32.仮説と検証
話の流れは変わりませんが、平民も若干の魔力を持っており、完全にゼロの人は居ない、という方向で全体的な話し合いを修正しています。
あの日、なにかを間違ったらしい事は分かったものの、なにを間違ったのかはよく分からなかった。セレスティンとの関係も、また以前のように毎晩部屋で話すまでに改善した。それもあって下手に藪をつついて蛇を出したくないという気持ちが勝り、聞く事が出来ずにいる。
言葉じゃなくて態度で示そう。そう考えたナディアは毎日研究室に入り浸るようになった。まだ子供の身とはいえ赤ん坊に比べればなんでも出来る。ナディアの代わりにカトリーヌに調合してもらっていた日々に比べ、面白いくらいに捗っていた。
「イノセントの話に出てきた魔女の呪いっていうのは、ファントム・マレーズ病の事だと思うんだ。私が見てきた患者やラファエルから聞いた話も考慮すると、魔術が鍵になるのは間違いないと思う」
「なるほど。僕が見て回った地域でも、似たような症状の人達が居たな。あの当時は地域一帯をまとめる事に忙しくて全然目を向けられなかったけど、多分……、その説は間違ってないと思う」
イノセントからのお墨付きも得られ、まずは一安心。だけどまだ具体的な原因特定にはほど遠い。
「問題は、魔術による攻撃を受けた人、自分で魔術を行使した人、魔獣が住む場所に出入りしていた人……共通点があるようでない事だね」
「なるほどねえ……。うーん、例えば今ここでナディアが魔力を解放したとする。僕はどうなると思う?」
突然の問いかけに、ナディアは狼狽えた。
「え? いや、うーん? ……他人の魔力を浴びた事がないから分かんないな」
「ああ、なるほど。ナディアは魔術に関する知識が偏ってるんだね。答えはずばり、『どうもならない』だ。僕はナディアの魔力を浴びたところで、痛くもかゆくもない」
イノセントは原因が分かったと言わんばかりの表情でナディアへの講義モードに入っている。ほんの短時間で答えに辿り着いたイノセントに、一瞬悔しいという思いが沸き上がった。けれど今はセレスティンの治療が最優先。ナディアは頷いて先を促した。
「だけどね、ここにカトリーヌさんが居たら大変な事になる。多分彼女は一晩……二晩くらいかな、それくらいは寝込むと思う」
「……つまり魔力を持たない人が魔力を浴びると倒れるって事かい?」
「その通り」と頷くイノセントに、ナディアは考え込んだ。ファントム・マレーズ病の原因は魔力の浴びすぎ、だろうか? いや、だとしたら自分で魔力を行使した人まで倒れるのはおかしい。
「『自分で魔力を行使した人』は少なくともそれなりの魔力を持っている。それにセレスティンは六大公爵家筆頭、帝国内で片手に入るくらい膨大な魔力の持ち主だよ?」
「考え方を変えてごらんよ。魔力をほぼ持たない人が魔力を浴びると倒れる。反対に、ある程度魔力を持っている人はちょっとやそっとじゃ倒れない。さてじゃあ、仮に今の状態のナディアが、閣下が本気で解放した魔力を浴びたらどうなると思う?」
「……うーん、子供の魔力量じゃ閣下には劣るね。カトリーヌほどじゃないにしても、体調は崩す、かな?」
「多分ね。で、ここからが本題ね。自身が許容出来る量を大幅に超える魔力を浴びれば、倒れるなり体調が悪くなるなり、分かりやすい症状が現れる。だけど、ほんのちょっとだけ許容範囲を超える魔力の場合、きっと体調に変化は出ないと思うんだ。でも全く影響がない訳じゃないと思う。……その状況を頻繁に繰り返した場合、どうだろうか。僕の見解としては、本人が気付かないくらい少しずつ体調を崩し、気付いた時には手遅れ……なんじゃないかなって」
「なるほど……。その可能性は高そうだ、資料を改めて検証してみよう」
