夏の章(8月編)その3
いづるの指示で自宅へと向かう美鶴達一行。
今川姉妹の家に到着した所で、美羽音はいづるからの伝言を水梨鈴鹿に対し伝える。
すると鈴鹿は『奴め、私を小間使いにするつもりか!?』と憤ったものの、伝言内容が内容だった事もあり、その依頼を引き受ける事となる。
ただ、美羽音は家に残れと述べており、今度は美羽音がブー垂れる事となる。もっとも直後に妹の『一緒に家に残らないの?』と言わんばかりの視線を向けられ、呆気なく轟沈した。
鈴鹿が美鶴と小蓮を連れて伊鈴邸へと向かい、遅い時間の夕食を摂り終えた後、視線で姉を落とした美紗音は自宅の黒電話越しにとある人物と会話をしていた。その人物とは……
「オゥ!? ヤキュー? それは"Baseball"のことですカ!」
「う、うん。そうだよクーリアさん。それにしても、声でも解るけど、何か興奮してない?」
「それは当たりマイルのクラッチペダルってヤツだヨ〜! アメリカ人にとってBaseballは、いわば国技ネ。ヤマトで言う"スモー"と同じだヨ!」
「い、言ってる事はよく解らないけど、相撲と同じ扱いと聞いたら、怒る人いるかも知れないよ? よく聞いて、相撲はそもそも……」
この後、受話器越しに相撲に関する蘊蓄を流し込まれたクーリアの頭の中は色々な物がグルグル回っていたという。
そのグルグル具合も程々に、クーリアはヤマト国でも野球が盛んである事を知る。過去の戦争の関係で、外国由来の行事も禁止されたと思っていたため、野球が未だ健在である事に内心喜んでいたという。
そんな時、美紗音から『明日の野球の観覧券が残っているのだけど、一緒にどう? 美鶴さん達とは今日行ったばかりだから、今度はクーリアさん達をお誘いしたいと思うのだけど……』と告げられた瞬間『行く! ヤマトのBaseball、是非見たいでス!! 幸い明日は1日OFFなので問題ナッシング!』と語った事で話は纏まるのであった。
受話器を電話機に置き、嬉しそうに自室へ戻るクーリア。
そんな彼女に不意に話し掛ける人物が居た。その人物、最近になってヴァルター邸で暫く宿泊する事となった人物であった。
さて、その人物とは……
「誰かと電話で話をしていたようだが、誰と話をしていた"Amerikaner"。」
「ウォッ!? ビッ、ビックリさせないで下さイ。それとアメリカ人の事を指すのに母国語を出さないで下さイ。ええっと確か……アグー?」
「ちょっと待った。その略し方は納得できない。その略し方はヤマト国の"オキナワ"産の"Schwein(豚)"の事だと聞かされている。すぐに撤回を要求する!」
「オオゥ、アグー……じゃなくて"アグニス"、そこまでカリカリしなくても問題ナッシングですヨ〜。」
「いや、大いに問題だ。Amerikaner、お前はまず歳上に対する接し方がなってない。freundlich(友好的)のつもりで接していても、その中に礼儀が無ければ……確かヤマト国で言う"ガリョウテンセイを欠く"という事になる。私はその様に母から聞かされた。」
「アグーのマミィはヤマトの人でしたネ。ヤマト語難しいネ。」
「お前、そこに座れ。すぐにハラキリさせてやる!」
「ウワワァ!? ハラキリはイヤですよォ〜。まだゲイシャの方が良いネ〜!」
即座に逃走を始めるクーリア。しかし、それを追うアグニスも"超常者"である。つまり超常者二人による邸内追いかけっこが始まることとなる。
過日の襲撃事件後、アルトホルンはアグニスを暫くヤマト国で過ごさせるために、悪友たるヴァルターの邸を宿泊先として連れてきていた。
アグニスも、邸の主が祖父の会社の元·重役である事はアルトホルンから聞かされ知っていたが、実際にヴァルターと会うのはこの時が初めてだったという。
それから数日、先に居候していたクーリアとは、育った環境の違いからこのような追いかけっこが度々発生していたのである。
