてください」
呆れたように詩音を見たマーモから詩音は目を逸らした。
そんな詩音はとりあえず脇においておき、話が分からない他の6人に説明をするために資料を取ろうとマーモは腰を浮かす。
だが、その前に詩音はマーモの服の裾を掴んで座らせると声を潜めて2人で密かに話し始めた。
「釘を刺しておきます。例の件は内密に。自分はもう行かなければならないので」
「どこか行くのかの?」
「えぇ、あの方のところへ。自分も一応所属してますし・・・アイツには逆らえません」
「あの方、とはどちらだ」
「アイツの方です」
「そうか。ワシも一つ釘を刺しておくが・・・裏切るなど、無理なことじゃからな?」
「・・・分かってます」
小さな小さな声で会話を終えると、詩音は席を立った。
「こっちでいろいろ用があるから別行動だ。悪いな」
「えっ?詩音?・・・詩音!」
いつもちゃんと話していた梓を無視して詩音は小屋を出て行った。
残された6人が急いで小屋の外へと出ると既に詩音は木の上にいた。
気づいたときには既に別の木へと飛び移り、あっという間に見えなくなってしまった。
尋常ではない運動能力に全員が呆然としていた。
「まぁ、また会えるから心配はいらんよ。中で話してあげよう。非現実世界、ヴェルメンについてをな」
マーモが目を細めて詩音が行った方向を見て言うと、また小屋の中へと6人を招いた。
先程と同じ場所に座ると、マーモが少し遅れて資料を持って座った。
「えーと、マーモさん。ヴェルメンって言ってましたけど、ここはどこですか?」
6人を代表として俊也が尋ねる。
「非現実世界、ヴェルメンじゃ。お前たちの遠い祖先の生まれた場所じゃ」
マーモは資料を広げ、ゆっくりと説明し始めた。
大昔、世界はヴェルメスという創造神が作り出した、ヴェルメルという世界だった。
人も植物も獣も竜も自然神もいた世界である。
そんな平和な世界に一人の魔神、フィリールが生まれた。
フィリールの影響によって魔の力が世界に広がり始めてしまう。
獣は魔獣に、竜は獄竜へと変化し、人は魔の力を扱えるようになった。
魔の世界になるのを恐れたヴェルメスはしかたなくヴェルメルを5つに割った。
フィリールの魔の力の影響を受けずに済んだ人々のいる無力世界。
魔の力の影響を受けて魔の力を扱えるようになった人々のいる魔力世界。
聖なる竜たちと、それを操る人々のいる竜神世界。
魔の力から避難したヴェルメルの神々のいる天空世界。
そして、フィリールの生まれで影響が一番大きかった地獄世界。
非現実世界とは後に無力世界の人々からみたその他の4世界をまとめて呼んだものである。
「そしてここは、非現実世界の中の魔力世界。魔の力を持った人々はその才能によって7部族へと別れておる。イーフィ、詩音と君達全員合わせてちょうど7部族揃っておる」
「へぇ、すごい偶然ですね・・・」
「確かに自由人に真面目君にいい加減に温和に・・・っていろんな奴がいるしな」
「伊槻、多分部族と性格はそんなに深く関係しないと思うよ?」
マーモは緊張が解けて和み始めた一人一人を指差して部族を説明し始めた。
彰は7部族最強の王族。
純血どころか混血までもが少なく、魔の力も身体能力も最強であり、洗脳ができるほどの魔の力を持つものが多い最高部族。
海人は純粋な魔の力を持つ正族。
正族の純血は闇の能力を打ち消す特別な力を持ち、死族と正反対の種族でもある少数部族。
伊槻は戦闘好きの多い戦族。
魔の力を身体強化へと変えての肉体戦はトップクラスであるが、魔の力を放つということはできず、魔族とは長く敵対関係である、魔力世界三大部族の一つ。
俊也は魔の力が強くておとなしい魔族。
魔の力の変化が得意で使う種類が多く、魔の力を封じさせることもできる唯一の種でもあり、戦族と同じく三大部族の一つ。
祐志は7部族で一番魔の力を持たない技族。
魔の力を攻撃に変えたり、身体強化に使うなどの使い方は苦手だが、物を作る能力はピカイチであり、三大部族、最後の一つ。
梓は全体のバランスがとれた万族。
身体能力も魔の力も王族の次に強いが、王族同様に純血も混血も少ない超希少部族。
詩音は闇の力を司り、それなりの代償を払って生死の契約を行う死族。
万族よりも数が少ない上にそのほとんどが温和だが、7部族の中では一番危険な部族であるのには変わりない。
「魔の力は右腕と左腕に一つづつ魔根というものから供給される。細かいことはワシにはよく分からんがのう・・・ワシは才能に恵まれなくて死族から追いやられたんじゃ。イーフィがいい才能を持って生まれたことは、本当に誇りに思っとる」
「微妙に性格おかしいけどな・・・」
「彰!」
「ホッホッホッ、確かにイーフィは捻くれてたの。それよりこれから、どうするんじゃ?」
突然の質問に全員の言葉が止まる。
よく考えれば、この世界と部族は知ったが元の世界へとはどうやって戻ればいいかは分からない。
「・・・考えてなかったな」
「俺はマーモさんが知ってるかと思ってたんだけど」
「いや、ワシは無力世界になんか行けんよ。魔の力が莫大に必要じゃからな。イーフィは親の力で無力世界へ言ったのじゃろうし」
祐志が頼りにしていたマーモも知らないということで、完全に手詰まりになってしまった。
イマダニ気付イテイナイ。
運命ノ罠ヘト自分カラ進ンダ事モ、
運命ノ罠ガ作動シヨウトシテイル事モ、
誰一人気付イテイナイ。