ナディアが診た木こりは、魔獣が住む森へと木を切りに行っていた。一般的な村や町に比べ、魔獣が住む森の魔力濃度はかなり濃い。そんな場所へ何年も仕事をしに行っていたのだから、イノセントの仮説通り、手遅れになってファントム・マレーズ病を発症したと考えられる。
次に魔術による攻撃を受けた人。これはラファエルが集めた資料によく出てくるパターンで、子供が魔力を発現した瞬間に巻き込まれた……という人が最も多い。その後神殿に運ばれて治療を受け、経過観察後に無事家族の元へと戻ったけど後日ファントム・マレーズ病に罹患して亡くなった、という感じだ。
「子供の魔力、神官による魔法での治療。それに神殿内はきっと魔力濃度が高い。そして最後に、子供が家で魔術の練習をしていたとすると……。ずっと魔力に接し続けている事になるね」
「うん。魔力を持たない人は発症までの期間も短いからこそ足跡を辿りやすい。その逆に、自分で魔術を行使した人に関しては魔術師が多いから発症前の行動は分からない。だけどいずれの人物も魔塔に何年も在籍しているし、魔力濃度が濃い場所にいた事になる」
「それじゃあ最後にセレスティン。一年に一度皇都の魔法陣修復の儀式をすると言っていたね。私は儀式を見た事がないから分からないけど、魔法陣という魔力の塊に接していたから発症したのかな……」
「この儀式はね、昔は五十年に一度程度だった。人口増加による皇都拡張を繰り返した結果、魔法陣の維持に問題でも出てきたのか……、三十年、十年、五年、そして一年とだんだん間隔が短くなっていったんだ。閣下は六大公爵家の中でも筆頭。直接魔法陣を書き換える役目を負っているはずだから……」
他の公爵よりも発症リスクが高かった、という事か。
「それじゃ、貴族に発症者が少ない理由も考えてみようか。大抵の貴族は平民よりも魔力量が多い。だけど貴族同士にも優劣があるはず。となると、魔力が少ない貴族が他の貴族に押し負けて発症してもおかしくなさそうなのに……」
先ほどまでの盛り上がりが噓のように、静寂が研究室を支配した。やがて、ナディアは一つの仮説を思いつき、確かめるようにペラペラと資料を捲ってから口を開いた。
「私は子供の頃に長い事あの森で暮らしていたけど、ファントム・マレーズ病を発症しなかった。そこに理由があるはずなんだ。例えば、身体が無意識に自分の魔力を使って周囲の魔力を遮断している……とか。でも魔力の少ない人は、遮断の為に使える総量が少ない訳だから、こう、結界的なものが早々に破れちゃうイメージで」
「なるほど、あり得そうだ。……あとそもそも、貴族は世間体を気にする生き物だ。ファントム・マレーズ病は原因不明な上に治療不可能。だから無知な輩は神罰だ、なんて噂をしているし、公表してないだけで意外と発症している……って事もあるかも。ひとまずこの仮説は後でラファエルだっけ? 医者に伝えて調べてもらおう。ただ、もしもこの仮説が正しかった場合、急がないと……」
「魔法陣修復儀式の時期……か。既に発症した身体で許容範囲以上の魔力を受けた場合、どうなるかわかったもんじゃないな」
かといって、誰かが代わりに実施する、という案は却下されるだろう。実力という意味ではナディアもイノセントも満たせるだろうけど、イノセントは完全に部外者。エバーナイト公爵家の養子になるナディアにはその権利があるとはいえ、そもそもが悪名高い魔女。国民を護る結界を直す儀式に関われるはずがない。
「周囲の魔力を跳ね返したり無効化するような……そんな道具みたいなものを作れないかな。魔法陣に影響を与えずに、っていう難条件があるけど」
「……現状考えつく方法はそれくらいか。僕とナディアの魔術に関する知見があれば、なんとか出来そうな気が……いや、絶対出来る。こういうのはね、断言した方が良いんだって前に誰かが教えてくれたんだ」





