23.決定的な一言
第一章完結です。次話から第二章になります。
イノセントと話した日の夜。元の姿に戻ってしまっては「養子」という建前が使えなくなる事に思い至り、薬を少量だけ飲んで元々セレスティンが求めていた子供の年齢まで身体を成長させた訳だけど。
「……!? ナ、ナディア様、そのお姿は……!? どこにも異常はないですか!?」
翌朝起き抜け、無理に身体を成長させた痛みでふらふらとするナディアに、カトリーヌが悲鳴を上げた。と同時に、彼女が動揺する姿を見て今更気が付いた。イノセントからの情報を元に安心して薬を飲んだけど、他の人達はそれを知らないのだ、と。
「あ……うん、身体は大丈夫。森との繋がりも感じないよ」
七歳くらいまで成長したから、言葉はしっかり操れる。これでようやく文字盤を卒業出来る、と安堵する一方でカトリーヌはすぐさま「閣下の元へ行きましょう」と言った。
カトリーヌの目には、ナディアがなんの根拠もなく薬を飲んだように見えるはずだ。そして彼女からの報告を聞いたセレスティンも同じように感じるはず。つまり、間違いなく怒られる……。
(いっそ魔法陣の影響がない事が分かったから飲んだ、と正直に告げるべきか? ソースは明かせないけど……)
ソースを明かせない、と言ったらどんな顔をするだろうか。赤ん坊だったナディアが調べられる範囲には限りがある、信じてもらえないのではないだろうか。
とはいえ、裁判でイノセントの日記を証拠品として提出するつもりなのだ、いつまでも隠しておく訳にはいかない。まずはやっぱりセレスティンの反応確認も兼ねて正直に言うべきだろう。
「閣下、失礼します、カトリーヌです」
「入って良いぞ」
どう告げるか悩んでいる間にも、ナディアはカトリーヌに手を引かれてセレスティンの執務室へと辿り着いてしまった。
「どうした、なにかあっ……ナディア?」
机上の書類からようやく顔を上げたセレスティンは、カトリーヌの隣に居る子供を見て一瞬怪訝そうな表情を浮かべ、そしてすぐにナディアの名前を呼んだ。後ろに控えていたバーナードも驚いた表情でナディアを見つめている。
「これは……一体どういう事だ? まさか薬を隠し持っていたのか、ナディア」
セレスティンの声に怒気が混じる。どう答えようか、とはもう悩まなかった。
「うん。閣下に渡す物とは別に追加で作った」
あまりにも悪びれもしないナディアの態度に、セレスティンは怒りよりも疑問が浮かんだようだった。
「魔法陣は解読出来ていないのに、薬を飲んだ理由は? 表情を見るに一か八かではなかったようだが」
「その……魔法陣の影響範囲が森の中だけだという事が分かったから薬を飲んだ。何故分かったのかは詳しく話せない」
ナディアの発言に、今度こそセレスティンは眉尻を跳ね上げた。
「安全だから飲んだ、と言うんだな? ならどうして安全だと分かった段階で私が預かっている薬を取りに来なかったんだ。……私が今の話を信じないと思ったと……、そういう事だな?」
セレスティンの声から怒気が薄れ、代わりになにか別の感情が混じったように感じた。それがなにかはよく分からなかったけど、それよりもナディアは言われた言葉に衝撃を受けた。
(そうか……。私の話を聞いても信じないだろう、薬を貰えるはずがない、と判断したけど。それはセレスティンが私を信じないんじゃなくて、私がセレスティンの事を信じなかった事になるのか……)
「……ごめん」
他に言うべき言葉が見つからなかった。なにを言っても言い訳になる気がして謝罪だけを口にしたナディアに、セレスティンは一瞬くるしげな表情を見せたが、すぐにいつもの無表情へと戻った。
「一歩間違えたら森に強制転移、なんて事もあり得た。一体どうしてそこまでして身体を成長させたかったんだ?」
「……裁判の準備をしたかったんだ」
「それは今、私がしているだろう……?」
「私の裁判だ。自分の未来を他人に任せられると思う? その結果負けたら? ……セレスティンを責めたくないんだ」
「それなら私に『こういう資料がどこそこにあるから探してきてほしい』と言ってくれれば……。なにも君が直接動く必要はない。いや、むしろ動く事によって、裁判を待たずして君自身をどうこうしよう、と考える輩も出てくるはずだ。かえって事がややこしくなるだろう」
「それは……でも……」
確かにセレスティンの言う通りだ。裁判の準備だけが理由なら、ナディアもそこで折れただろう。だけど昨日イノセントの話を聞いて、ナディアは直感的に悟ったのだ。何百年も前の事とはいえ国が主導した事。それならきっと、半年後の裁判でナディアは負ける。そして臭いものに蓋をするようにまた森に戻される事になる、と。
今回の事があった以上、二度と森から出してもらえない可能性が高い。だから裁判までの半年間、人生最後の自由を謳歌したかったのだ。自由に動き回れる身体はその前提条件だ。実際のところ、裁判の準備はもうナディアにとって大して重要ではなかった。
「何度も薬を飲めば身体に負担がかかるだろうから、その姿で過ごすのは構わない。だがそれ以上無茶をする事や、外に出る事は一切禁ずる。……これは当主としての決定だ、異論は認めない」
無慈悲なその発言にナディアは思わずカッとなり、決定的な一言を放ってしまった。
「どうせ裁判なんて上手くいかないんだ、それまで自由を謳歌する事のなにが悪い! 閣下は自分が死んだあとの為に私を手放したくないだけだろう!?」
しまった、と思った時にはもう遅かった。セレスティンを傷つけた。
「……、ごめ……」
「悪いが」と言うセレスティンの声がやけに部屋に響いた。
「全員出て行ってくれ、今すぐ」





