小さな楽しき一時
力をなくした2人の顔が間近に迫った。
「させるか」
「!?・・・ゲホッゲホッ」
「大丈夫か?詩音」
彰の襟首が掴まれ、強引に後ろへと引っ張られる。
首の圧迫に思わず咳き込んだ彰を無視して詩音に呼びかけたのは伊槻だ。
その周りにはニヤケ顔のキースも、心配そうな顔をした梓も、呆れ顔の俊也も、眉間に皺を寄せた海人も、微笑むビュークもいた。
「最強だって思ってた2人が一番重傷ね 回復魔術・治癒水」
ビュークがそう言って傷の治癒を開始する。
と言っても、術で作り出した治癒効果のある水を詩音と彰に頭からぶっかけただけなのだが・・・効果は絶大で、身体の痛みを即座に消してしまった。
「やっぱ回復魔術はいいな。死族の血を引いてちゃ使えねぇけど」
自分の力で立ち上がると肩や首などを回して体の調子を確かめる。
「確かにそうだねぇ。死に掛けたときとか、秘技を出した後とかぁ」
キースが危なかったねぇとお気楽そうに笑う。
「俊也が気付いていなかったら圧死してたし」
梓が獄竜と共に落ちる2人を術で助け出してくれたときの俊也を思い出して呟く。
「梓が叫んでから風吹くまでそんなになかったはずだけどな」
伊槻が思い出すように頭を掻きあげる。
「魔族の魔力の回復能力は他の部族より高い上に天才なら強い風を瞬時に吹かせられるわ」
ビュークがねっ?と俊也を見る。
「アズちゃんの声が聞こえてからは夢中でしたから」
照れたように俊也が言う。
「いきなり走られて焦ったよ。ちゃんと退治できたからよかったけどよ」
海人が溜息を吐きながらも笑った。
「そうか、よかった」
彰がほっと息を出す。
「よくねぇよ」
「何、詩音とだけど美味しいイベントに入ってんだよ!」
「仕方ねぇだろ、身体ボロボロだったんだぞ!」
「だからって詩音とキスだなんて私が許さない!」
「アズちゃんまで・・・」
「正直詩音のラブハプニングは見たくありません」
「そのまま首絞めてよかったんだけど、伊槻」
「そうだったな」
「でも、相手がアズちゃんじゃなくてよかったな。いくら親友の彰でも許さねぇ」
「確かにそうですね。絶対許しませんね。たっぷりと地獄を見せます」
「自分だったらどうでもいいってか?海人、俊也」
「いや・・・」
「久しぶりに俊くんが黒モードになったのに詩音瞬殺じゃん」
「したほうが少しは女らしくなるんじゃないのかなぁ?」
「キース、余計なことは言わなくていいの」
「でも、一理あるかも」
「同調するなら殺すよ、伊槻。今身体は本調子だし」
「詩音、駄目だよ」
「じゃあアズちゃん彰とキスする?」
「させません」
「穢れるからやらせねぇぞ」
「俺もさせたくはない」
「ひでぇ・・・」
「ごめん。したくない」
「彰だけじゃなくてお前ら全員やらせねぇから安心しろ。した奴は惨殺か嬲殺し♪」
「嬉しそうに笑って言うなあぁ!!」
「怖!!」
「それなら普通に殺してください」
「私も怖いよ」
「本気で殺りそうだねぇ」
「廃人にでもなってろ」
「静かになりそうね」
「確かに」
「じゃあ、今マジで殺ろうか?」
「・・・誰を」
「普通彰じゃん」
「いつもなんかやってるもんな」
「そうだなぁ・・・お前だ♪」
「ちょっ、マジで銃をこっちに向けんなあぁ!」
「伊槻、僕を盾にしないでください」
「黒俊也も一緒に殺るからいいよ」
「ちょっ、引き金に指かけるな!!」
「・・・発射♪」
「ハッタリかけんな」
「心臓に悪いです」
「2人とも冷汗かいてるじゃん」
「詩音がやると冗談に見えない」
「詩音がやると冗談に見えません」
「あたりまえだろ、本気なんだから」
「危険人物っ!!」
賑やかな声と笑いが廃墟の中の空気を優しく包んでいる。
もうすぐやってくる不幸な知らせを知らずに、心の底からこのひと時の幸せを満喫していた。