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―― まほろばの鬼媛 ――  作者: いわい とろ
夏の章・8月編 "続・騒がしい夏"
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夏の章(8月編)その2




 福岡軍所属の角田選手の叫びから数分後、彼はいづるから美鶴に関する話を聞かされていた。

 もっとも、美鶴、小蓮、今川姉妹から少し離れた場所で、なおかつ小声で。


 その話を一通り聞かされた角田は『驚いたな、そんな事がお前とあの少女の間に起きていたとは。』と語り、続けて『しかし、大丈夫なのか? お前の話の通りなら……』と述べた時、いづるから『ああ、その点なら暫く大丈夫だろ。この前、一度襲撃してきたが、軽く返り討ちにしてやったし。』という返答がなされた。


 その返事を聞いて、角田は『相変わらずか。中学校卒業以来会っては無かったが、無茶苦茶振りは未だ健在。そして、あの娘がお前の生活の一部となって、お前が丸くなる。なんだ、悪くない話だな。』と、ニヤッとした表情を見せ、いづるに生暖かい視線を向ける。


 角田の言う事の意味を察したいづるは『勝手に人の頭の中を予想するんじゃねぇ!』と抗議する。そんな中、離れていた美鶴達が寄ってくる……




「かーさま、角田せんしゅ? で良いでしょうか? お話は終わりましたか?」


「ああ、大まかな話は終わったよ。あと、俺の事はさん付けでいい。東雲の娘から固く畏まられるのも変だしな。」


「そうでしたか。それでは角田さん、貴方とかーさまの御関係を聞かせてもらえませんか? 先ほどから野球場の方から貴方様を呼ぶ声が聞こえてきているので、簡単に。」


「げっ、もう監督の取材が終わったのか!? 済まない、細かい話は君のかーさまとやらから聞いてくれ。それじゃ、俺はこれで……」




 そう述べると、角田は俊足を飛ばしてその場から速やかに離脱していく。

 その際、美羽音と小蓮は角田から"超常者"特有の力の迸りを感じ取っていた。この際、小蓮は『超常者としての力を、戦い以外で使われる方が居たとは知りませんでした。角田様、凄い方かも?』と関心を示すのだが、直後いづるから『おっ? 珍しく小蓮が見惚れるとはな。個人的に好きな選手として応援するのは構わないが、一人の男性として見るのは辞めときな。アイツ、確か結婚しているハズだから。』と告げつつ、意味深な視線を小蓮に向けるのだった。

 当然、その視線に気づいた小蓮は、顔を赤らめて『ち、違いますよ! 私はただ……』と語るが、その後何か述べていたものの、声が小さくなり過ぎて、何を言っているのか分からなくなっていた。


 そんな小蓮をみて、美羽音は『ああ、この稲荷人のねーちゃん、もしかして角田選手に惚れたかぁ? しかし、いづる姐さんの言う通り角田選手は既婚者のハズだからな〜。まあ、諦めるこったな。』と、内心でニヤニヤしながら思っていたという。

 姉がそんな事を考えているなど思いもよらない妹の美紗音は、美羽音が妙にニコニコしているように見えた事を不思議がるのであった。


 この後、いづるは自分と角田選手の間柄を簡潔に説明している。

 曰く『アイツとは中学校時代の古馴染みの間柄なんだよ。まあ、当然の事だが、お前らの学校の代表やってるお花畠こと浪岡の奴や、もろ娘……近島さちかだったか? アイツの母親の近島かずさも奴の事は知っている。』と。

 それを聞いて、他の面々の内、美羽音以外は一応に驚く事となる。美羽音が驚かなかったのは、別の線で聞き知っていたためである。






 さて、福岡軍の選手を乗せた大型バスが南の方へと向かうのを見たいづる。

 美羽音に対して『済まねぇが"ミハ坊"、こいつらと先に帰っててくれないか? 特に美鶴と小蓮を伊鈴婆の家に送る際に付き添ってくれると助かる。必要とあれば鹿野郎を同行させても構わねぇぜ。』と告げ、自らはどこかへと向かおうとする。