そして、大抵その追いかけっこは邸を預かる裏ボスの介入により収束するのがお約束となっていた……
『クーリアさん、アグニスさん、また追いかけっこですか!? あまり暴れないでと何回言えば解るのですか? お館様の心労を増やすような真似はこの教来石春芽が許しませんよ!!』
結局、座らされるのは二人揃ってである。当然だが、正座で春芽の小言を聞かされるので、脚が痺れるのはお約束であった。
お叱りが終わったあと、脚がガクガクブルブルの状態で自室へ戻るアグニスを尻目に、同じような状態のクーリアは先ほどの電話内容を説明し、外出の許可を求めた。
すると、先ほどまでと異なり、冷静に対応する春芽。基本的に誘われたならばそれをダメと言う理由はない。しかし、クーリアもアメリカ軍人の娘であるという事から、外出には制限が掛かる時がある。
過日の襲撃事件の時は、わざわざ誓約書を書かせていた。なぜなら、赤崎岸壁からはヤマト国防軍の基地が丸見えだったからである。無論、細かい所まで見える訳では無いが、知識ある者が見れば、いかなる備えを常に準備しているか?即座に解るのである。
幸い、クーリアはその知識は無いので、簡易式の誓約書を書かせて送り出したのである。そして今度の野球観戦の話も簡易誓約書で済ませることが出来たらしく、この後に早速誓約書を書くこととなるのであった。
なぜなら、市民野球場の川向う、河口側にヤマト国防軍の駐屯地があるためだったからである。
『相変わらずの量の誓約書でス。しかし、正式のモノの半分という事なので、それだけで助かるでス。』
こんな事を呟きつつ、誓約書を書き終えると、クーリアは早速翌日の観戦準備のために自室へと戻るのであった……
翌日、クーリアは美紗音から指定された市民野球場の入り口近くの市役所支所の前にいた。
ただし、ここまで来るに際し、なぜかアグニスが付いてきていた。どうやら春芽の名代のようである。
アメリカ人という事で誓約書を書いたクーリアと異なり、母親がヤマト人であるアグニスは所謂『二重国籍』持ちであった。もっとも、ヤマト国民としての証明書は在ノイエ·プロイセンのヤマト公使館で作られたモノであり、その行動には問題無しと判断されたようであった。
しかし、アグニスはそれに甘えること無く、クーリアの案内をしっかり行っている。即ち"国防軍駐屯地"の近くを通らない道を通ったのである。なお、その道はリッサが柚木地区まで向かった時の道と途中まで同じコースだった。
そのためか、クーリアは歩く道すがら、僅かに残るリッサの力の残滓を感じ取っていたという。またアグニスもそれは感知しており『この感覚、これが"アメリカの英雄"の力か。』と、内心感慨深げであったという。
支所前で待つこと10分、美紗音が姉の美羽音を伴って姿を現す。軽く挨拶を交わすクーリアと美紗音を横目に、美羽音はクーリアと一緒にいた"金髪碧眼ボブヘアー"の少女と軽く会話を交えていた。
「おい、お前……あの機械人形を動かしていた奴だな? 隠しても無駄だぞ、アタシもその手の力を持ってるクチなんでな。」
「Was?(何?) では、貴女も"光の枝"の力を持つ者か?」
「ん〜、まあ、そういう見方もできるか。正確には"似た力"とだけ言っておく。こういう事は、あとまで取っておくのが良いって言うからな。お楽しみは何とやらって奴さ。」
「Das Beste kommt noch.(お楽しみはこれからだ)か?」
「ん、似た感じだな。まあ、そういう事にしておいてやる。改めて自己紹介しようか。アタシの名は美羽音、今川美羽音だ。」
「私の母国語が解るのか? 私はアグニス、アグニス・アイゼンシュタイン。ノイエ·プロイセン出身だが、母はヤマト国の者だ。」
「へぇ~、お袋さんはコッチの人なのか。道理で金髪碧眼なのに、どことなくヤマト人っぽさを感じた訳だ。」
そう語り合うと、改めて軽く握手をする二人。
その後、妹である美紗音にもアグニスの事を軽く紹介するのだが、こちらはこちらで過日のFWを操縦していた人物であると聞かされて驚いていた。
