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57.つかの間の平穏

 イノセントの戸籍や提出された日記類、治安局が提出した事件資料の調査を行う為この日は閉廷、次回公判期日は決まり次第連絡が来るとの事だった。


 閉廷直後、裁判官が「被告人は次回公判期日まで公爵城で過ごすように」と告げた際には、案の定審問官が「被告人が逃げ出す可能性があります」や「まだ無罪と確定した訳でもないのですから牢が無難でしょう」などと異議を唱えた。


 否定された裁判官は鬱陶しげに審問官を睨みながら口を開きかけたが、それよりも早く言葉を発したのは皇帝。


「確かにゲートがあるとはいえ、そう何度も公爵領と皇都を往復するのも手間だろう。皇都に留まるが良い。場所は……、そうだな、エバーナイト公爵に一任しよう、頼んだぞ」


 突然指名されたにもかかわらず、普段と変わらぬ声音で「承知いたしました」と頷くセレスティン。なおも皇帝が裁判官達に話しかけていたが、「これ以上面倒な事を言われる前に行きましょう」と言う顧問法理士に連れられ、ナディアは逃げるように法廷を後にしたのだった。


   ◇◆◇◆◇◆


「……そういえば何故、皇帝は傍聴人席に? セレスティンが呼んだの? ……いや、それよりも第二皇女を公爵城に置いてきて良かったのかい?」


 無事にセレスティンやイノセントと合流し、皇都にあるエバーナイト公爵家の邸宅へと案内されたナディアは、まくし立てるようにセレスティンへと問いかけた。


「ああ……目覚めてすぐ、バーナードからナディアが裁判の為に皇都に旅立ったと聞いて、急いで皇都へと駆けつけたんだ。その時、第二皇女に関してもバーナードから全部聞いた。だからこっちに来るついでに皇城へと送り届けたんだ。その際に陛下と謁見をして……何故か裁判所までついてきたんだ。元々裁判に皇太后の息がかかっていると教えてくれたのは陛下だから、もしかするとああなる事を予見して来てくれたのかもしれないな」


「悪い意味で、あれほど手応えを感じない裁判は初めてでした。陛下と閣下が居なければ今頃大変な事になっていたに違いありません……、本当に助かりました」と顧問法理士も頷いた。


「正直な話、私も陛下があの場で声を上げるとは思っていなかったから驚いた」


「その割には息ぴったりだったね?」


「いや、私は事実を述べただけだ。……命令に従っただけで不敬罪になるなんて、警備兵が可哀想だからな」


「現皇帝ってもっと頼りなかったよね……まるで人が変わったみたいで僕もびっくりした」


 なんて、あくびをしながらイノセント。あまりの態度に、国の頂点という存在に対して良いイメージを持たないナディアでさえ不安になり、思わず口を挟んでしまった。


「ちょっとイノセント、不敬罪になりたいの? ……あれ、でも今日の話だと帝国籍じゃないから適用されない……のかな?」


「基本的には適用されますが、魔塔主となるとどうでしょうね……。大きな声では言えませんが、政治的な都合で不問になると思います。が、ナディアさんのおっしゃる通り、不用意な発言は控えるに限りますね」


「確かにな。だが、私も同じ事を考えていた。……陛下にとって皇太后は目の上のこぶ。今回の件をチャンスと見て、慣れないなりに力を削ごうと必死になった結果が今日の雄姿なんだろう」


 臣下とは思えないセレスティンの物言いに、そういえばセレスティンは現皇帝を支持していないんだったな、とバーナードから聞いた情報を脳内で反芻した。なるほど、皇帝がやたらとナディアを擁護したのは、セレスティンからの支持を期待しての事か。やはり世の中、権力が全てのようだ。




 幸いな事に裁判所からは特段、行動についての制限は通知されなかった。にもかかわらずセレスティンとイノセントはナディアに対し、邸宅の外に出ないようにと強く念押しをした。


 曰く、裁判官にせよ審問官にせよ、今回の一件で各々の立場を追われる事になる。その際少しでも皇太后から便宜を図ってもらえるよう、彼女の希望を叶える為、ナディアに危害を加える可能性が高い、と。


 滞在場所に皇帝が介入するという異例の事態に発展したのも、ひとえにナディアを守る為だったらしい。場所そのものは隠しようがないだろうが、セレスティンの邸宅であればおいそれと暗殺者の類いは入って来られない。更には今後の裁判関連の連絡は全て皇帝からセレスティンに伝えらるという。


 それだけの体制を整えている中「外出したい」などと言えるはずもなく。必要なものは全てセレスティンやイノセントを通して調達してもらう事になった。


 落胆を顔に出したつもりはなかったのだが、「無罪放免になったら大手を振って皇都観光をしようね」とイノセントに励まされてしまった。


 努めて明るい声で「うん」と答えながらも、「いくら皇帝がお膳立てを整えてくれたとはいえ、本当に無罪になるのだろうか。もしかしたらこれが最後の自由なんじゃないだろうか」という不安がナディアの頭の中から消える事はなかった。

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