 美羽音の事をミハ坊呼びする事をここで初めて知った他の三人の視線は、尽く美羽音に集中する。視線が集まる形となった美羽音は『ちょ!? 姐さん、その呼び名は辞めてくれ〜! そりゃ、昔ちっこい頃はよく男の子みたいな所はあったけど、今もその呼び名はキツい……』と、いづるに可能な限りの抗議を行う。

 だが、そんな美羽音の抗議も何処へやら。いづるはさっさとその場から飛び去って行く。


 その飛び去る方角から、美紗音はいづるが"鹿子前"へ向かっただろうと予想した。なぜなら、大きめのホテルが幾つか存在している事を知っていたからである。

 なぜそこまで知っているのか?と美鶴が訊ねると、彼女は『それは簡単ですよ。鹿子前は"九十九島観光"の拠点なんです。観光船もそこの港から出入りしてますから、観光客目当てのホテルが幾つか建ってるという訳です。』と、自信たっぷり語り、珍しくドヤ顔をしていた。

 そんな妹を見て『ああ、コイツは時々知識が溢れ出す時があったな。このドヤ顔を見せてる時がまさにその時だ……』と、いささか呆れ気味の表情を浮かべつつ、三人に帰る事を告げるのであった。

 美鶴と小蓮は普通に了解したのだが、美紗音だけは違った。先程の話から『わかりました、帰りましょうミハ姉様。』と少しからかい気味に返事したため、その直後いづるみたいにヘッドロックを決めつつ『次にそれで呼んだら、妹と言えども容赦しないぜ?』と、ドスが入った声で美紗音を締め上げ、それは彼女が降参するまで続くのだった……
















 深夜の鹿子前。海沿いの公園に二人の人影があった。

 一人は東雲いづる。もう一人は、ホテルから抜け出した角田格汰。両者は近くの長椅子に腰を据えて、事前に買ってきた飲料水を手に、会話を始めていた。




「ところで角公(つのこう)、お前確か"投手"じゃなかったか? 肩でもブッ壊して野手転向でもしたか?」


「生憎だが肩は壊れてない。今もピンピンしている。」


「んじゃ、なんで投げねぇんだ? お前が投げれば誰も太刀打ちできねぇだろ?」


「確かに今でも打たれない自信はある。だが、超常者選手の宿命ってやつのおかげで……」




 そう語ると、飲んでいた飲料水の缶を椅子の上に置くと、持ってきていたボールとミットを持ち出す。

 ボールは一個だが、ミットは二つあった。つまり、いづるにミットを着けろと暗に告げていたのである。

 それを察したいづる。すかさずミットを取ると、20メートル近く離れてしっかりと腰を据えて座り込んだ。それは、まさに捕手の姿勢そのものだった。



『へっ、てめぇとこういう事をするのは中学校以来だな。お前が野球の名門校とかに入るために、確か"沖縄"だったか? そこに行っちまったんだからな。』



 そう語るいづるは、その視線を角田に向ける。そしてミットを着けた右腕を身体の前に突き出し、角田が投げる球を待つ。

 いづるの準備を確認した角田は、さっそく投球モーションに入る。それは見事なまでの"上投げ(オーバースロー)"であり、決して付け焼き刃のソレではない事を示していた。

 そして、一気に腕を振りかぶり、いづるのミット目掛けて直球を投げ込んだ。次の瞬間、激しく何かが衝突するような音が公園に響く。



『くぅ〜! このクソ速い、そしてクソ重い球。相変わらずとんでもない球だなお前……』



 ここまで語ったところで、いづるはある事に気づいてしまう。それこそ、角田が投手として投げることができない理由でもあった。

 この後、いづるの口から出た言葉が全てを示していた。



『……そうか、このクソ速く重い球を受け止められる"捕手"がいないんだな。お前は投げる時に超常者としての力を無意識に使う癖があった。その癖は今も。』



 そこまで語ったところで、角田はその発言を肯定した。


 超常者投手として、彼の投げる球は速く重い球であり、高校入学時の球速検査で軽く170kmを超える球を投げ込んだのである。

 沖縄はヤマト国の神領域の外側ではあったが、超常者の力の源泉である"産土の力"はまだ空気中にそれなりの量で満たされていた。

 その産土の力を取り込み、投げる角田に、学校関係者は酷く驚き、そして『彼を投手として使うのは危険だ。捕手が保たない。』という結論に達してしまう。

 結果、角田は高校の三年間、主に代打代走での出場が主となる。しかし、代走なら凄まじく走れる事は証明できた。だが代打となると、その力ゆえに相手が恐れて四球を選択する事がほとんどとなる。

