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44.怒鳴り込み

 皇女が公爵城に滞在——もとい居座ってから早一週間。セレスティンが目覚める気配も、皇女が皇城へ帰る気配もないまま、あっと言う間に時間が過ぎていった。


 その間、ナディアは次から次へと降ってくる公爵の仕事をこなしていった。セレスティンが倒れた事に不安を感じていた使用人達も、なにも変わらぬ日々が一週間も続けば少しは安堵するというものだ。バーナードやカトリーヌなど、直接ナディアと接する上級使用人は勿論、極たまに通路や部屋ですれ違うだけの下級使用人も、ナディアに恭しく接するようになっていた。


 それでも「魔女なんて罪人じゃないか」と影でうそぶく者は居るようだけど、公爵代理としての正式な権限を有し、彼らの雇用権を持っているナディアに対して真正面から喧嘩を売ってくる者は居なかった。




「ちょっと! いつまで客扱いするつもりよ!?」


 いつものようにナディアが執務室で書類の山と格闘していると、盛りのついた魔獣のような皇女が怒鳴り込んできた。客扱いもなにも、事実、皇女はお客様以外の何者でもない。もっと賓客として扱え、ならまだしも客扱いをするなとはおかしな話だ。


「……と言いますと? 皇女殿下は当家当主の見舞いにお越しになったと認識しておりますが」


 そんな対応をされると思っていなかったのか、彼女の剣幕は一瞬のうちに失われた。もしかして最初に訪問した口実を覚えていなかったのだろうか。そうだとしたら少々……いや、かなり残念な頭の出来だ。


「婚約者なんだから心配に決まってるでしょ!? そうじゃなくて、緊急事態なんだから公爵家存続の為に私も協力するって話よ!」


「そうは言われましても公爵代理の権限は私にしかありませんし、現状私一人で仕事が回っているのも事実です。そうでなくとも婚約者という事はまだ部外者という事、公爵家の機密情報を任せる訳にはいきません。……第一、その話は当主の方から断りを入れていたはずです。当主の事が心配ならば、本人の意思を無視するような行動は控えた方が良いでしょう。意義があるのでしたら本人が目覚めた後、存分に話し合ってください」


「あんた、それが皇族にして良い態度だと思ってるの……!?」


 半分悲鳴のような金切り声で抗議してくる皇女。生まれてこの方反論をされた事がないのだろうな、という反応に、ナディアは溜息をついた。本来権力とは、それに見合うだけの義務を全うするから行使出来るもののはず。彼女は一体どんな義務を全うする事でその地位を享受出来ていたというのか。


 ああ、でも、とそこでナディアは思い至った。彼女にとってはその義務がセレスティンと結婚する事なのか。元々は皇太后が私利私欲を満たす為に皇女に命じたはずだけど、皇女が皇帝側についたとしてもエバーナイト公爵家と縁続きになるのは悪い話ではない。そこまで考えてこの縁談にしがみついているのであれば、言動とは裏腹に皇女はそれなりに頭を使っている事になる。


 ただ、それはそれとして気になる事が一つある。


 そもそも本来、このような事態になる前に皇女付きの侍女が止めるべきじゃないだろうか。皇女が当主の執務室へ乗り込む事を想定していなかったとしても、これだけギャーギャーと騒いでいればとっくに事態は把握しているはず。それでも来ないという事は、侍女達は止める必要がないと考えているようだ。


 ナディアから見た印象だけで言えば、わがままで高飛車な皇女の行動は、計算ずくであえてそうしているというよりも印象そのまま、ただ暴走しているようにしか見えない。


 バーナードから聞いた話から判断するに、皇族といえども六大公爵家にはそれなりの対応をするべきなはずだ。それなのに皇女の言動を咎めないという事は「皇女の願いくらい叶えるのが当然だ」とエバーナイト公爵家そのものを見下しているのか、それともナディア個人を見下しているのか。はたまた、「第二皇女がどのようなお咎めを受けてもどうでも良い」と思っているのか。


(なにを考えているんだろうね……、皇女よりもお付きの者達の方が不気味に感じるよ)


 前者二つであれば「腐りきってるな」とは思うだけだ。ただ後者であればこの皇女が今まで置かれてきた処遇が気になるというものだ。極端な話、皇太后にとって第二皇女すらも捨て駒なのだとしたら、例えば侍女達が皇女に毒を盛って殺害し、その罪をナディアになすりつける、なんて事も警戒しなければならなくなる。


「……お茶にしましょうか。考えてみればこうして話をする機会もありませんでしたし」


 いい加減ナディアに対してなんの効果ももたらさない罵声を上げ続ける事に疲れたのか、悔しげな表情をしつつも皇女は渋々頷いた。




「そういえば、殿下は当家当主を気に入っているのでしょうか。それともいわゆる政略結婚でなんの感情もないのでしょうか」


 庭の片隅にある東屋で、カトリーヌに用意してもらった紅茶と三段スタンドに並べられた色とりどりの食べ物を挟んで向かい合うと、早速とばかりにナディアは皇女へと質問を投げかけた。


「……え?」


 いきなりこんな事を聞かれると思わなかったのか、皇女は呆けたような表情で一番下の段のプレートへと伸ばしていた手を止めてナディアの顔を見つめた。


「いえ、当家からの婚約破棄申し入れに対して、皇女殿下がどう思っているのか気になっただけなのですが」


「……別に好きでも嫌いでもないわよ、まともに顔を合わせたためしがないんだもの。知ってる? エバーナイト公爵はどんな集まりにも顔を出さない事で有名なの。それこそ、十年前の結界修復の時くらいじゃないかしら? ……当時私は三歳だったから微塵も覚えてないけど」


「それならやはり、いわゆる政略結婚ですか」


「まあ……、エバーナイト公爵家が皇帝を支持してないのは有名だもの、取り入る方法としてまず真っ先に思いつくのが婚姻よね」


「それならば第一皇女の方が年齢的にも自然なのでは?」


 皇太后の目論見など一切知りません、という体で続けて聞いたナディアに「色々あるのよ」と皇女は言葉を濁した。


(少なくとも皇太后が第一皇女を皇帝にするつもりで、それは表立って言える事ではない、という認識は持っている訳か……)


 その割に随分とわがまま放題に育ったものだ。第一皇女を皇帝にと考えているなら、実妹である第二皇女の印象も良くしておいた方が良い、と皇太后は考えなかったのだろうか。


「なにが言いたいか分かってるわ。だけど私の立場で考えてみなさい、どうせいつかどこかに嫁ぐなら、条件が良いところに嫁ぎたいと思うでしょ。エバーナイト公爵家は六大公爵家の中でも序列一位、その上若くて美形の当主とくればしがみついていたいと思わない?」


 そう呟いた皇女の表情は、とても十三歳の少女のものとは思えなかった。

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