56.意図せぬ追い風
「一度話を戻しましょう。……証人は少なくとも数百年前から存命だという事ですね。では次に、魔法陣の解析結果についてどうしてこれほど詳細な情報をご提供いただけたのか、ご説明いただけますか」
「簡単な話です。あの魔法陣を作ったのは私ですから」法理士からの問いかけにさらりと答えるイノセント。傍聴人席から今日一番のどよめきが起こったのは言うまでもない。
三度目の「静粛に!」という声でようやく静まり、そこからはイノセントの独擅場だった。アステリオン王国時代の悪法の解説と、それが元でナディアが囚われた事。そして当時の魔塔がナディアの魔塔入りを拒否した結果、惜しんだ国王がナディアを死亡扱いにし、ひそかに人体実験の素材として魔塔へと提供した事……。そして最後に、その当時王国を悩ませていた魔獣対策として、イノセント含め魔塔の魔術師が総出で作った魔法陣のエネルギー源としてナディアを森へと幽閉した事。
全ての説明からナディアを一切人として扱っていなかった事が伝わり、法廷に居た者全員の顔色は失われ、同時に、イノセントへと集中する視線には批判の色が増していった。
そんな周囲の圧を一切気にせず、イノセントは当初の予定通り「ですから当時のナディアに関する公式資料が一切ないのは当然なんです」と締めくくった。
法理士は、この話を裏付ける資料としてイノセントを始め、当時魔塔に所属していた人物の日記数冊——ナディアへの人体実験の結果が事細かに記された代物——を証拠として提出した。
また、これらの説明の過程でナディアが囚われた年月日に対し、審問官が語った民間伝承の時代がかなり後年である事も確認された。
「しかし、証人が本当に数百年前から生きているという証拠がないでしょう。今現在魔塔が帝国に属していないというのが事実なら、証人を帝国法で裁く事も出来ない。つまりいくらでも偽証が出来てしまうという事です」
「たとえ他国の人物でも、神聖なる法廷で誓いを行った以上、偽証の罪に問われる事をお忘れですか。それに証人の発言だけではなく、日記という物的証拠も揃っています」
自身が提出した証拠の能力を疑われた審問官が、渋い顔でどうにかひねり出した言葉がそれだったが、法理士が哀れむような表情で審問官の知識不足を指摘した。イノセントは「疑うのも仕方がありません」と審問官に同意をしてから自身の身元の証明に関する証言を補足した。
「僕の戸籍を調べてみてください。この国の貴族……イノセント・ブラックソーン……ブラックソーン侯爵家の次男として記録には残っているはずです。あ、魔塔主になった事で『家門を裏切ったな!』と両親はカンカンだったので、ブラックソーン家側の記録には残っていないかもしれません。でも皇城にある貴族家系図には、たとえ絶縁された人物でも抹消理由と共に記録に残ってますよね? その記録と魔塔側の各種記録を照合すれば証明出来るはずです」
イノセントの説明によると、魔塔出身の魔術師といえば箔が付く事もあり、代々王国貴族は魔術に適性を持った自分達の子供を魔塔に入れたがるものらしい。これは審問官や裁判官も知っていたようで、肯定するように頷いていた。
ただし親の心子知らずとでも言えば良いのか、言いつけを守り魔塔で何年か修業して実家に戻る者は半数程度、残りは魔術の研究に没頭し、その生涯を魔塔で過ごす事が多い。この場合は実家と縁を切るか否かは当事者同士の話し合いにもよるけど、唯一の例外が魔塔の頂点である魔塔主。
一国に肩入れする事がないよう、その地位に就く者は問答無用で母国から戸籍を抜くのが魔塔の規則らしい。その地位に就く事はこの上ない名誉ではあるものの、イノセントの両親からしてみれば裏切り以外のなにものでもなく、それ以降一度もブラックソーン家とは手紙の一つもやり取りしなかったという事だ。
イノセントの証言による法廷内の熱が落ち着いた頃、新たな証人として呼ばれたのは治安局の特別上級捜査官、クレメント・ホールだった。
彼はナディアが数代前の頃から治安局の犯罪捜査に協力していた事、その際治安局上層部からの許可を得て森から連れ出していたとの証言と共に、ナディアが協力した事件一覧の膨大な資料も証拠として提示した。
また、ナディアが自由の身になった件についても「あの日もいつものようにナディア氏に事件への協力依頼を行っていましたが、我々治安局内部の事情により引き継ぎが不十分な新人一人に任せてしまった結果、赤ん坊姿になったナディア氏に気付かず、エバーナイト公爵領にある孤児院へとナディア氏を預ける結果となってしまったのです」と、「不正に自由を得た」と強調した審問官の発言を真っ向から否定する証言を行ってくれた。なお、どういう風の吹き回しか、その後公爵城でセレスティンと押し問答した件については一切触れられなかった。セレスティンが手を回したのかもしれない。
結論から言えば、クレメントのこの発言により、長年ナディアにつきまとっていた「森の恐ろしい魔女」の印象は、少なくとも傍聴人席の人々からは幾ばくか薄れる事となった。





