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2.虹色黒髪の魔女(クレメント・ホール目線)

「閣下に折り入ってお願いがあって参りました」


「ほう。治安局、それも特別上級捜査官殿からの頼みとは気になるな。だが生憎と時間がない、手短に頼む」


 嫌みなのか本気で言っているだけなのか。執務机に向かい続け、こちらを見る事もしない様子からして前者だろう。それもこれも全て新人の不手際のせいだが、その新人一人に仕事を託したのはクレメント自身だから責められない。


「その……閣下がつい最近孤児院から引き取った赤子の件についてなのですが」


 次の瞬間鋭利な視線で射貫かれ、クレメントは飛び上がった。


(まだ引き取って一日程度なのにどうしてそこまで? 見合っただけの補償をすれば赤子一人取り戻すくらい容易いと思っていたが、事態は既に取り返しの付かないところまで来ているのかもしれない……)


 目線で続きを促され、慌てて言葉を続けるクレメント。全く、まるで蛇に睨まれた蛙になった気分だ。


「その……、赤子を返していただけないでしょうか? 手違いで孤児院へ入れてしまっただけで、我々にとっては仲間も同然でして……」


「却下だ。君達にとってどんな存在であろうと、あの子と私は同じ血族だ。そちらのつながりはそれ以上ではないだろう」


「同じ血族? どこにそんな証拠が……」


 公爵があり得ない発言をするものだから、クレメントはつい口を滑らせてしまった。いくら特別上級捜査官に貴族への捜査権限があると言っても、今はなんの事件の捜査でもない。下手をしたら物理的に首が飛んでもおかしくない発言だった。


「あの子の髪色は唯一無二のもの。違うか?」


「は、はい。確かに他では見た事がありません」


 黒髪なのに、同時に虹色にも見える。クレメントはあれほど薄気味悪く、魔女に相応しい髪色は他で見た事がないと思っていた。


「そうだ、それがなによりの証拠だ」


 ごうっと公爵の方から魔力の奔流が発生し、クレメントは目を見張った。突然公爵が魔力を解放した事にではない、公爵の髪の色が魔女に瓜二つだったからだ。


「何故我がナイトフォール家がエバーナイト公爵の称号を与えられたと思う。……全てはこの髪色故だ」


「馬鹿な……。あ、いや……」


「長い年月で我々の力も初代公爵に比べれば微々たるものになった。だから私は平時からこの髪色という訳ではない。あの子は確実に私以上に初代に近い存在だ。私が手放さない理由が分かるだろう?」


「それはそうですが、しかし……」


 なおも食い下がるクレメントに、公爵は苛立ったような溜息を吐いた。


「『手短に頼む』と言ったはずだぞ、特別上級捜査官殿。いい加減本当の事を言ってくれ。あの子に固執する本当の理由はなんだ? まさか本当に仲間だ云々と言っている訳ではあるまい。髪色の話をした時の君の顔は見物だったぞ」


(血族であると分かった以上、本当の事を言ったところで公爵の気持ちが変わるとは思えないが、これ以上怒らせるのはまずい……)


「あの赤子は……本物の赤子ではありません。手違いで魔女の生贄と勘違いされ孤児院へと入れられてしまいましたが、かの森に住む魔女本人なのです。魔女に次期公爵という権力を与えるのは危険です。なによりこのまま森に戻さねば森の結界はいずれ消失してしまいます」


「なるほど。道理で慌てていたはずだ。だが要求は受け入れられないな」


「そんな! 結界が失われればどうなるか、帝国の守護者である閣下ならお分かりになるでしょう!?」


「帝国の守護者だからこそ、だ。帝国の事を考えるのであれば、私よりも遙かに初代に近い彼女を早々にエバーナイト公爵とした方がよほど良いだろう」


(やはり駄目か……)


 けんもほろろの公爵の態度に内心は諦めているものの、クレメントの立場上「そうですか、分かりました」とは引き下がれない。


「まだ諦めないのか。いい加減くどいぞ」


「ですが! いくら六大公爵家当主といえども罪人を勝手に連れ出すなど許されないはずです。ましてや養子になど……」


「罪人か……では聞くが、『魔女』の罪状とはそもそもなんなのだ?」


「それは……すぐには分かりかねますが記録を遡れば見つかるでしょう」


「ふむ。ならば我が国で最も重い刑罰はなんだ?」


「死刑です」


「ではその次は」


 公爵が言わんとしている事を察し、クレメントは途方に暮れながらも渋々答えを口にした。


「……終身刑です」


「終身刑とは具体的に何年を想定している?」


「いえ……終身ですから、文字通りその者が終わりを迎えるまで……」


「その理論でいけば寿命が百年の者と千年の者では、随分と刑の重さに差があるようだが」


「そのような者は想定していないのでしょう……」


 事実、人間以外の種族は創作物の中でしか見た事がない。国法がありもしない事を想定して定められているはずがないのだ。


「想定していない? では『魔女』の存在をどう考える? 同じ者ではなく、代替わりをしているとでも? それこそおかしいだろう、国法で刑罰は本人にのみ適用されると定められている」


「たまたま魔女が何らかの理由で長く生きているだけでは? そうでなければ魔女がよほど重い罪を犯したか。その上で終身刑を言い渡したのかもしれませんし……」


「時代によって法律は変わる。同じ行動でも有罪になる時代もあれば、無罪になる時代もある」


 クレメントはもう、なにも言えなくなっていた。きっと公爵の中で既にこの話の着地点は決まっているのだろう。


「もしくは見方を変えてみるとしよう。国民なら誰でも知っているあの話……、『魔女は森から出る事を許されず、国を守護しながら罪を償い続けている』だったか。具体的な記録は調べなければなんとも言えないが、話の通り『五百年前から』ならば、あの森はまだ我が国の一部ではなかったはずだ。つまり、彼女の罪状は『国外追放』。なのに『森から出る事を許されず』? 移動制限のある国外追放など聞いた事がない。この時点でおかしいだろう。下手をすれば正式な裁判すら開かれていない可能性がある、彼女を罪人だと断ずる前に、改めて罪状と下された刑罰を調べる必要があるのではないか?」


 自分の職務を全うしようとするあまり否定的な意見ばかり口にしていたが、確かに公爵の言う事は正しい。


(この国に生まれた者は賤民だろうが貴族だろうが、魔女の話は子供の頃に嫌と言うほど聞かされる。だから「そういうものだ」と深く考えた事がなかったが、改めて言われてみれば魔女はいつまで罪を償えば良いのだろうか。誰も魔女の罪など覚えてすらいないと言うのに、一体誰に対して償いをしているというのか……)


 恐らく、最も魔女と顔を合わせているのがクレメントだろう。そんなクレメントですら、髪色こそ不気味だと思うものの、魔女自身の人となりは悪くないと感じていた。


 であれば公爵の言う通り、調査の結果自由の身になる可能性が高い。


「……今度はだんまりか。私はこれから彼女の記録を調べた上で皇帝陛下に直訴するつもりだ。分かったら帰ってくれ」


 罪人でなければ国から補償金が払われ、正式に公爵の養子になるだろう。仮に罪人であったとしてもこの数百年を考えればやはり釈放。よほどの悪行が判明したとしても、せいぜい国外追放になるはずだ。公爵の目が光っている以上、国にとって都合が良いからと、森へ戻して結界の礎にする選択肢は出てこないだろう。


 であればこれ以上、公爵に恨まれてまで無理に食い下がっても良い事は一つもない。引き時だと判断したクレメントは、一礼をしてから場を辞した。

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