24.護衛
「誰?」
何者かの気配で目覚めたナディアは、暗闇の中へと呼びかけた。
侵入者はその場から動かず、呼びかけに答える様子もない。当てずっぽうだとでも思っているのだろうか? 魔獣が跋扈する森で何百年も生活していたのだ、気配感知はお手のものだ。
「はあ……窓の近くに居るのは分かってるんだよ、早く出ておいで。子供の成長には睡眠が必要って、知らない?」
言外に早く寝かせろとナディアが迫るのと、謎の人物が動くのは同時だった。ふわり、と揺れたカーテンの隙間から差し込んだ月明かりに、一瞬だけ銀色が反射した。
「全く、舐められたもんだね!」
いくら子供の姿とはいえナディアは市井で魔女と恐れられている人物だ。対人戦の経験こそ殆どないけど、そんじょそこらの相手に負ける気はしない。
振りかざされたナイフに臆する事なく、侵入者の手を目がけて鋭く風魔法を放つ。「くっ」という声と共にナイフが床へと落ちた。拾おうとでも思ったのか、相手がナディアから視線を外した。判断がまるで素人だ。
「隙だらけだよ」
球体状の風魔法をお見舞いすると、相手は派手な音を立てて壁に激突、どさりと地面に倒れた。気を失ったようだ。
「あちゃ……、ここまでするつもりはなかったんだけど加減を間違えたか。……そこで見てないで捕まえるのを手伝ってくれないかい、イノセント?」
「あはは、ごめんごめん。ナディア一人で対処出来そうだったからつい見学に回っちゃった」
うっすら開いていた扉の向こうから姿を現したイノセントは、どこから取り出したのか、縄を使ってテキパキと侵入者を縛り上げた。
「はーい、一丁上がり!」
「ん、ありがとう。ところで、どうしてここに?」
「ん? どうしてもなにも、今までもずっと扉の前には護衛が居たでしょ? たまたま今日は僕の番だった……というと語弊があるか。なにか起きそうだったから別の騎士と交代してもらっただけ」
今までも護衛がついていた、という言葉にナディアは驚いた。
(もしかして赤ん坊だと感覚が鈍いのかな? 全然気付かなかった……)
「なにか起きそうだった? こうなる事が分かってたって事かい?」
ぎろり、と睨むとイノセントは「うーん、勘だけどね。この子がそわそわしてたから」と言った。続けて「この子に見覚えない? 君についてるメイドだよ」との声。
気絶している人物をよくよく見てみれば、確かに最初の頃、カトリーヌと共にナディアの世話をしていたメイドの一人だった。そういえば今も、数日に一度食事を運んでくれていたかも……と今更ながらに思い至る。
「本当だ……、正直全然分かんなかった。常に一緒に居るのはカトリーヌとだけだから」
「ああ、その話は聞いた。君が大人しすぎるから、侍女一人で十分ってなったんだよね? 多分そのせいで計画が狂ったんだと思うよ。そうじゃなきゃとっくのとうに命を狙われてたと思う」
「なるほど。……今までは夜もカトリーヌが一緒に寝てたけど、今日から一人で寝る事にしたからチャンスだと思ったんだね……」
いくらナディアの中身が大人とはいえ、身体は赤ん坊。昨日までは万が一を考え、カトリーヌが同じ部屋で寝起きをしていた。だけど今日からは七歳児、カトリーヌには断りを入れ、一人で寝る事にしたのだ。
コンコン、とノックする音にイノセントが扉を開けると、騎士二名が立っていた。
「失礼します、侵入者を引き取りに来ました」
「ん、ご苦労。あそこの壁に伸びてるからよろしく」
「はっ!」
まるで荷物のように易々と小脇に抱えて運んでいく騎士達。扉が閉まるのを確認し、イノセントは再び話し始めた。
「まあそれもあるだろうし、君が公爵と仲違いしたって屋敷中で噂になってるからね、それが一番の理由じゃない?」
「どういう事?」
まさか屋敷中で噂になっているとは思わなかったけど、それと暗殺とが今いち結びつかない。
「……ちょっとナディア、僕だって新参者なんだけど?」
「既に私よりも屋敷の中の事に詳しいくせになにを言う」
「まあねえ。……なんか、公爵って結構冷酷らしいよ。もう要らないって判断したら平気で切り捨てる人なんだって。ナディアが要らないと判断されて、護衛も解任されたと思ったんじゃないかな」
セレスティンが自分の手で養子を殺せば悪い噂は立つ。だけど暗殺者に殺されてしまった、なら理由として十分。だからセレスティンはナディアの暗殺を見逃すだろう……あのメイドはそう考えた訳か。セレスティンとナディアに血のつながりがある事を知っていればもう少し慎重になったかもしれないけど、多分メイドは知らなかったんだろう。
「……本当に護衛? 自主的に来たんじゃなく?」
「あはは、不安になっちゃった? 嘘じゃないよ、大丈夫、ナディアは捨てられてない。……まあもし護衛依頼が取消されてたら、今頃ナディアが公爵になってたかもね」
それはつまり、セレスティンを殺したという事だ。多少は変わったのかと思ったけど、イノセントはやっぱりイノセントのままらしい。とんでもない者の滞在を許可したものだ、と溜息をついてからナディアは布団に潜り込んだ。赤ん坊から七歳児になったとはいえ、まだまだ睡眠は必要だと身体が訴えているのだ。
「説明ありがとう、けど眠いから続きは明日よろしく……」
寝ると言えば出て行くと思ったのに、イノセントは一向にその場を動く気配がない。
「……帰らないの?」
「僕はナディアお嬢様の護衛だよ? それにこんな事があったんだ、部屋の中で見張った方が安心でしょ」
一番危険なやつがなにを言っているんだ、と思ったけど口には出さないでおいた。なにを考えているのかはさっぱりだけど、副団長代理として真面目に仕事をしているのは確かだったから。
まさか味方を装って安心させてから……?とも考えたけど、彼ほどの能力があればわざわざそんな回りくどい事をする必要もないはずだ。現にセレスティンの事は殺せると見積もっているようだし。
「ふうん……。まあいいや、じゃ、お休み。あのメイドに命令した人とか……分かったら教えて……」
分からない事をいつまでも考えていても仕方がない。ナディアはさっさと意識を手放し、再び夢の世界へと旅だった。
「はいはい、お休み。……良い夢を、ナディア」
イノセントの呟きは、ナディアに聞かれる事なく闇夜に消えていった。





