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46.情報共有

「ごめん、こんな事態になるなんて思わなかった」


「それは私も同じだよ。……なにか変わった事はあった?」


「変わった事はない……けど、昨夜また手紙が来てたみたい」


 また、とイノセントが言うくらい、皇女の元には既に何度も手紙が届いていた。それも公爵城を通した正規ルートではなく、何者かがこっそりと直接届けている。その事実は二人とも『目』を通して知っていたが、なんの措置もとらなかったのは、あえて泳がせる事で弱みを握れると思ったからだった。まさかその結果が皇女のあの行動だとは思ってもいなかったけど。


 正直な話、同様の事を起こそうとした女性が昔、森までやってきた経験があるナディアですら、十三歳の皇女がそこまでするとは思っていなかったのだ。見張りの騎士達が油断したのも無理はない。


「……その手紙に今回の指示と睡眠薬が添えられてたのかな」


「『目』からじゃ中身までは見えなかった。もっと監視を強化すれば出来ると思うけど、どうする?」


 その代わり、向こうも監視に気付く可能性がある。証拠の為にまだ暫く泳がせるか、セレスティンの安全の為に作戦は中止するか、という事だ。


「今回の件があったのに今まで通りというのはかえって怪しまれるんじゃないかな。これを機に侵入者は捕らえる方向で行こう。それから手引きした者の調査、という体で皇女の侍女達の監視も強化してほしい」


 皇女一行がこの城に来てから早二週間。セレスティンが倒れたその日に「公爵代理の仕事をこなす上で必要になるだろうから」と説き伏せてイノセントから教わった『目』と『耳』の魔術を、二人がかりで屋敷中に設置して情報を得ていた。皇女が滞在している部屋には、当然いの一番に仕掛けてある。


 皇女が来た当初は侍女達が甘やかすから皇女がわがまま放題に育ったのだと思っていた。でも室内の様子からはむしろその逆、異常な様子が見て取れた。


 皇女の侍女やメイド達は外面が良く、公爵城内の使用人とも比較的早い段階で仲良くなっていた。ところがその実、人の目が届かないところではおよそ使用人とは思えない態度で皇女に接していたのだ。いっその事物理的な暴力をふるえば証拠になるけど、彼女達はそんな事はしなかった。代わりにねちねちと皇女を口撃をし、頼まれた仕事も「忘れていました」と平然と言ってのけ、挙げ句の果てには我が物顔でソファに座っておしゃべりに興じ、出されたお菓子も自分達だけで食べ尽くす。「どっちが主人か分かんないね」とイノセントが評するほど酷いものだった。


 加えて、ここ最近はナディアと皇女の距離が近くなったからか、「調子に乗るな」と言わんばかりに侍女達の当たりは更にきつくなっているようだった。


 しかしそれらは全てナディア達が合法ではない手段で見聞きしただけに過ぎず、表立って動く事は出来ずにいた。今回は別件に乗じて合法的な手段で証拠を集めようと考えたのだ。


「了解。……皇女がした事は許されないけど、命令に逆らえなかったんだとしたらちょっと可哀想だよね。これで心穏やかに過ごせるようになれば良いんだけど」


 イノセントにしては珍しく皇女に対して気にかけているようで、ナディアは少し小首を傾げた。


「いや、別に彼女に特別な想いがある訳じゃないよ? ……ただ、いつだって被害に遭うのは弱者なんだよなって思ったらさ。しがらみやら呪縛から解放して、自立の手伝いをしてあげたくなる」


「……そうだね。証拠さえあれば私の立場でも彼女達は処分出来るから、報告は頼むよ」


 皇女の侍女やメイド達は皇室に雇われていて、本来はナディアが口出し出来る事ではない。だけど皇族は帝国の頂点に君臨する者。侍女は一応貴族だけど、メイドに至っては平民。皇族を扱き下ろすなど言語道断だ。


 ましてここは公爵城。ナディアには賓客である皇女を守る義務がある。


 本来一番そういった事情に厳しいはずの皇城で事が露呈しなかった、或いは見て見ぬ振りをされていた事で、彼女達はつけあがっているのだろう。まさか公爵城で自分達が罪に問われるとは夢にも思っていないはずだし、皇女が作戦に失敗した結果、部屋に軟禁されるとなれば、まず間違いなく行為は激化する。


 状況さえ目撃してしまえば、ナディアが「不敬罪」として彼女達に裁きを下す事は容易だ。




 イノセントとの打ち合わせも終わり、ナディアは皇女と一対一で話す為に彼女の部屋を訪れた。侍女達には部屋を辞してもらっている。


「……どうしてこんな事を? そこまでしてセレスティンの妻になりたかったんですか?」


「私にはエバーナイト公爵にすがりつくしか道がないんだもの。子供一人作ればで立場が安定するっていうなら、やってみる価値はある」


「それは本当に殿下の意思ですか、それとも命令ですか。……あの薬は誰から貰ったんですか」


「言う訳がないでしょう。それを言ったら私は、私は……。あんたには分からないでしょうね、この苦しみは」


 言えば守ってもらえなくなる、だろうか。だがそんな危うい関係は最初から破綻している。そう思ったものの指摘せず、ナディアは別の事を口にした。


「確かに、殿下の苦しみは分かりません。……でもこれだけは言えます。殿下は私のように逃げられない空間で人体実験をされた訳でも、移動の制限がかけられた訳でもない。なにをするのも、どこに行くのも自由だったはずです。それなのにどうして自分から苦しい道を突き進んだのか……、私には分かりませんし、分かりたいとも思いません。既にお伝えした通り、暫くはこの部屋から出ないでください。出た時点で当家へ危害を加える意思があるものとみなし、然るべき手段をとらせてもらいます」


 突き放すような言葉を最後に部屋を出るナディア。終始顔を伏せていた皇女とは、ついぞ一度も目が合う事はなかった。

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