大事な人
詩音はそう言いながら静かに彰達に近づいていく。
「彰・・・一緒に来てもらうよ?一番死なれちゃ困る人だし」
彰は無言で詩音を見つめる。
詩音は魔力世界でいつもの服装である黒いスカートに眼帯。
髪型も同じだったのだが、何かが違うと思った。
梓にはとてもかなわないが整った顔をしている。
目の前の詩音もそうだ。
だが、詩音じゃない。
いち早く俊也が気付いた。
「詩音じゃありませんね。貴女の名はアリュリー。そうですよね?」
アリュリー、詩音と同じ父から生まれた特殊生命体。
それが目の前にいる。
「・・・詩音が話したようね。ということは目的も知ってる?」
アリュリーは驚いた顔をしたものの、すぐに引っ込めると微笑した。
嘲笑うかのような笑みで彰と俊也を見下す。
俊也はゆっくりと海人の上から退き、そしてアリュリーを睨む。
「俺を使って更なる強い特殊生命体を作る《アルスロッティ》。だったな」
「正解。詩音はやらないと言っていた。なら!このアリュリーが!お父様のために貴方を使って願いを叶えてあげるのよ!報酬として私にはキャレという夫を迎えられるのよ!!」
アリュリーは手を上に上げて、うっとりとした顔で自分の手を見つめた。
「切実に成功を願っているお父様のためにも、私を愛してくれると誓ってくれたキャレのためにも、何より私のためにも・・・貴方が欲しい」
上げた手を下ろし、目をよりいっそう細めたアリュリーはさらに彰へと近づく。
近づくアリュリーの足が1歩進むと彰は大きく1歩後ずさった。
海人と俊也が彰とアリュリーの間に立つ。
部屋にいる人々はそちらへと釘付けになった。
正界の人々は自分たちが止めようとしていたことが起きてしまうのかと、ダズの人々は最終目的が達成できるのかと、身動き一つせずに固唾を飲んで見守る。
アリュリーは自分のものとなる彰を、彰達はアリュリーをじっと見る。
動くことのない静寂な時は、梓によって破られた。
梓は視界の端に捉えた純白の服と漆黒の服に身を包んだある人影を確認すると、伊槻の元へと足音を大きく立てながら駆け寄る。
アリュリーの視界が梓の方へとずれる。
その隙に梓が捉えた人影の一つが音もなくアリュリーへと動く。
「!!」
「っ!」
「上級移動魔術・人体消滅」
彰がその存在に気付き目を見開くと、アリュリーが僅かに遅れて気付いた。
だが、時既に遅くアリュリーは人影の使った術によって消えてしまった。
「悪いけど、今日は帰ってもらうわ。キースの暴走止めてくれたのは感謝してるわ」
ビュークが美しい純白の戦闘衣に身を包み、先ほどまでアリュリーのいたところに立って静かにそう言った。
「合成魔術・地獄炎雷」
アリュリーが消えたことで呆然としていた一同に悲鳴の嵐が鳴り響く。
部屋の中央に地獄の光景が現れた。
雷雲と炎が突然現れ、次々とダズの兵たちを炎が包み、雷が身体を貫いていく。
部屋から脱出しようと試みたダズの人々は扉の前に立った漆黒のドレスにさらさらとした長い黒髪の仮面の女_______梓の捉えたもう一つの人影に一人残らず持っていた銃で撃たれ、絶命した。
そして、5分経たぬ内にダズの兵はいなくなってしまった。
「サンキュー、梓。よく自分だって分かったな」
漆黒の女は銃をしまい、仮面をはずしながら梓の隣へと立つ。
漆黒の女は髪を下ろした詩音だった。
「親友だもん。私の一番大事なね!」
梓がにっこりと笑うと、詩音はふっと優しく笑った。
昔と変わりのない、友達を思う普通の女の子としての笑みを見せた。
「うぅ・・・」
「・・・うっ・・・」
伊槻とキースがほぼ同時に意識を取り戻した。
「大丈夫?」
ビュークがキースへと駆け寄り、キースの顔を覗き込む。
綺麗な顔が覚醒したてのキースの視界いっぱいいっぱいに広がる。
これにはキースも堪らず赤面してしまう。
大丈夫というが、ビュークは調子が悪いの?熱でもあるの?と一向に離れようとしない。
「伊槻も大丈夫?ったく、キースに殺されるって焦ったよ」
