17.名前(セレスティン・エルデン・ナイトフォール目線)
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エバーナイト公爵セレスティン・エルデン・ナイトフォール殿
先日は話せて良かった、公爵とは滅多に会えないからな。
それはそうと、今年ももうすぐエステリアの時期だな。毎年皇都では舞踏会も兼ねた盛大な催しを行っている。公爵も一度くらい参加してみないか? きっと良い気分転換になるぞ。今年は多種多様なイベントを用意しておくつもりだ、一つくらい公爵好みのものもあるだろう。
詳しい日程は折って連絡する。
引き続き、帝国の為に尽力してくれる事を期待している。
皇帝レニス・エドガー・オーレリアン
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レニスから届いた手紙。どうでも良い本文にはさして目を通さず、セレスティンは先日レニスと取り決めた解除呪文を唱えた。
手紙は解除呪文に反応し、書かれていた文字がするすると動き全く別の文面を作り上げた。
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セレスティン
皇室裁判の件を、皇太后が嗅ぎつけた。
「罪人の裁判を皇室裁判所で行うなど言語道断だ」と言って市井の裁判所を手配したようだ。
なんとか皇室裁判を開けるよう働きかけるつもりだが……。市井の裁判所は、皇太后の意のままに動くだろう。最悪の事態も覚悟しておいてほしい。
レニス
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「はっ……! 本当に忌々しい……」
皇太后はなにがあっても自分の娘とセレスティンを結婚させるつもりのようだ。ぐしゃり、と握りつぶした手紙をそのまま暖炉へと放り投げ、バーナードへに向かって口を開きかける。
と、ノックの音が室内に響いた。セレスティンはバーナードへ頷いた。
「失礼いたします、ナディア様がお話をしたいと……」
入ってきたのはカトリーヌに抱きかかえられたナディアだった。
「……二人きりにしてくれるか」
セレスティンのその言葉に、バーナードとカトリーヌはナディアを執務机の上に降ろしてから静かに出ていった。
セレスティンとナディアの目が静かに合った。昨日の今日だ、やはり契約の話だろう。どうやら覚悟を決めなければならないようだ。
——閣下。私は……昨日からずっと不快なんだ。
「それはやはり、私のせいか?」
——そうじゃない……、私が、私の気持ちが理解出来なくて不快なんだ。閣下に契約を提案された時、その……内心、閣下が本当に私を後継者にするつもりだとは思っていなくて。私はただ、自分の身を守るのに必死で後ろ盾として公爵家を得られるなら、と一も二もなく飛びついた。
「なるほど。それで、今は?」
——閣下と過ごして、閣下の秘密を知って……、本当に私を後継者として扱っていると分かって、怖くなった。それと同時に嫌だ、とも思ったんだ。私の、今までの人生そのものが否定される気がして。
ぽつり、ぽつりと説明するナディアに、セレスティンは時折相づちを打つだけに留めた。
話し終えたナディアが文字盤から目を離し、セレスティンの反応を窺うように顔を合わせてきた。不安だからか、瞳が揺れているのが見て取れた。さて、どうするべきだろうか……。
「ナディア殿の言いたい事は分かった。つまり、公爵の位を継ぎたくないと……そういう事だな?」
セレスティンの確認に、ナディアはこくりと頷いた。
——自分勝手なのは分かっている。閣下を困らせるであろう事も。だけど、私もここに来て人間らしく過ごすうちに、自分で思っていたよりも父親を恨んでいた事、だから素直に公爵位を受け入れられない事に気付いたんだ。それを閣下にも知っておいてもらいたくて……。
今度はセレスティンが頷いた。ナディアの気持ちは理解出来る。恨んで当然だ、与えられるはずだった全てのものを取り上げられた挙句、捨てられたのだから。むしろ生き延びた事が奇跡だとすら思う。
(死んだ方がましだと思うほど辛い目に遭い続けた末に手に入れたのが、元々自分のもの……。確かに「はいそうですか」と受け入れられはしない。察する事が出来なかった私の落ち度だ)
「……知っての通り、私にはあまり時間が残されていない。ナディア殿が後継者にならないのであれば、別の人物を立てる必要がある。ただ、貴方の存在を知ってしまった以上、代わりの人物を探すのは……正直難しいと思う」
——私からの提案は二つ。まずは閣下、貴方の病気を私にも研究させてほしい。それと、養子縁組はそのまま進めてもらうとしても、次期後継者として指名するのは私の心の整理がつくまで待ってほしい。
セレスティンとしても特に異論はない。
「分かった。ただ、私の病状がいつ悪化するのかは誰にも分からない。だから万が一私の意識がなくなった時の為に、遺言書として貴方を次期公爵に指名する事は許してほしい。その後の采配はナディア殿の好きにしてくれて構わないから。その代わり私の意識があるうちは貴方の意に反して指名する事はないと約束しよう。……あとでラファエルを紹介する。彼は長年私の専属医師を務めている、ナディア殿の研究にも役立つ情報をくれるはずだ」
——ありがとう、閣下。それと……本当にごめん。こんなに色々と良くしてもらっているのに、私はなに一つ返す事が出来てない……。それどころか困らせる事ばかりで。
「元々私の一存で一方的に連れてきたんだから、気にしなくて良い。だけどそうだな……強いて言うなら、『閣下』呼びをやめてくれるとありがたい」
——だけど……、なんて呼べば良い? さすがに『お父様』はちょっと、いや、かなり違和感があるんだけど。
「……確かに。むしろ私がナディア殿をお母様と呼ぶ方が自然だな。ならいっその事、『セレスティン』と呼び捨てにしてくれ」
——公爵家の当主を呼び捨てに? それは……良いのかい?
「気になるなら私も『ナディア』と呼ばせてもらうが。お互い呼び捨てであれば構わないだろう?」
——……そうだね、そうしよう。セレスティン、改めてこれからもよろしく。
「ああ、こちらこそよろしく頼む、ナディア」





