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47.出口のない迷宮(ヴェレクンディア・カスタ・オーレリアン目線)

 皇太后()からの手紙を渡された瞬間、血の気が引く思いだった。


 意識のない人物と性交をして、子を作れと? セレスティンが目覚めたあと、その子を自分の子と認める確率は一体どれほどだと言うのだろう。認められなければ、ヴェレクンディアは未婚の母になってしまう。皇女としてこれ以上の醜聞はない。


 だけど拒否権がないのも事実だった。ここで首を横に振れば、今度こそ母はヴェレクンディアを切り捨てる。今ですら侍女達に見下されているのに、母に見捨てられれば一体どんな扱いを受けるか分からない。そうでなくとも、セレスティンが目を覚ませばヴェレクンディアなどすぐに追い出されてしまうだろう。


 突然現れてヴェレクンディアの未来を奪ったナディアが憎かった。だけどナディアの様子を見ていれば、彼女がきちんと公爵の代わりに仕事を行っているだろう事は一目で分かった。使用人達も渋々従っている訳ではなく、心から納得して彼女に仕えているようだった。


 一方で、ヴェレクンディアは侍女一人満足に制御する事が出来ていない。この体たらくでは、まかり間違って公爵夫人の座に納まってもきっと家を守る事など出来なかっただろう。多分、セレスティンはヴェレクンディアの資質のなさを見抜いていたのだ。だからナディアが現れなくても、遅かれ早かれ婚約破棄はされただろう、と頭では分かっていた。


 だけど心は別だった。


 母からの命令というだけではなく、ヴェレクンディア自身の意思でセレスティンに依存していた。時々皇城ですれ違う度、セレスティンだけがヴェレクンディアを一人の人間として扱ってくれた。だからきっと彼の元に嫁げばなにもかも上手くいく。幸せになれる。他の人物と結婚しても決して幸せにはなれない。そう思い込んで、必要以上に執着をしていた。


 いつからこうなってしまったのだろうか。ヴェレクンディアはただひたすら、愛情を求めていた。父からの、母からの、そして姉からの。だけど誰一人としてヴェレクンディアを愛してはくれなかった。


 父は誰の事も愛さず、母は姉だけを可愛がっている。姉は……あれだけ母から愛されているにもかかわらず、母の事を愛していない。その事が無性にヴェレクンディアを苛立たせた。


 ——そんなに愛されていながら、どうして同じだけの愛で返さないの。だったら独り占めしないで、母をちょうだい!


 何度心の中でそう叫んだかは分からない。姉はそんなヴェレクンディアの気持ちに薄々気付いていたのか、哀れむような、それでいて憎しみを感じる表情でこう言った。


『貴方は自由で良いわね。私は貴方が羨ましいわ』


 姉がなにを言っているのか、ヴェレクンディアにはまるで理解出来なかった。いや、理解しようともしなかった。羨ましい? 貴方がそれを言うの? 母の愛情、誰もが羨む容姿、かしずく使用人達。全てを手にした貴方が、どうして。


 本当は分かっていた。姉が自由を望んでいる事を。皇位なんて、露ほども願っていない事を。お互いないものねだりをしているだけなのだと。


 今でこそ開いてしまった頭の出来も、元々は大差なかったはずだ。母が途中でヴェレクンディアの家庭教師を解雇さえしなければ、今頃は姉と同じくらい知識を身につける事が出来ていたはずなのに。


 ——自分の娘を皇帝にしたいなら、私でも良いじゃない! どうして私を見てくれないの! どうして私を認めてくれないの!


 何故母はヴェレクンディアの努力を見てくれないのか。むしろ頑張れば頑張るほど「余計な事を」と忌まわしいものを見るような表情で呟かれる、その理由はなんなのか。


「分からない……分からないわ。どうして私は誰にも愛されないのかしら……。お母様はどうして私を産んだの……」


 本当は姉が皇帝になる手伝いなどしたくない。だけど、姉が皇帝になったら。母よりも立場が上になったら、姉は母を切るかもしれない。そうなれば、きっと。


「きっとお母様は私を見てくれる……。育て甲斐のない娘だ、ってお姉様に見切りをつけて私を選んでくれるはずよ……」


 だからなにがあってもヴェレクンディアは、エバーナイト公爵夫人の座を手に入れなければならないのだ。姉が皇帝の座につくその日まで、母に捨てられない為に。


 ——本当に? お姉様が皇帝になれば、私は用済みじゃないの?


 延々と頭の中で聞こえていた声は、もう無視出来ないほど大きくなっている。


 どうにかこうにか頭から追い出したかと思えば、追い打ちをかけるように今度はナディアや姉の声が聞こえてくる。


 ——どこに行くのもなにをするのも自由なのに、どうして自分で自分を追い詰める?


 ——自由な貴方が羨ましいわ。


 ヴェレクンディアは出口のない迷宮に迷い込んだような気がしてならなかった。

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