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54.予想外の闖入者

「それは些か早計では?」


 傍聴人席から上がった男の声は、やけに大きく法廷へと響き渡った。


「……今、私の判断に異議を唱える声が聞こえたが……法廷侮辱罪を知らない者が居るとは驚きだな」


 そう言った裁判官の声は今までの声よりも幾分低く、不機嫌さを隠そうともしていなかった。


 顧問法理士から聞いた話によると、裁判の途中で裁判官が判決を下す権限があるらしい。ただし司法監督委員会という外部機関が裁判官の不正や職権乱用の調査、懲戒処分権限を有している為、探られてまずい判決を下すのは自分の首を絞めるようなもので、まずあり得ないという。


 にもかかわらず法廷侮辱罪をちらつかせ、自分の発言を取り消そうとしない裁判官。皇太后の権力が司法監督委員会にも及んでいるのか、それとも裁判官生命を絶たれてでもナディアを有罪にする必要があるのか。どちらにせよ、そんな危険な綱渡りをしている人物だ、突っかかってきた人物の一人や二人、法廷侮辱罪で有罪にする事くらい平気でやってのけるだろう。声の主はその辺りを分かっているのだろうか。


 ナディアの心配をよそに、声の主は裁判官の言葉を意に介した様子もなく、淡々と言葉を紡いでいった。


「先ほどから審問官は証拠や証人の召喚をするだけで、被告人と直接言葉を交わす様子が見受けられない。その上、裁判官は法理士による弁論もせずに判決を下した。……法廷侮辱罪は法廷の秩序を乱す者に適用される。一般的に傍聴人がそれに該当するというだけで、裁判に関わる者を除外する法文などどこにもないと記憶しているが」


 要するに「お前の方が法廷侮辱罪に該当しているぞ」と言われた訳で、裁判官は顔を真っ赤にしながら口を開いては閉じ、を繰り返している。


「……っ、どうやら既に魔女の毒牙にかかっているようだ。法廷侮辱罪にて有罪とする、警備兵! そこの者を連れていけ!」


 ようやく裁判官が発した言葉に警備兵は一瞬ためらったものの、続けて聞こえた「早くしないか!」という怒声に慌てて傍聴人席へと駆け寄った。


「……それ以上近寄らない方が身の為だぞ」


 と、今度は件の男性の隣の人物が口を開いた。随分と耳馴染みのある声のような……、とナディアは傍聴人席へと目を凝らしたが、二人組の男性はどちらもフードを被っており容姿を確認する事が出来ない。


「残念ながらその脅しは聞きません。たとえ貴族の方であろうと法廷侮辱罪とあれば罪人として扱われますから……」


 気弱そうな声で、だがはっきりとそう言って近付く警備兵。その瞬間、あり得ない一言がその場に居る全員の耳朶を打った。


「それ以上近付けば不敬罪で君が困った事になる、と。そう言ったのだ、公爵は」


「は……? 不敬罪……?」


「そうだ。許可なく皇族に触れる行為は立派な不敬罪になる。……君も知っているな、裁判官?」


 勢いよくフードを外す男性。ナディアにとっては見覚えがなかったが、裁判官が焦った様子で「皇帝陛下……!」と叫んだ。


 突然の展開に傍聴人席の人達は慌てて立ち上がり、ぎこちなく男性に頭を下げている。と、皇帝の隣の男性がゆっくりとフードを外し……ナディアへと声をかけた。


「すまないナディア、遅くなってしまって」


「セレスティン!」


 名前を呼んでからナディアはしまったと思い、あわてて口元を手で押さえた。自分と親しい事が露呈すれば、セレスティンの立場が危うくなってしまうと思ったからだ。


「……邪魔をするつもりはなかったのだが、あまりに陳腐な茶番だったもので思わず口を出してしまった。時に裁判官、君は本当に今回の裁判について公明正大な判決を下したと断言出来るのか?」


「あ、いえ、その……」


 裁判官は先ほどまでの不遜な態度とは反対に、まともに答える事も出来ずに狼狽えている。そこで断言出来るほどふてぶてしくはないらしい。


「断言出来ないか。ならどうするべきかもう分かっているだろうな」


「……その……裁判を続行する! ……法理士側は弁論を開始せよ」


 半ばやけくそといった様子で叫ぶ裁判官に、待ったをかけたのは審問官だった。


「ちょっと待ってください! 一度は判決を下したというのにそれを覆すなどあり得ません! それにこ、皇帝陛下も陛下です! 司法は独立機関であるべきなのです、皇族だからといって横やりを入れるのは問題があります!」


 相手が皇帝だと分かった上で意見を口に出す勇気は凄いと思うけど、「お前がそれを言うのか?」としか言いようがない内容にナディアを始め、傍聴人席の視線も白けている。


「では聞くが、何故皇太后は被告人が前日に牢に入る事を知っていた? 君も知っての通り、この件にはここにいるエバーナイト公爵が深く関わっている。そして皇太后の娘、第二皇女が彼の婚約者なのも周知の事実だ。であれば皇太后の親類が監視役を買って出る事も、承認が下りる事も絶対にあってはならない事だとは思わんか? たまたま彼が被告人を陥れる事もせず、見聞きした事をそのまま発言したから良いものの、そうでなければ|皇太后≪・・・≫の計画通り、被告人の状況は悪くなる一方だっただろう。それとも君はそれを狙っていたと認めるのかね」


 誰がどう見ても皇太后の威を狩る狐状態だった審問官だ。皇帝がはっきりと皇太后の不正関与を口にした途端「いえ、なんでもありません……」とすごすごと自席へと座り直した。


「さあ、これでもう余計な横やりは入らないはずだ。あとは思う存分反論したまえ」


 まるで今の一幕はなかったと言わんばかりに再び傍聴人席に座り直す二人。周囲の者はそわそわとしているものの、顧問法理士は活き活きとした表情で発言を始めたのだった。

ようやくセレスティン登場……笑

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