消えた少女と青年
セアンとセルビアは絶縁空間に開いた穴の修復に取り掛かっていた。
穴を放置してさらに数を増やすわけには行かない。
絶縁空間は自然修復機能がついているが、この穴では2~3日かかるだろう。
これが竜神世界や天空世界なら向こうからの修復も来るから楽なのだが、今回は危険な地獄世界。
人を主食とする魔獣や獄竜がいる上に、最近では魔の神の復活まで噂され、その影響からか魔獣や獄竜がより強力になっているという。
力のあるものもそれらから身を守るためになかなか外にでない。
となると、向こうの修復は期待できない。
一刻を争う事態になっているのだ。
「貴方たちも手伝わないと間に合いませんわ!」
セルビアが絶縁空間に魔力を送るために魔術を次々と打ち込みながら後ろにいた正界の兵に呼びかける。
その隣ではセアンが落ちつかなそうにして立っていた。
セアンには修復隊の中で一番重大な任務が課せられていた。
数分前、セアンとセルビア率いる修復隊はここに到着した。
何度かこのように修復で向かうことはあった。
だが、今回はものすごく大きかった。
普段の穴なら小型の魔獣が1体か2体だけで被害は少ないのだが,この大きさなら獄竜が出てくるのも頷けてしまう。
そこに問題があった。
今出てきてしまった3体の他・・・更に出てきた場合
それを退治、もしくは穴に押し戻すのを誰がやるのか
この隊で一番肉体的に優れるのはセアン。
魔力的に優れるのはセルビア。
退治するにせよ、押し戻すにせよ、セルビアではやや不安が残るのは皆同じだった。
2人で修復に集中して穴を塞ぐのを早めることにしては万一のときの魔力が切れるというのもありうる。
だが、迷っている時間はない。
「もし来たら押し戻すのら~♪駄目になったらセルビアがやって欲しいのら~♪」
そういってセルビアを修復に取りかからせた。
セアン1人ではおそらく退治できないだろう。
だが、押し戻すということは、出てきたものを引きずって一緒に絶縁空間に飛び込むことだ。
うまく行けばそのときに絶縁空間が異常を感知して閉じる。
ダズが穴を開けて獄竜を出したときには感知できなかったのは、稀に見ることだ。
出てきて即、セアンが出てきたものと一緒に飛び込めば高確率で閉じ、これ以上彰達に負担をかけさせずに済む。
だがそれは死にに行くのと同じだった。
同じ絶縁空間の穴から別の世界に飛べば同じところへとたどり着く―――彰たちが魔力世界に来たときほぼ一箇所に落ちたのと同じ事―――つまり、着地するときに引きずってきたものに潰されて圧死する。
運良く潰されずに着地してもその後に食われる。
もし運良く死なずに退治できてもセアンの魔力では絶縁空間を破ることはできないだろう。
セアンは地獄世界で過ごす羽目になる。
詩音かビュークなら絶縁空間を破れるだろうが、地獄世界は魔力世界や無力世界同様に広い。
誰かが助けにきてくれて、セアンが同じ場所に留まっていたとしても、見つかる可能性はほぼ0だ。
地獄世界の死亡率は高い。
近場に食物も水もどれだけ地獄世界にあるのかも予想不能。
詩音の体験談によれば夜の野外では生きた心地がしないらしい。
行きたくないし、死にたくない。
「でも、やるしかないのら~♪」
持ち前の明るさで穴を見つめる。
出てくるとすれば魔獣の確率が大きい。
獄竜の生態数は少ない。
だから、きっと大丈夫。
「セアン、もしもの時は私もいますわ」
隣にいるセルビアだってそう言ってくれる。
大丈夫だ。
自分の楽観視ではない。
セアンは一度息をつく。
「ありがと、なのら♪」
それが、修復隊の聞いたセアンの最後の言葉だった。
セアンの安心を裏切るかのように3体の獄竜よりも巨大な獄竜が穴から現れた。
セアンは一瞬で覚悟を決めると無言でその場から獄竜へと突進、穴へと自分諸共押し込んだ。
「セアンッ!!」
だが、セアンの覚悟も空しく獄竜は穴から出ようと鼻先を出す。
セルビアはセアン同様に覚悟を決めた。
「皆、ボスに今までありがとうございましたって、お願いしますわ・・・お兄様にもライバルはいるけど頑張ってと伝えておいて欲しいですわ。私はきっと絶縁空間に飲まれて消えますわ」
セルビアは修復隊に笑いかけた。
悲しそうな顔ではなかった。
「梓さん、詩音さん・・・ごめんなさい。お兄様を幸せにしてあげてください」
そういってセルビアは穴へと走る。
「基本魔術・風」
術は強くもさわやかな風を作り、セルビアを穴へと後押しする。
「セアン、もし飲まれずに貴方のところに行けたら一緒にいましょう?助けが来ないならせめて、私が助けになりたいんですの」
幼き姿の少女は青髪の青年の後を追う様に穴へと消えた。
巨大な竜を引き連れて穴の奥へと入り込み、そして穴は何事もなかったかのように埋まっていく。
何の音も発さずに、静かに消え去った。