19.手がかり
「治癒魔法ですか……。魔力暴走など、魔術によって出来た怪我への効果は知っていますが、病気にも効果があるという話は聞いた事がありませんでした。ナディア様は病気にも効果があると?」
不思議そうな顔で聞いてくるラファエルに、むしろナディアの方が首を傾げてしまった。
——外傷を治すのと同じだろう? 病に冒された臓器を治せば良いんだから。木こりの男性は原因が分からなかったから、身体全体に対して治癒魔法をかけたんだ。だけど……なんて言えば良いのかな。体内から治癒魔法を拒絶する反応があった。自分の感覚だから上手くは説明出来ないんだけど。もしあの男性もファントム・マレーズ病だったなら、原因が分かっても治癒魔法じゃ治せないだろうね、この病気は……。
「病に冒された臓器を治す、ですか……。身体を切り開く事なく、そのような事が可能だとは到底信じられないのですが、ナディア様がそう言うのならば出来るのでしょうね」
——勿論、当てずっぽうじゃ難しいだろうね。私はまあ、書籍とか……、実体験からある程度人体の構造を把握していただけで。で、だ。私が言いたかったのは、この病の原因が魔術に関連している可能性はないだろうか?という事だ。シルバーウッド男爵はどう思う?
「そうですね……。閣下が倒れた時も魔法陣を起動していたと聞きましたし」
——ああ。八個目の魔法陣までは単純な魔法陣で、消費魔力も大した事がなかったんだと思う。だけど九個目の召喚魔法陣で倒れた。
「魔力を大きく消費する事が問題な可能性はありますね。閣下は皇都の魔法陣修復業務で定期的に魔力を消耗しますし。でも木こりの男性は魔術を使えたのでしょうか?」
——そう。そこが問題なんだ……。彼からそんな話は聞かなかった。だけどあの当時は魔術師だとバレれば魔塔行き、仮に使えたとしても内緒にしていただろうね。今じゃもう確かめようがない。それに、だ。貴族の発症者は少ないんだよね? 一般的に貴族の方が魔術師が生まれやすいと聞いている。もしこの仮説が正しいとしたら、発症者数は逆じゃなきゃおかしいはず。……って事は的外れかな。
ナディアの発言に、ラファエルは悩ましげな表情で唸っている。魔術に関連している、という仮説は悪くない気がしたんだけど。
「ひとまず、今後の聞き取り調査では魔法に関連したなにかを行わなかったかも確認してみます。私はどうしても医学しか詳しくないので、ナディア様のように両方に精通している方が居て下さって心強いです」
——はは、褒めてもなにも出ないよ。……だけど、ありがとう。私としても閣下には長生きしてもらいたいからね。
◇◆◇◆◇◆
先日セレスティンに渡した薬の材料一覧には、実は本来必要な数の五倍以上を記載している。
公爵に渡す用の薬一つの他に、若返りの薬と、元に戻る薬をそれぞれ一本ずつ用意する為だった。二つの薬は、材料が同じで製造方法が違うだけ。万が一製造工程を見られても、材料の種類で勘付かれる事はないし、材料の使用量の少なさを咎められても、「採取ミスを考え、多めに依頼した」と言えば良い。残る問題は実作業を行うカトリーヌをどう説得するか、だ。ナディアの不安を正直に話せばセレスティンには黙っていてくれるのではないか、と思うのは都合が良すぎるだろうか。
余分な薬は、自分の好きなタイミングで使う為に隠し持っておくつもりでいる。
ラファエルとの会話で、ナディアには懸念事項があった。もし、数百年前よりも今の方が技術が劣っているとしたら? セレスティンに協力を仰いでも、魔法陣の解読は出来ないのではないだろうか。
そうなったら薬を飲もう、と決めた。きっと真正面からセレスティンに「魔法陣の解読が出来なかったから一か八かで預けている薬を飲ませてくれ」と言っても「魔法陣が壊れるまで待て」と言われるのがオチだ。だったらこっそり飲んで、森の脅威がないと証明するしかない。
急ぐ必要がないのであれば、セレスティンの言う通り、ナディアも待っていたと思う。だけど聞く話じゃ、ナディアの罪状見直し裁判は半年後に開かれるらしい。
ナディア不在により魔法陣が壊れるまで、どれくらいかかるか。治安局への協力の為にナディアが森を出る事は何度かあった。最長半年。恐らく、それ以上森を開けると魔法陣に影響が出る事を知っているのだろう。
そんなにかかるのであれば、間違いなく裁判には間に合わない。
(セレスティンの言う事も一理あるけど、私は自分の無実の証明を他人に任せたくはない……)
薬を飲んだ結果、森の魔法陣の強制力が発動してしまったとしても自分自身が選んだ選択だ、諦めもつく。だけどもしセレスティンに任せた結果、裁判に負けてしまったら? ナディアはセレスティンを恨まずに居られるだろうか。
(どうせそのうち森に戻るだろうし、ボーナスタイムだと割り切っていたつもりだったのに。自由になる可能性を目の前に提示されて、欲が出てしまったみたいだ)
この心地良い生活をもっと長く続けたい。
当たり前のように、ナディアの名前を呼んでくれる人々と共に。
(私の名を呼んでくれた人は、育ててくれたおじい以来じゃないだろうか……)
ホール家の者ですら「魔女様」、「貴方」或いは「お前」。後者は親しみを込めてだと思うが、名前を呼ばれないのは、案外悲しいものだったらしい。ナディアは、ここに来てからそれに気付かされた。
まずはイノセントを探そう。もしも彼が生きているなら、ナディアが魔力を取り戻したタイミングで森から出た事に気付くはず。好奇心旺盛な彼の事だ、どうやって森から出たのか興味を持って、向こうから訪ねてくるだろう。