キースとビュークのやり取りを見ていた詩音が伊槻を見るのと同時に、伊槻もようやく覚醒しきって一番近くにいた詩音を見上げた。
伊槻はいつもと違う詩音に目を見開き、慌てて視線を逸らす。
その頬には朱が大量に散っていた。
「ごめんなさい・・・・」
最初は詩音の言ったことに謝ったのかと思ったのだが、頬が赤くなることはないだろう。
なぜだと詩音は考えながら、自分と伊槻を見た。
詩音は今、ドレスを着ている。
それは、ダズの兵が万が一逃げたときに自分だと分からないようにわざと自分でフリフリでふわふわの服_______絶対に着たくないと詩音が嫌うような服を術で実体化させて着た。
だが、あまりにスカートの丈が長いと動きづらいと思った詩音はスカートを膝の少し上までにしたのだ。
その長さでは倒れていた伊槻は詩音のスカートの中が色までばっちりと見えてしまうのである。
「・・・やっぱ一回死ね」
「見たくて見たんじゃないんだ!本当にごめんなさい!!」
伊槻がゴロゴロと転がって詩音から離れる。
そしてすぐに土下座して許しを請うが、詩音ははずした仮面を伊槻の頭めがけて投げた。
それも、身体強化をしてだ。
「いってええぇぇぇぇ~~~!!」
「うるさい、伊槻」
「鼓膜が破れます」
海人と俊也が倒れたままの伊槻に蹴りを入れる。
身体強化は使わなかったが海人は腹を蹴り、俊也は急所を蹴った為か、伊槻はしばらく動かなくなった。
「伊槻は屍となりました」
「勝手に殺すなぁ!!!!!!」
チャンチャン♪と彰が手を広げておしまいを締めくくった。
もちろん伊槻がツッコミを入れる。
しかし、超大音量。
「うるさいって言ってますよね?」
「うるせぇっつってんだろ!」
「うるさいよぉ」
「静かに」
「スイマセン・・・」
俊也や海人だけでなく、キースやビュークにまで怒られる。
そして、とどめの一言。
「今すぐ死んでもらおうか・・・」
「詩・・・詩音、さすがに駄目だよ」
さすがにこの一言は梓が制止に入った。
詩音の目が微妙に殺気を帯びたからか、伊槻は自分で口を押さえた。
喋りませんと目で訴えかけようと詩音の目を見るが、フイと詩音は伊槻を視界に入れないように目を逸らした。
ただ、その横顔は楽しそうだった。
「やっぱ、皆でいるほうがいいな」
「そうだね、早く祐志も仲間に入れるといいね」
「7人揃って俺たちだし」
「いや、彰はどうでもいい」
「ひでぇ!!」
「そうですね、喧嘩の頻度がガクッと落ちるでしょう」
「じゃあ詩音でいいだろ!詩音は伊槻とだって喧嘩になるじゃねぇか」
「私は詩音がいなきゃ嫌なんだもん。そしたら詩音は絶対必要よ!」
「ということだ彰」
「・・・海人まで」
「ご愁傷様・・・同情するよ」
「伊槻に同情されたくねぇ」
自分たちの世界に入って行った6人をビュークとキースが優しく見守る。
自分達の未来を切り開く彼等。
詩音がこちら側についたことで5人の緊張感が解れたように、ビュークにもキースにも大きな利点をもたらすだろう。
「ねぇ、ビュークゥ。フィーって変わったよねぇ」
「そうね・・・」
2人の知っている詩音は守らなくてはならない人達を守りながら自分を隠し続けていた。
そんな日々が続き、精神的な疲労が酷かった。
だが、今は違う。
多少投やりだったが、ちゃんと隠してたことを吐き出した。
そして皆が理解してくれたことにホッとした詩音は自分がどうするかをしっかりと考え直し、そして今、ダズを裏切って正界へ移動した。
「憑き物が落ちたって言うのかなぁ。なんか明るくなった気がするよぉ」
「彼等が一緒にいるからじゃないのかしら。だって無力世界でのフィーは今みたいに笑っていたもの」
ビュークが優しく見つめるその顔をキースもまた見つめていた。
「ビュークゥ・・・ダズを壊滅させた後も一緒にいてよぉ?相棒とかじゃなくて、・・・と・・・みたいなお互いが想い合うような関係がいいんだぁ」
ポツポツと恥ずかしそうに話すキースは見た。
ビュークの頬が赤く染まり、その口がYESと動いたのを。