 たまたま角田の事を知らない相手が勝負を仕掛け、そして本塁打を打たれるという事があったくらいである。


 そんな角田を拾ったのが福岡軍のスカウトであった。角田の存在そのものが相手への抑止力になる事を球団首脳陣に語り、ドラフト外で入団させたのである。

 それ以降、現在に至るまで角田は代打代走での出場が続く事になる。また、入団した同じ頃に超常者を職業野球の選手として使う際のルールが整備された事も大きかった。




「まあ、そういう事だな。福岡軍の捕手は何人も見てきたが、俺の球を受け止められる奴は一人も現れなかった。それでも戦力として数に加えてくれる球団には今も感謝しているよ。」


「そっか。たまに野球の情報を新聞とかで見てたが、お前の給金、毎年微増の繰り返しだったのは、まともに勝負をしてもらえないため。」


「そういう事だ。おかげで代走出場での盗塁王を何回獲った事か。そして四球王の称号もな。」


「その割には評価が低いと思ってたが、まあそんな状態じゃ仕方ないか。……あ、そうだ。お前、確かお見合いで結婚したとか新聞で見たぞ? もう何年前かは忘れたが。」




 いづるがそう語った瞬間、角田の表情に陰が入ったように見えた。不思議がるいづるだったが、彼の口から出た言葉を聞いて絶句する事となる。



『彼女は……亡くなったよ。癌だった。気付いた時には末期で、もうどうする事もできなかった。』



 その時、公園を吹き抜ける風は、夏でありながらどことなく冷たい風であった。

 その告白と共に、角田は苦々しい表情を露わにしていた。超常者選手として活躍が限られていた中、彼の妻は心の支えの一つだったという。

 その支えが亡くなった時、一度は引退を考えたという。だが、それを翻意させたものがあった……



『彼女との間には、娘が一人居る。今は此方の両親に預けているが、いずれは一緒に暮らしたいと考えている。そのためには引退しないとだめだが、まだ引退する訳にも行かない。父親としてしんどい話だな。』



 一人娘の存在が引退を先延ばしにしている。それを聞いていづるは『嫁が亡くなったのは残念だが、まだ希望が失われた訳では無いって事か。なら、お前はその希望のために"戦わないと"ならないな。』と、語るのであった。


 ソレからいづるは角田の投げ込む球を何度か受け止めている。

 それを繰り返しながら角田は『お前が男で、捕手をやってくれていたなら、また違った今があったかも知れないな。』と宣う。

 その言葉にいづるは『そりゃまあ、確かにな。お前のこの球を捕れる奴なんて、アタシ以外だと一握りしかいないだろう。しかもその一握りは大抵"人外"しか考えられないだろうし。』と答えている。


 そして、もう満足に投げたと判断した角田は投げるのを辞めている。いづるからは『もう辞めるのか?』という一言が出たものの、即座に『時間が時間だ。明日は昼間の午後から試合だからな。また代打か代走か。どちらにせよ出る機会はあるだろうから、それに備えて身体を休めないとならない。』と答え、いづるもその回答に納得するのだった。






 いづるが持ってたミットを角田に手渡し、その場から去っていく際、こんな事を口にしている。



『お花畠の奴も結婚して浪岡って姓に変わったが、随分と偉くなってたぞ。もろもろはも結婚して近島姓になってるが、相変わらず剣術バカだぜ。その娘も似た感じだ。もし、お前に暇な時が出来たら、会いに行っても良いかもな?』



 そう告げて、いづるはその場から飛び去って行く。角田はその去っていく姿を中学校の時から度々見たことがあったので、驚く事は無かったが、かつての顔馴染みの近況を軽く聞けたことで『そうか、他の皆もそれぞれの道で今も歩み続けてるか。なら、俺ももうひと頑張りしないとな。』と、改めて心の中で誓うのであった……






 ー つづく ー

 


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