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40.彼らの結末

「そういえば平民なのにラストネームがあるの?」というナディアの質問に、イノセントは事もなげに「今は平民もラストネームがあるよ」と返してきた。


「え、じゃあイノセントもあるの? ……あ、元々貴族なんだっけ。じゃあずっと家門のラストネームを?」


「んー? まあその時々によって適当に名乗ってるよ」と曖昧な答えのイノセント。


「ずるい……私もラストネームが欲しい……」


 そんなナディアの呟きに、イノセントは怪訝な表情を見せた。


「いやいや……もうナディア・エルデン・ナイトフォールでしょ? ラストネームどころかミドルネームまであるのになにを言ってるのさ」


「あ……、そっか。そうだった……フルネームを名乗る機会がなくて全然実感がなかった」


 セレスティンと養子契約を結んだ時はただのナディアだった事もあって、完全に失念していた。


「しっかりしなよ、近々正式に屋敷の管理権限を委譲されるんだから。これから嫌と言うほどフルネームを書く事になるよ」


 一体どこから情報を得ているのかと驚くほどあちこちの情報に精通しているイノセント。屋敷内部の情報なんて朝飯前なんだろうけど、権限を委譲されてから報告しようと思っていたナディアとしては、いささか面白くない。


「どっかにイノセントが知らない情報は転がってないかなあ……」


「不老不死の魔術の解除方法」


「それは情報と言うより知識だろう。というか、真面目な話どこからそんなに情報を仕入れてるんだ? 秘訣があるなら教えてほしいな」


 これから本格的に屋敷の管理をになっていくなら、情報の入手法法は知っておいた方が良い。そう思っての質問だったけど、イノセントから返ってきたのは予想外の回答だった。


「情報が集まりそうなところに耳を設置してるだけだよ。場所を固定する分には消費魔力も微々たるものだし」


「……は? 耳?」


「そ、耳。場合によっては目もね。やっぱり音だけじゃなくて視角情報も必要な時はあるし。それこそ、例の孤児院とか?」


「ちょっと待て……全然話が追いつけない。それはあれか? 自分の耳や目の代わりになって動いてくれる人物、という意味じゃなく、文字通り魔術で作った耳や目のようなものをどこかに置いてくるという事か?」


「さっすがナディア、理解が早い! まあ具体的な方法については閣下に怒られるから教えられないけどねー。そのうち許可が出たら教えてあげるよ、本当に便利だから。まあ設置した場所全部の情報を常に監視するのは脳の負荷が高すぎて無理だけど、一箇所くらいなら常時見張ってられるし。……なんて話をしてる間にも、孤児院の院長が怪しい動きをし始めたなあ」


 どうやら現在進行形で孤児院を監視していたらしい。「一箇所くらいなら」なんて簡単に言っているけど、ナディアとお茶を飲みながら別の場所にある耳や目から情報を仕入れているなんて、並大抵の事ではない。


「なるほど、偽名での不動産投資。そりゃ足がつきにくい訳だ……って事で閣下に報告してくるから、僕はここで失礼するよ、ごめんね?」


 そう言ってさっさと席を立つイノセント。「別に一緒にお茶をしようなんて最初から言っていないぞ」という皮肉は、残念な事に言う暇もなく彼の姿は消えていた。


「さて……私もそろそろ仕事をしようかな」


 そうは言ったものの、タイミング的に寂しいから切り上げたように見られそうな気がして「一人でものんびりお茶くらい楽しめるさ、今までずっとそうして過ごしてきたんだから。けど今日はちょっと忙しいから……」と誰にともなく言い訳を口にしながら席を立った。


 自室に戻る最中、言い訳をしている段階で寂しいと認めているようなものだと気付いて撃沈したのは言うまでもない。


   ◇◆◇◆◇◆


「そういう訳で、イノセントが突き止めた架空の人物の銀行口座と物件は差し押さえ、今年度の支援金とは別であの孤児院へと全額返還する事になった。それから院長及び三名の職員は孤児院を解雇の上、返還金額と同額を罰金としてエバーナイト公爵領へと支払うよう命じた」


 イーサンとの面会からたった数日。随分と早い幕引きに驚きセレスティンとイノセントに聞いたところ、貴族は各々が収める領地の即時裁判権を持っているという。ただし独裁的になりがちな為、住民から不満が漏れぬよう国法を基準に裁決を下したとか。今回の場合は支援金の着服が公金横領罪、架空の人物での口座開設及び不動産投資が詐欺罪と文書偽造罪にあたるらしい。


 国法によると公金横領罪は横領金額の返還は勿論の事、その金額の大きさや手口のあくどさなどを鑑みて追加の罰金が科されるという。孤児院の支援金という子供達の人生や命に関わるお金を横領した事を重く見て、返還金額と同額の罰金を設定したのだとか。


 一通り説明した後セレスティンは「あの金額だ、到底私費じゃ足りないだろう。自身を担保に金を借りるしかない。……奴隷制自体は廃止されているものの、返す当てがないなら事実上、金貸しの奴隷になるだろうな」と静かに締めくくった。罰金だけでは生ぬるいのでは?と感じたナディアも、彼らが苦労しそうだと聞けば言う事はない。


 孤児院の新院長はイーサンになったとの事で、ナディアは大いに喜んだ。彼だけがあの孤児院で子供達の事を考えていたのだ。変に新しい院長がやってくるより、子供達にとっても良いはずだ。


 イノセントからの報告によると、イーサンは早速返還された支援金を元に、希望者を募って学校へと入学させる事にしたらしい。話に出てきた例の女の子も無償での入学を許可されたというから、一応は丸く収まったんじゃないだろうか。

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