30.追及(イノセント目線)
「副団長代理、イノセント。……そんな者は騎士団の記録上、存在しない。お前は誰だ?」
執務室に入った途端にかけられた言葉に、イノセントは頬を掻きながら「もうバレちゃったか」と小さく呟いた。
「私を含めた公爵城の住民全員がお前を副団長代理だと本気で信じていた。察するに他人の意識へと介入する魔術だろうが、そんな魔術なぞ聞いた事がない。その上妙にナディアとも親しげな様子……。今思えば私が帰城した時も、彼女は私ではなくお前に話しかけていた気がする。……ナディアの知り合いだろう」
質問ではなく、断言形式で言うセレスティン。思ったよりも早くイノセントの正体に疑問を持った辺り、魔術抵抗力も頭もそれほど悪くないようだ、と素直に感心した。
「うんうん、正解。…………だけどそれだけ? そんなんじゃ僕の正体を突き止めたとは言えないんじゃない?」
待てど暮らせど次の言葉がない事にがっかりし、イノセントは溜息をついた。
「お前が誰だろうと大して問題ではない。問題は正規の手続きを踏まずに公爵城に潜入していた事だ、違うか?」
まあ確かに一理ある。だけど潜入していた目的を問うなら正体も当然重要になってくる。要するに見当もつかなかったんだろうな、と判断し「所詮その程度か」と意地の悪い笑みで答えた。
「口を慎め!」
呟きが聞こえたらしいバーナードが怒り狂っているが、見当違いも良いところだ。
「公爵の腰巾着風情がうるさいなあ……。文句があるなら僕じゃなくて、ナディアを城に招いておきながら守れるだけの力を持たない公爵に言いなよ。僕の見立てじゃ、ここ最近の襲撃に対応出来るレベルの騎士は殆ど居ない。辛うじて騎士団長……、おまけで副団長くらいかな。まさか騎士団を束ねる立場の彼らがずっとナディアにつきっきりって訳にもいかないでしょ? となれば早晩ナディアは殺される」
その問題はセレスティンもバーナードも認識していたらしく、先ほどの勢いはどこへ行ったのかというくらい萎れてしまった。
「それとこれとは話が別だ。お前がナディアお嬢様を害しない保証だってないだろう」
「あのさあ、害するつもりならここに来た当日にさくっと殺すか、襲撃を傍観してるよ。ナディアに取り入るつもりであえて守ってる、ってならあり得るけど、元々彼女と僕が知り合いなのは分かってるでしょ? そんな回りくどい事をする意味がない。……ってか、僕を呼ぶ前にナディアから話を聞いてれば、僕が彼女にとってどれだけ有益な存在か分かったと思うけど。いつまで逃げてるつもりなの、公爵?」
「言いたい事はよく分かった。だがそれと公爵城への不法侵入とは話が別だ、ナディアの客人ならば、最初から堂々とその旨を告げてくれば良かったのだ。……それとも、ナディアに面会を断られる理由でも?」
一方的にやられているつもりはないらしく、セレスティンはイノセントの痛いところを突いてきた。彼の言う通り、真っ向から面会を申請してもナディアに断られると思った。だから副団長代理なんて変な肩書きを作り出してでも身内という立場を手に入れたのだ。
「……まずはナディアから話を聞くとしよう。お前の処遇は彼女に委ねるが、その間の行動に制限はかけない」
一向に返事をしないイノセントに、セレスティンはそう結論を下した。ナディアと共にほぼ毎日庭でお茶をして過ごしている事は、この部屋から眺めていたセレスティンも知っているはず。それなのに判断をナディアに委ねるという事は、最初からイノセントを追い出すつもりはなく、自身の立場上釘を刺しておきたかった、といったところか。行動に制限をかけないというのも、むしろ今まで通りナディアの護衛で役に立てという意味だろう。
「……承知しました、閣下。それでは失礼いたします」
今更慇懃な口調に切り替えたイノセントに、「無礼な」と呟くバーナード。それと同時に、セレスティンがイノセントを呼び止めた。
「待て。一つだけ聞きたい。お前のその、意識へ介入する能力を使って裁判を有利に進める事は可能か?」
「……僕としてもそうしたいのはやまやまですが。ナディアに関する認識は、絵本を通じて全国民の常識レベルに浸透しているので難しいですね。裁判官や傍聴人の意識だけを書き換えたところで全国民がこの裁判に注目している以上、判決内容に疑問を抱くでしょう。ナディアが魔女の能力で汚い勝ち方をしたと騒ぎ立てるはず。ですから誰もが納得するように、しっかりとした証拠を提示して正攻法で勝つ以外選択肢はないと思います」
「そうか、残念だが仕方あるまい。……引き続きナディアを頼む」





