9.説得(セレスティン・エルデン・ナイトフォール目線)
前回皇帝には、赤子になった森に住む魔女を公爵城で預かっている事、そして彼女がセレスティンの血族である事を明かしつつ、彼女が公爵家の養子になれば皇都の結界が安定するだろう、と書いて手紙を送った。
そしてその数日後、別件で皇城へ向かった際に口頭で暫定許可を貰った。だと言うのに、今朝届いた手紙には許可は出せなくなったと書かれていた。
腹立たしさを表情に出さぬよう細心の注意を払いながら、招かれた皇帝の私室へと向かうセレスティン。謁見場所として私室を指定されたのだ、少しは腹を割って話そうという事だろう。
「よく来たな、エバーナイト公爵」
皇帝レニス・エドガー・オーレリアン。生母は彼が十歳の頃に他界している上に、子爵家の生まれだった為強い支持基盤を持たず、皇后すら皇太后の息のかかった女性をあてがわれた不運な帝国の主。本人もその事実を自覚しているからなのか、よく言えば物腰が柔らかく、悪く言えば頼りない雰囲気の持ち主だ。
「前置きは結構です、陛下。あの手紙はどういう意味でしょうか? 一度は許可をしておきながら取り消すなんて、陛下の威信にも関わると思いますが」
「先日のはあくまで暫定許可だっただろう。色々と再検討した結果、公爵の子にするには相応しくないと判断しただけだ」
静かに、だが叩き付けるような雰囲気で言葉を放ったセレスティンに、レニスは慌てる事も、嫌な顔一つ見せる事もなく淡々と言葉を紡いだ。こういう面を見ると頼りない人物には見えないのだが、それが続かないから仕方がない。セレスティンが今も昔もレニスを支持しない理由はそこにあった。
なまじ最初だけは皇帝らしい風格があるものだから、貴族の間では革装本——外側だけが立派で中身はうすっぺらいただの紙——だと馬鹿にされ、その蔑称を本人が知らない事も「お飾りの書物に相応しい」と皮肉に拍車をかけている。
きっと今回も長い時間をかけて説得すれば折れるのだろうな……、とセレスティンはさして期待もせずに考えていた。
「本来養子縁組に陛下の許可は要りません。今回は彼女の立場が少々特殊だった為、陛下の許可があった方が事がスムーズに済むと考えただけですので、このまま養子縁組手続きを行うつもりです」
存外に「どうせ結果は変わらないのだから心証が悪くなるだけだぞ」と告げるセレスティン。
「そうだ、確かに許可は必要ない……。だが、ならば何故私に許可を求めた? いつもの公爵ならかの者の来歴を調べあげ、『不当な処遇だから自由の身に』と貴族会議の議題にかけたはず。それをしなかったのは、どれだけ探しても資料が見つからなかったからだろう。誰にも言わずに勝手に魔女を連れてきて森の結界が破れれば、帝国中からの非難は免れないからな」
今日の皇帝は随分と冷静に、そして正確に分析をしている。普段なら「養子縁組に許可が要らない」と言った段階で困ったような顔で頷いていただろうに。これは最初から養子縁組許可を餌に、セレスティンになにかを要求するつもりだったな……。
「私に話があるようですね」
セレスティンがそう言うと、レニスは素早く室内を見回してからセレスティンを手招きした。よほど他人には聞かれたくない事らしい。
(さて、なにを言われる事やら)
「第一皇女を皇帝に、という動きがあるのは知ってるだろう。昨夜ようやく私の耳にも最新状況が入ってきてな……、エバーナイト公爵がどちらにつくかによって状況が大きく変わりそうだ。そこで、だ」
「陛下を支持しろと?」
セレスティンの不快感を悟ったのか、レニスは首を横に振りながら「まあ落ち着け」と言った。
「それが一番ではある……が、十年前も私を支持しなかった公爵を、許可証一つでどうこう出来るとは思っていないさ。ただ、第一皇女を支持しないでくれればそれで良い。どうだ? これなら難しくはないだろう。まあ、第一皇女の方が皇帝の器だと思うのならば止めはしないが……」
セレスティンはすぐに答えなかった。明確な支持をしなくて良いなら悪くない。第一皇女自体は悪くはないがレニスに比べて圧倒的、というレベルではない。そして残念な事に、彼女の後ろにはあの皇太后と第二皇女が居る。即位後にあの二人をどうにかする根拠がない限り、とても支持は出来ない。
「私が養子を迎える大きな理由は、第二皇女殿下との婚約を破棄する為です。陛下が養子縁組を許可してくれるのであれば、自然と陛下の望む展開になるでしょう」
ただ、それには一つ大きな障害がある。
「とはいえ、一つだけ懸念があります。知っての通り、ナディア殿……森に住む魔女は私の血族です。まだ第二皇女殿下と私の婚約が破棄になっていないのは、皇太后がその事を知り、ありとあらゆる手を尽くして養子縁組を妨害するつもりだからでしょう。陛下には婚約破棄についてもご尽力いただければと」
「私としても第二皇女と縁を結ぶのは望ましくない。こちらの方でもかの者の罪状は調べておこう。公爵の手紙に書いてあった通り、どのような罪状であったとしても今の境遇は帝国法上違法だ。皇室裁判を開くのが良いだろう」
皇室裁判。皇城内に存在する裁判所で開かれる裁判であり、原告や被告が皇族である場合や、現行法で解決しにくい問題を取り扱う。最終判決は皇帝が下すという特殊な裁判だ。
ナディアの罪名と刑罰内容を改めて精査するという名目上、確かに皇室裁判が望ましい。だが皇室裁判はその特性上、開くまでの手順も煩雑で隠しようがなく、判決内容に問題があれば皇帝としての威信にも関わる。そして皇太后はこの機を利用しようと考えるはずだ。
(陛下がそこまでするとは……よほど第一皇女の一件が堪えたと見える)
どちらにせよ、このまま黙っていれば玉座の主は交代する。だったらハイリスクでもセレスティンの味方をしてその座を守ろうという事か。
(もっと前からこのような一面を見せてくれれば、喜んで支持したものを……)
レニスの母である先帝の側室は、皇太后より九年も前に子を産んだ事で目の敵にされていたという。だが先帝はレニス親子を一切守らなかった。
幼い頃からそんな理不尽な境遇に晒されていた子供は好戦的になるか、それとも目立たぬようにひっそり暮らすかの二極化する事が多い。現皇帝は典型的な後者だった。
先帝が突然崩御しなければ、まず間違いなく第一皇女が皇帝になっていた。それは誰の目にも明らかで、元々レニスに期待をしていた人物は居なかった。当時セレスティンがレニスを支持しなかったのはそれ故だった。
そしてレニスもまた、己を支持しなかったセレスティンに命令するのは気が引けたのか、この十年は最低限しか顔を合わせていなかった。今回レニスが近距離を詰めてきたのは、セレスティンの手紙を好機と受け取ったからだろう。
(ひとまず、ナディア殿に当時の話を聞いてみるしかないのか……)
セレスティンの目には、ナディアが大罪を犯した人物には見えなかった。だが貴族会議にせよ裁判にせよ、正確性を求める場では彼女の証言だけでは信ぴょう性に欠けると判断されるだろう。だからまずは記録から確認を、と思っていたのだが。
大きな事件だっただろうに、どれだけ探してもそれらしい記録は見つからなかった。この時点で既に当時の公正さに疑念を感じるものの、記録がない事でナディアが不利になるのは困る。
(彼女の傷を抉る結果にならないと良いのだが……)





