裏切り者を裁く時
鉄の壁によって作られた迷路の中を詩音と祐志と時亜は歩く。
散歩に出たような気分でのんびりと歩いている。
「最初はやっぱ俊也がいいな。あの冷静ぶってる顔を恐怖に歪ませたいんだよね」
「私としては彼と本気で勝負をしてみたいんですよね。正界のボス以上の魔力を持ってますから、勝てるかはわかりませんが」
「恵を利用すれば一発で動きを止めれるよ」
「あぁ、噂のシスコンですか」
「笑えるよね、メレ」
「・・・」
祐志と時亜の話を詩音は聞いていなかった。
虚空を見つめていた詩音の思考回路は完全に止まっていた。
「まだ、引きずってるのですか」
「いい加減割り切らない?」
祐志が詩音の顔を覗くと同時に、詩音の目は焦点をあわせ、思考も動き出す。
「割り切ってないとここにいないだろう。ただ、アイツの言いなりなのがムカつくんだ」
「ただの反抗期ですね」
「別行動、いいか?さっさと終わらしてアイツから離れたい」
「2度目はないですよ?」
「2度目も何も裏切りはしてねぇし。ああしたのは全て今日のための布石だ」
「確かにそうかもしれないけど、アレで見つかったら裏切りにとられてもおかしくないでしょ?」
「まあな。でも、人の事いえないだろ。自分もお前も裏切り者なんだから」
皮肉気に笑って詩音は眼帯をはずした。
眼帯の下、閉じたままの右目を開く。
どす黒い赤の瞳。
目の前の鉄の壁を見つめ、壁に向かって足を進める。
腕が壁を貫通したかのように消え、そのまま詩音の姿を壁が飲み込んだ。
「相変わらず、恐ろしい能力ですね」
「地獄世界を創り出し、神を恐れさせた最悪の魔神フィリールの末裔・・・死族の最悪種、呪われし死神一族の中の天才が仲間だなんて光栄だね」
時亜と祐志は恍惚とした顔で詩音がすり抜けた壁を見つめた。
詩音は知っている。
自分の家系に魔神フィリールがいることを。
その中でも、フィリールの一部____どす黒い赤の瞳、フィリールの右目____を持っていることを。
危険な能力をたくさん持っていることを。
本気になれば、この世界全てを滅ぼせる力を持っている彰でさえも殺せるかもしれないほどの膨大な量の魔力を持っていることを。
即ち、この世界を滅ぼせる存在であることを。
詩音は知っていた。
どう足掻いても、この世界は全て滅びてしまうことを。
もうすぐ、彰の中の魔力が彰を支配することを。
支配された彰がこの世界を破壊することを。
たとえ彰を殺しても、自分とアリュリーの中のフィリールの一部が世界を滅ぼすことを。
詩音はわかっていた。
もう、何をしても無駄だと言うことを。
世界は、滅びるのだと。
詩音は、間違っていたのだ。
「アイツを・・・殺さねばならなかったアイツを好きになるだなんて!!」
詩音は壁を殴りつけて叫ぶ。
「どうすればいい!?アイツが・・・アイツが殺すべき人物だと気付いたときに殺せなかった自分は、どうすればいいんだ!叶わないと知っていたのに、それでも残しておきたかった自分の我が儘のせいで世界が滅びる・・・!そんなこと・・・そんなこと絶対許せるか!!貴様のせいで!自分は生まれた!!」
目の前の存在に訴える。
左目からはぼろぼろと涙が落ちる。
フィリールの右目は詩音の怒りに反応して妖しい色を浮かべていた。
怨みを浮かべる詩音の顔を冷酷に見つめるのは漆黒のローブを着た男だ。
フードを被って目元を隠し、僅かに見える頬と首筋には刺青が入っている。
詩音の、アリュリーの父親、デトロイトだ。
「怨みの矛先は私ではないだろう。怨むのは自分の心と、運命だ。生まれたからこそ知った幸せがあっただろう」
呆れたように、デトロイトが淡々と言葉を紡ぐ。
自分の娘の怨嗟の声を言葉の刃で返す。
「あぁ、あったさ・・・だけどな、感謝はできねぇよ!幸せであって、生きててよかったって思ったことは一度もねぇんだよ!!いつも貴様の影が付きまとう生活には本当の幸せは感じられねぇんだよ!」
デトロイトを睨みながら叫ぶ。
かなりの音量が壁に反射し、反響する。
その音が聞こえなくなるまで、デトロイトは黙る。
反響音が消えると口を開いた。
「本当の幸せ?そんなもの、お前が味わえると思うか?」
「・・・黙れ」
「私もだが、お前の祖先は破壊の限りを尽くした魔神フィリールだぞ。ましてやお前はそのフィリールの一部を身体に宿している」
「・・・黙れ!!」
デトロイトは一度深呼吸をした。
瞬間的に詩音は耳を塞いだ。
ききたく、ない。
「今まで無数の人の幸せを奪っていた神の一族の子が、散々人の幸せを奪った奴が本当の幸せを手に入れたいなど言えることではないだろう」
耳を塞いだ詩音だが、はっきりとその冷たい言葉が聞こえる。
何も言えずに詩音は立ち尽くす。
「ここまで使えない娘だとは思わなかったぞ。用済みだ、消せ」
デトロイトがそう吐き捨てて消え去る。
変わるようにその場にアリュリーが現れる。
その右手には片刃の剣が握られていた。
詩音がアリュリーに気付いて身構えるも、アリュリーはいとも簡単に詩音の背後にまわりこんでギラリと光る刃を振り下ろす。
鮮血が儚く舞い散って、倒れた人影を赤く彩った。