36.孤児院と仕事
その後も様々な場所を見て回り、最後に辿り着いたのが孤児院だった。
イノセント曰く、つい数ヶ月前ナディアが赤ん坊の姿で預けられた孤児院とはまた別の院らしい。だけど子供がたくさん居る場所という共通点のせいか、それとも建物の構造が似ているからなのか、とにかくナディアには区別がつかなかった。
「……私が子供の頃にも、こういう場所は存在したんだろうか」
もしあったら。無理に村に留まらず、森で一人で生活する事もなく、孤児院で暮らす事を選んでいたら。そしたら魔術に目覚める事もなく、当然兵士達に引っ立てられる事もなく、人として、全く別の人生を歩む事が出来たのだろうか。
今更意味がないと分かっていながらも思わず出てしまった呟きに、イノセントがナディアの頭をぽんぽん、と叩いた。その優しい手つきに、まるでナディアの心中を見透かされているようで居心地の悪さを感じた。
「……ここにはなんの用で? ……いや……、今の質問は忘れてくれ。用もなにも、視察なんだから寄るのは当たり前だった」
空気を変えようと焦って口にした内容が自分でも気付くほど間抜けすぎて、ナディアは顔が火照るのを感じた。遊びに来た訳じゃなく公爵の仕事を理解する為の視察。孤児院に顔を出すのは当然の事だ。それなのに……うっかり楽しい時間を過ごしてしまったせいで完全に遊び気分になっていたようだ。
「……公爵領にだって、貧民が集まる場所はある。だけど今日はそういう所は省いて、あえて歴代の公爵達が築き上げた豊かな場所や施策を中心に見て回ったんだ。楽しむのが正解だよ。……その上で、明日以降見て回るような場所を、いつかなくす為に行動出来れば良い。目指すものが分かった方が、具体的な案も浮かびやすいでしょ?」
昔住んでいた地域を改善する為に奮闘していたからか、イノセントはナディアが知っている時の彼とは全く別人で、領地内の治安を殊更に気にかけているようだった。
「……あ、ところでさ。今回はナディアの視察とは別に、僕は僕で閣下から頼まれてる事があるから、ちょっと片付けてくる。院内で適当に時間を潰してくれる?」
「そうか。……からかう訳じゃないんだけど、えらく真面目に騎士団副団長代理の仕事をこなしてるね?」
「少なくとも真面目に仕事をこなしてれば閣下はなにも言ってこないし、お金はちゃんと貰えるし? 使用人の事を替えの効く駒くらいにしか想ってない貴族も多い中、閣下は手放しがたい金づる……じゃない、ご主人様だよ。ナディアとも一緒に居られるしね!」
金づると言いかけた辺り、忠誠を誓っている訳ではないらしい。利害が一致する間はサボらず真面目に仕事をして、正当な報酬を受け取るって事なのだろう。
院長は中年の男性だった。それに対してイノセント。てっきりエバーナイト公爵家の騎士を名乗るのかと思いきや、傭兵を名乗るではないか。そしてナディアの事を妹だと紹介し、「自分が仕事をこなしている間、妹が寂しい思いをしないように同年齢の子を引き取りたいと考えています」なんていけしゃあしゃあと口にする。
それならそうと最初から言ってくれれば、という意味を込めてイノセントの太ももの裏を軽くつねってから、彼の背中越しに挨拶をしておく。
「ははは……ご覧の通り人見知りが激しい子ですから、他の子との相性の良し悪しもあるかと。僕達が話をしている間、この子が院内を見学するのを許可してくれませんか?」
院長がほんの一瞬、不快そうに眉間にしわを寄せるのをナディアは見逃さなかった。ナディアを一瞥し、頷く表情もとても子供好きとは思えない。
「……ええ、構いませんよ。子供達は裏にある庭で遊んでいます。……ブラウン先生、案内してください」
「してくれますか?」ではなく、相手の状況などお構いなしの命令口調。実際、ブラウンと呼ばれた若い男性は返事こそしたものの、どう見たって今すぐナディアの元へ駆けつけられる状況ではない。
なにより気にかかるのは、そこまでして案内を付ける理由だ。建物内ではなく、庭。いくらナディアの見た目が子供でも、庭への道中で迷子にはならないだろう。つまり文字通りの意味ではなく、勝手に歩き回らないように監視をしろという意味。
子供にとって危険な物があるなら分かる。だけどここは孤児院、常に子供がたくさん居る場所。常日頃から危険物の取り扱いには気を遣っているはずだ。となれば答えは一つ。
(なるほど、イノセントが頼まれた仕事はちょっと厄介らしい。……私の方でも探りを入れてみるか)
ようやく仕事を中断し、駆けつけたブラウンに連れられて庭へと向か最中、まるで兄と離れるのが不安で堪らない、という風を装い、後ろを何度も振り返りながら「こっちは任せろ」とイノセントへ合図を送っておいた。
さて、この孤児院はなにを隠しているのやら。





