43.第二皇女、訪問
翌日朝。あらかじめ薬を飲む事を伝えておいた事もあり、カトリーヌは大人用のドレス一式用意してくれていた。大人初日、且つセレスティンの意識が未だ戻っていない事もあり、比較的威厳のあるドレスを選んだという。
実際に着てみたところ、まず高級服飾店だけあってドレスの生地が良い。その上イノセントの見立てがほぼ正確だったらしく、まるで本人を目の前にしてあつらえたかのようにナディアにぴったりだった。
「どうでしょう? 渾身の出来映えです!」
笑顔でそう告げるカトリーヌ。支度を手伝ってくれたメイド一同も後ろでうんうん、と頷いているのが鏡越しに見て取れる。改めてまじまじと自分の姿を見たナディアは、ほんの数ヶ月ぶりにもかかわらず外見に違和感を覚えた。自分はこんなに美しかっただろうか?と。
長い付き合いのクレメントですら「気味が悪い」と評する虹色に輝く黒髪は丁寧に編み込まれたハーフアップにアレンジしてある。変に髪飾りを付けず髪型だけで勝負しているのがかえって良かったのか、深い赤色のドレスと相まって、「神秘的」に見えた。
「凄いな……、見た目一つでここまで変わるなんて思ってもいなかった。語彙力がなくて上手く伝えられないけど、エバーナイト公爵家って感じがする」
「ナディア様は元々美しいですからね! それにその髪の色! 当時の国王が「エバーナイト」と名付けたのも納得です」
これまでの人生において褒められた事がないナディアは、手放しで賞賛を口にする彼女達になんと返して良いか分からず、ただ曖昧に笑い返す事しか出来なかった。
「ナディア様……、ヴェレクンディア皇女殿下がいらっしゃいました」
朝食後、バーナードから告げられた名前を思い出すのに、ナディアは数秒を要した。
「ヴェレクンディア皇女? ……って、セレスティンの元婚約者の第二皇女だっけ」
「正式にはまだ婚約者でいらっしゃいます。先方が婚約破棄に同意しておりませんので」
ああ……、そういえば皇太后や第一皇女の目論見のせいで婚約破棄は出来ないんだったか。突然魔女を養子にすると宣言した男相手に、婚約破棄も自由に出来ないとは可哀想に、とまだ見ぬ第二皇女にナディアは少しだけ同情をした。
「それで、要件は?」
「表向きは閣下のお見舞いです。が、侍女やメイド、それと大量の荷物を見るに公爵夫人と称して居座るつもりなのではないかと」
「まだ婚約者なのに? ……大胆だね、皇女様は」
こちらの都合をまるで考えない迷惑な行動からして、実は第二皇女自身も結婚を楽しみにしていたのだろうか。まあ確かにセレスティンの顔は良い。年頃の女性ならまず間違いなく一目惚れするだろう程度には。
(でも話は弾む方ではないし、赤子の扱いは下手だし……、見る分には良いけど、正直結婚相手としてはお薦めとは言い難いけどなあ)
「というより、またとないチャンスだと考えているのではないでしょうか? 今までは無理に訪ねてきても閣下に追い出されていました。ですが今は閣下の意識が戻っておりませんし、我々使用人は立場上殿下を無碍に扱えません。結婚する前に閣下がお亡くなりになれば公爵夫人になる機会を永遠に失いますから、今のうちに公爵城に長期滞在し、貴族達に事実婚の関係と思わせる作戦かと。その後、皇室裁判所で正式に公爵夫人として全てを手に入れる手続きをするつもりなのでしょう」
バーナードはそう言うが、切羽詰まった人間はなにをしでかすか分からない。その昔、「好きな人との間に子供が欲しいから、強力な睡眠薬を作ってほしい」と森に訪れた一人の女性が居た。惚れ薬じゃないところに現実的な計算が見え隠れしていたので、強烈に印象に残っていたのだ。状況的に、皇女も同じ事をしてもおかしくはないのではないだろうか。
ただ、そういう状況を心配してかセレスティンも自分の死後、ナディアがエバーナイト公爵を継ぐ為の手続きをしていたはずだ。とはいえそれも、ナディアが裁判で有罪判決を受けてしまえば取り消される可能性が高い。第二皇女が子供を宿した場合、実質エバーナイト公爵家は彼女のものになるだろう。
「そこまでしてエバーナイト公爵家を手に入れたい、と……。とりあえず、セレスティンに危害を加える可能性もあるから、絶対に二人きりにさせちゃ駄目だね。……本当、服を用意しておいて良かったよ、少なくとも見た目で馬鹿にされずに済む」
「堂々としていてください、ナディア様は閣下から正式に公爵としての権限を委譲されていますし、貴方ほど初代公爵に近い存在は居ません。なんなら皇女殿下を追い出す事も不可能ではないのだと、覚えておいてください」
ナディアは曖昧に頷いた。確かに公爵城から追い出す事は出来るだろう。だが公爵代理と皇女なら当然皇女の方が立場は上。ましてや裁判前の今、ナディアの身分は依然として森から逃亡した犯罪者のままだ。無理やり皇女を追い出した日には、森へ強制帰還か、下手をすれば首が飛ぶ事になるんじゃないだろうか。そうなってはセレスティンを守る事が出来なくなる。
「……なるべく問題を起こさずにセレスティンが目覚めるまで待つよ。皇女様がなにかをやらかしたら遠慮なく権利を行使するけど」
「誰よあんた」
おおよそ皇女とは思えない物言いに、ナディアは一瞬「本当に皇女なのか」とバーナードに確認しそうになったが、すんでのところでどうにか堪えた。一見して最高級だと分かる生地と、気合いの入った髪型や化粧を見れば答えは明白だ。
「……お初にお目にかかります、皇女殿下。ナディア・エルデン・ナイトフォールと申します」
「それじゃあんたが養子の……、どう見たって私よりも年上じゃないの」
第二皇女は十三歳。大人びた見た目のお陰で十五くらいには見えるけど、セレスティンが二十五くらいなのを考えれば、それこそ皇女の方が養子に相応しい。むしろどうして婚約などという馬鹿げた話が持ち上がったのか聞きたいくらいだ。
「外見年齢はあまり意味がありませんのでお気になさらず。必要とあらば赤子にも、七歳にもなれますから。今は緊急時ですので、公爵代理として相応しい姿で過ごしているまでです」
「……公爵代理ですって? あんたが!?」
「ええ、閣下もそのつもりで私を養子にしましたから。勿論本人直筆の委任状もありますし」
口に出してから「少し挑発しすぎたか」と不安に思ったけど、ただ事実を述べただけだから問題ないな、と思い直した。皇女が長期滞在をするなら、遅かれ早かれナディアが執務をこなしている事に気付く。そうなってから告げるよりも今言っておいた方が自然というものだ。
一瞬忌々しげな表情でナディアを睨み付けたがすぐに目を逸らし、「部屋へ案内して」と告げる皇女。「お見舞いの体で来たのなら、先に見舞われては?」と皮肉が喉まで出かかったが、大人げないのでやめておいた。
「バーナード、お連れして。それから皇女殿下の荷物を部屋に運び入れるのと、軽食の用意もね」
「はい、ナディア様」
優雅な足取りで部屋を出て行くと、にわかに廊下が騒がしくなった。ナディアの指示がバーナードから伝えられたのだろう。
こうしてナディアは、皮肉の代わりに使用人の態度から、名実共に公爵代理としての揺るぎない立場を皇女へと示したのだった。





