18.頼み
——閣下、折り入って頼みがあるんだけど。
「貴方が頼み事とは珍しい。可能な範囲で叶えると約束しよう、遠慮なく言ってくれ」
ナディア用の研究空間にしたって、図書館への出入りにしたって全て頼み事だったはず。セレスティンの中の基準がいささか気になったものの、話がずれるのも嫌なのでそのまま続ける事にした。
——本格的に研究をするならやっぱりこの身体は厳しい。だから、その……、元に戻る薬を作るのに必要な材料を、森から採ってきてくれないだろうか。魔獣もたくさん居るし、簡単な事じゃないんだけど……。
おずおずと、セレスティンの反応を窺いながら文字盤を指差すナディア。大人に戻るという事は、契約条項の一つがなくなるという意味。セレスティンに勘違いされないだろうか、と少しだけ不安になった。
「身体か……それは是非とも叶えてあげたいが、万が一大人になる事で森との繋がりが復活したら? 魔法陣が貴方を強制的に森に連れ戻そうとする可能性だってあるんじゃないのか。叶えると約束した手前申し訳ないが、身体を戻す前に、森にある魔法陣を研究した方が良いんじゃないだろうか」
——……確かに。森から遠く離れたから問題ないだろうと思ってたけど、念の為調べるべきだね。だけど何度も森に行ってもらうのは申し訳ないし、魔法陣を描き写すついでに材料も採ってきてくれないかな。作るだけなら良いだろう?
「……完成した薬は私が管理する。その条件を飲むのであれば」
——約束しよう。……それから、クレメントは私を森から出す術を持っているはずだ。その技術についても、可能なら調べてほしい。
「今更なんだが……、どうしてクレメントはそんな権限を持っている? いや、そもそもその技術を彼らに提供したのは一体誰なんだ?」
——私もよくは知らない。ただ、何代か前にホール家の者が手柄を立てた際、その技術を皇帝から貰ったらしいよ。私を森の外に連れ出す事で、もっと大きな手柄を立てられるように、ってね。その時に治安局の特別上級捜査官、という肩書きも貰ったはずだ。それから今に至るまで、治安局上層部とホール家が私を森の外に出す権限を持っている。
「話の内容的に、森の外に出す為の技術が作り出されたのは恐らく魔法陣と同時期だろう。魔塔が国王に差し出していたのか……。治安局が絡んでいるならそちらは難しいかもしれないが、出来る限りの交渉はしてみよう。魔法陣や材料についても任せてくれ」
◇◆◇◆◇◆
バーナードに案内され、向かった先の部屋に居た男性、ラファエルの第一声はナディアの想像を遙かに上回っていた。
「若返りの薬を定期的に使えば、擬似的に不老不死になれるのでしょうか?」
生憎と、ナディアは魔法陣の影響で放っておいても不老不死だったのでその答えは持ち合わせていない。だけど、それ以前に。
——……まずは自己紹介から始めないかい?
セレスティンやバーナードからなにをどう聞いたのかは知らないが、気味悪がるでもなく、自己紹介するでもなく、質問から入るとは予想外だ。医者は皆これくらい研究熱心なのだろうか?
「あっ……、これは失礼しました。シルバーウッド男爵、ラファエル・シルバーウッドと申します」
——私はナディア。よろしく、シルバーウッド男爵。さっきの質問については、私じゃ試せないから答えようがないな。まさか他人で実験する訳にもいかないしね……。
「身体が若返るのであれば、閣下のご病気も発症前に戻らないかと気になったんですが。……あ、不老不死云々については個人的興味です」
——なるほど。残念ながらそれは無理だ。ほら、私の腕に傷があるだろう? これは私がまだ若かった頃に出来た傷だ。治癒魔法もまだ未熟だったから傷が残ったんだけど……、赤ん坊の状態に戻った今も消えていない。つまり状態を引き継いだまま身体だけが幼くなるんだ。もし今の状態の閣下が若返りの薬を使ったら、幼い身体じゃ病に耐えられず、むしろ悪化する可能性が高いね。
「うーん、良い方法だと思ったのですが残念です」
——ところで、私はまだ閣下の病気についてなにも知らないんだ。詳しく話してもらえないだろうか?
「っと、そうでした。閣下のご病気はファントム・マレーズ病と言って——」
——なるほど。原因も治療方法も不明……。今までファントム・マレーズ病で亡くなった人の情報はそれなりにあるんだろう? 行動を分析しても原因は分からなかったのかい。
ナディアの疑問に対して、ラファエルは眉根を寄せながら口を開いた。
「おっしゃる通りなんですが、ファントム・マレーズ病は貴族でかかる者が少ないのです。治療費が高いので平民で医者にかかれる者がまず居ないですし、症状から自分でファントム・マレーズ病だと判断して、早々に治療を諦めてしまいますから……」
昔は国が管理しているせいで医者が市井に居らず、今は価格の問題で医者にかかる事が出来ない。そうして情報が不足し研究がおざなりにされた結果、ファントム・マレーズ病はいつしか不治の病の代表格となってしまった、と。
——誰がファントム・マレーズ病で亡くなったかも分からないとはね……。死亡届は? 死亡原因は記されてないのかい。
「閣下に協力していただき、この領地内の死亡届は手に入れました。ただ、医者による診断書がある訳でもないので、ほとんどの者が『病死』として届けています。正式に『ファントム・マレーズ病』と記載してある者に関しては現地に赴いて聞き取り調査を行いましたが、本人が既に亡くなっているのであまり情報も得られず……」
——八方塞がりな訳だね。大体分かった、それじゃあ次は私の番だ。……話を聞く限り、私もこの病気には覚えがある。昔、依頼が来たけど治せなかった患者の症状にそっくりなんだ。あの当時はファントム・マレーズ病なんて病名はついていなかったけど……、疲労、筋力低下、記憶障害……全て一致するから同じ病気だと思う。
「ほ、本当ですか!? どんな些細な事でも構いませんので、その患者について教えていただけないでしょうか!」
——森の近くに住む木こりだった。ある日突然倒れたらしい。仕事のし過ぎだろう、と判断して仕事量を減らした結果、筋力が落ちてしまった。それで元の仕事量に戻したら、今度は頻繁に倒れるようになって……、そのうち森で一夜を過ごすようになった。私が呼ばれたのはその頃だ。
「森で一夜を過ごしたのは、筋力低下が原因でしょうか、それとも記憶障害が原因でしょうか?」
——記憶障害だ。その日の仕事を終えて帰ろうとしたが、帰り道が分からない。家が分からない。それで途方に暮れて森で一晩過ごすと……、なぜか翌日には思い出し、無事に帰宅出来た、と言っていた。
「記憶障害となると、その方はかなり末期の状態だったんですね……」
——具体的な原因が分からなかったから、治療薬も作れなかった。試しに治癒魔法もかけてみたけど、拒否反応があった。……結局その木こりは、後日亡くなってしまった。
ナディアの存在を国へ密告したのは、その木こりの家族だった、とのちにイノセントから聞いた。木こりが死んだ日、「どうして他の人は治したのにうちのパパだけ……!」と睨まれた事は鮮明に覚えている。
(ファントム・マレーズ病か……。あの頃よりも知識も技術も格段に上がっている。手がかりくらいは見つけられると良いんだけど)





