詩音・彰の戦い
詩音は先ほどから彰を無視して獄竜に狙撃銃を使って弾丸を撃ち込んでいる。
獄竜の動くスピードは遅く、単調だった。
まれに詩音に向かってくるが詩音は流れるようにかわす。
その間にも詩音は狙撃銃で獄竜を狙い続ける。
ライフルに似たその銃は銃身から奇妙な形をしたものが生えているかのようについており、その部分は詩音の肩を覆っていた。
狙撃銃を担ぐような形で持った詩音は肩を覆う一部分にあるスコープを覗き、確実に獄竜の身体に弾丸を撃ち込んでいる。
頬のすぐ横にある引金にかかる指に力がかかる度に弾丸は空に放たれる。
詩音の魔力によって作られた銃は詩音の魔力で作られた弾丸で獄竜の鱗を削ぐ。
彰は見とれた。
精密な狙撃を続ける詩音の姿に、顔は見えなくとも真剣なのが伝わる。
詩音は没頭した。
素早く動くこともない獄竜を狭いスコープを通した世界の中で獄竜の身体を追っていた。
だからこそ、獄竜の反撃に対処できなかった。
シャアァァァァァ――――――
目で追える速さでしか動かなかった獄竜が素早く動き出し、詩音の覗くスコープの世界から消え去る。
詩音が肉眼で探し出そうと狭いスコープの世界を放棄して視野を倍以上に広くする。
突然の事に驚いていた詩音の顔が苦痛に歪んだ。
彰はその変化を見れなかった。
見る前に詩音は赤い霧を吐き出して後方に吹っ飛んで建物の残骸へと衝突する。
詩音に神速を超えるスピードで突っ込んだ獄竜は詩音にぶつかるとすぐさま上空へと昇った。
「詩音!!」
彰が詩音に気をとられたその一瞬。
その一瞬で獄竜は彰の背へと突っ込み、同様に上昇。
突っ込まれた彰は詩音と同様に吹っ飛ばされ、詩音の隣で同様に赤い霧を吐いた。
顔面強打は免れたが、突っ込まれた背骨の辺りが痛む。
どっちにしろ、かなりキツイ。
隣の詩音の顔も苦痛で歪んでいる。
「詩音・・・大丈夫か?」
「はっ、何言ってんだよ・・・と言いたいとこだけど無理だな。動けねぇ」
虚勢も張れない詩音に彰は一つの決断をする。
「術・・・フルでやるから後で止めてくれ」
「ハァ?制御できない癖に 移動魔術・瞬間移動」
詩音がそう呟きながら彰の腕を掴み、やや離れたところに彰と共に移動する。
壊れかけた壁に寄りかかって詩音は溜息をつく。
「生憎と回復はできないからな」
もう一度溜息をつく。
獄竜がこちらに気付いた。
「移動魔術・瞬間移動」
詩音は即座に彰の腕を掴んで術を使い、廃墟の中へと移動した。
壁に寄りかかった状態の2人は壁の奥にいる獄竜に気付かれないよう息を潜める。
「まぁ、やるしかないか」
痛む身体に鞭打って詩音は彰へと身体ごと向く。
彰は遠慮がちに詩音に手を伸ばし、負担を減らそうとした。
やることは分かっている。
また、魔力を吸収する封印術をかけると。
あの時の事を思い出して彰は一瞬で顔が赤くなるのを感じた。
自分が好きなのは梓だが、詩音だって女だし、綺麗だし、正直悪くないと思う。
その心を否定できなかった。
そのことから目を逸らすかのように彰は口を開く。
「よく平気でいられるよな・・・」
目の前で痛みに歪む顔には照れや躊躇が見えない。
痛みのほうが大きいからかもしれないのだが、前にしたときもなかった。
確かに童顔な彰だが、そこまで幼くは見えない。
と思ってくれるのを願っている彰だ。
「言っとくけど、自分だって恥ずかしいんだからな。ポーカーフェイスがお前より得意な方なだけだ」
「そう」
「だれでも躊躇うだろ・・・彰なんか童顔でガキだけど」
その先の言葉は飲み込んだ。
自分のプライドが許さない。
「やるよ」
彰が詩音に手を差し出す。
詩音が彰の手を掴むと引っ張って詩音を引き寄せ、抱きしめる。
首に手をかけて口を寄せる。
首にかけられた詩音の手の鼓動が伝わる。
詩音の手からも、彰の鼓動が伝わる。
彰は目の前の女の目を見た。
想っている人よりも綺麗で、意志を持ってしっかりと前を見つめる目。
強い強い目をしていた。
その目が閉じられ、その顔が視界から消える。
同時に、首の痛みが痺れる様に脳へと伝わった。
「終わった?」
「・・・一応」
応答すると詩音は首から流れる血を舐めとった。
「ひゃぁ!」
いきなりの事で彰は無意識に詩音を抱きしめる力を入れて変な声を発した。
その声は詩音の耳元だったために、一瞬詩音の顔が歪んだ。
「るせぇ、耳元で」
「何してんだよ」
「動くの辛いから服で拭いようがねぇし」
「自分で拭える」
「へーへー」
超至近距離____おそらく過去最高記録での喧嘩。
そのことに気付いた彰だったがもったいないと思い、嫌がらせも兼ねて気付かぬ振りをした。
だが、気付いたことによって帰ってきた照れによる赤面と速まる心臓は押さえられなかった。
すぐ目の前にいて身体が触れ合っている状態では詩音はすぐそれに気付く。
そして、今の自分の状況に気付く。
「・・・いつまでこうしてる気だ」
詩音は溜息をついて言うが、離れようという動きはしない。
彰は珍しいと思いながらも抱きしめる手をゆっくりと背中を撫でるように動かす。
一瞬詩音の肩がビクリと跳ね、僅かに震えだした。
「彰・・・」
彰の血の気が一気に引いた。
腕全体ににドス黒いオーラが巻きつくかのように渦巻いていた。
発生源は詩音だ。
動くのがつらいと言っている詩音が動く気配がないのも当たり前だった。
「他の獄竜に合流されたりでもすれば・・・さっさと放せ、変態野郎」
「はい!!」
慌てて彰は詩音を解放して壁に寄りかからせる。
詩音にそんな甘くて美味しいシチュエーションを求めてはいけないのだ。
絶対に身の危険しかない。