その様子を見ていたクーリアも、数日前にアグニスと顔合わせした時の自分と同じような反応をしている美紗音を生暖かく見ていたのだった。
その日も市民野球場は満員であった。美紗音は四人分の入場券を持っていた事から、アグニスも誘う。
それに対しアグニスは『あ、いや、私はBaseballというモノのルールを知らない。見たところで理解できねば一緒に居ても……』と述べたところで、クーリアが『アグー、こういうのは雰囲気を楽しむモノなのですヨ!』と語るのだが、当然の如く『おい、その呼び名はやめろと言っているだろ!』と叫びつつ、入場したクーリアのあとを追う。
もっとも、超常者としての力は抑えて、普通に振る舞いながらであるが。
そんな二人を見て、美紗音は『アメリカとノイエ·プロイセン。産まれた国は違っても、似た文化で過ごしたから、どことなく似通ってるね〜。』と感想を語る。
その妹の意見に、姉も基本的に同意するのであった……
一方、球場内のバックヤード、福岡軍の選手達が集まって本日の先発出場者が発表されていた。
もっとも、角田はベンチ入りメンバーとして控え組であった。無論、これはプロ入り以来、変わらない光景であった。
そして、選手達がベンチへと向かい出した時、角田は監督から不意に呼び止められる。
そして語られたのは、昨夜の事であった……
『角田、昨夜の公園で誰かを捕手役にして投げていたみたいだな。お前が本来投手である事は知ってはいる。だが、お前も知っての通り、我が軍にお前の球を捕れる者はいない。しかし、あの人物はお前の球を取っていた。あれは誰だ? もし良ければ……』
……と、そこまで監督が述べたところで、角田が『監督、アレは俺の中学時代の同期ですが、女ですよ? 職業野球で女はまだ選手として使えない。まだ、その時代ではない。そういう事ですよ。』と答えると、監督は少し残念な表情を見せながら『そうか、女性なのか。しかし、女性なのにお前の球を捕れるってだけでも貴重なんだけどなぁ〜。実に残念だ。』と語るのだった。
この時代、超常者が限定ではあるが、職業野球の選手として働けるようになったが、それなら同じような力を持つ女性も職業野球の選手として使えるようにすべきという声が、一部界隈で囁かれていた。
もっとも、相撲がそうであるように、野球も男性のみで充分という声もあり、現状ではその意見が多数派であった。
この辺り、ヤマト国は保守的な価値観と、革新的な価値観の擦り合せが上手くいっていない事を示しており、この事が先の戦役での勝利者でありながら、諸外国から"文化的後進国"と見られる一因となっていた。
そして、観客の大歓声の中、福岡軍と大阪軍の二戦目が始まる。
福岡軍の角田も、大阪軍側の超常者選手も、自らの力を示す機会を窺っていた。あとは双方の監督の采配次第である。
試合は、双方の先発投手が互いの打線をよく抑え、六回までゼロが並ぶ投手戦となっていた。
これをこの日は内野席で見ていた今川姉妹とクーリアはこの展開を固唾をのんで見つめていた。
一方、試合に動きがない事にアグニスは少し苛立っていた。
『Baseballとは、こんなにも退屈なのか? これならまだFußballやBasketballの方が試合が常に動く分、退屈せずに済む。にも関わらず、周りの者はどうしてこう煩くも応援を続けるのだ? まるで、試合場そのものが一つの生き物の様だ。グラウンドの選手だけでなく、観客も含めて……』
苛立ちながらも、周りの状況を観察し、アグニスは野球を自己流で解析を試みた。
その結果が"選手、観客、その全てが一体になっている生き物"という結論であった。
そんな最中、大阪軍の監督が動く。その直前、安打を打った選手に代わり、自軍の超常者選手を代走として送り込んだのである。
アグニスは、ここからヤマト国の"変貌した野球"を目の当たりにしていく事となるのだった……
ー つづく ー




