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春の章その4(前編)



 さて、美清の娘である"今川美紗音(いまがわみさね)"が現れて数分後……


 学校帰りの制服姿のまま、彼女は小蓮の尻尾を撫で回しつつ実に満足感ありありな表情を見せていた。

 一方、小蓮は尻尾を触られ続ける事に何とも言えない表情を見せていた。本当ならば『止めてください、怒りますよ!』の一言は出てもおかしくない状態ではあった。


 しかし、相手が美清の娘という事から言い出しきれず、また助け船を出すべきハズのいづるらが妙に生暖かい視線を向けてきていたので、どうする事も出来なかった。

 とはいえ、この状態がいつまでも続く訳はなく、程なく美清の方から『美紗音さん、そろそろお止めになった方が良いわよ。そこの稲荷人が困った顔をしているわ。』という一言が発せられて、やっと我に戻る様な表情を見せたという。


 その間、小蓮を挟んで隣に座っていた美鶴は、何処と無く不思議な生き物を見る様な視線を美紗音へと向けており、美清から釘を刺された美紗音はその視線を感じ取る事となる。そして……



『母様、ところで此方の方々は一体? そちらの小柄な方は確か話に聞いていた通りなら……山県さんですね? お初にお目に掛かります、わたしは今川美紗音と申します……って、自己紹介は後回しにするとして、このお稲荷様や"俵ヶ浦"のご隠居様はともかく、見知らぬ方がいるのですが。』



 ……と、ある意味、突拍子もない、別の意味では失礼な事を口にしたのであった。

 これには流石の美鶴も『初対面とはいえ、いきなりその様に言われるとは予想していませんでした。確かに見知らぬというのは同意しますが、小蓮もその見知らぬの内に入るハズです。』と反論している。


 ところが、それを聞き受けた美紗音はと言うと『あなた様は小蓮様と仰られるのですか! これは失礼しました。こちらにも改めましてになりますが、わたしは"今川美紗音"と申します。もし宜しければ、今後ともよしなによろしくお願いいたします。』と言った感じで、美鶴を半ば無視する形で小蓮に対して自己紹介しだしたのである。


 無視される形となった美鶴、流石に普段見せない様な不機嫌な表情を一瞬見せたのであるが、即座に小蓮に軽く制されてしまう。

 そして小蓮は美紗音に対して『僭越ながら美紗音さま、私の尻尾に意識が向き過ぎて周りを軽んじるかの様な発言や行動は、あまり感心できるものではありませんよ? お母上から礼節などの躾を受けてはいないのですか?

 目の前に興味ある物があるからといって、それに意識の全てが向いてしまっては、却って周りから如何なる眼で見られるか……少しは冷静になって考えてみましょう。』と、やんわり釘を刺すかのごとき一言を述べた。


 この一言に、美紗音は暫し思考が停止したかの様に表情が凍り付いてしまった。そして恐る恐る周囲を見渡すと、少し呆れ気味な表情を浮かべる鈴鹿と那苗。飄々としつつ、すっとぼけ気味なヴァルター。

 そして、ニコニコしているが、その瞳は明らかに"そろそろお灸を据えようかしら?"と言いたげな美清……と、四者四様(よんしゃよんよう)の態度を見せていたのである。

 特に母親である美清からの無言の圧力は、先に彼女が『美紗音さん、そろそろお止めになった方が良いわよ。そこの稲荷人が困った顔をしているわ。』と、既に発言していた事とあわせて、美紗音の心胆を寒からしめるには充分だった様である。


 そして美紗音は、慌てて一同から距離を取った上で『み、皆様方、あとお客様におかれましては実にはしたない姿を晒してしまい誠に申し訳ありませんでした!』と述べつつ、その場で土下座している。


 この変わり身の速さを見て、いづるは『流石は水のねーちゃんの娘といったところか。自身の置かれてる状況を察して瞬時に態度を改めやがった。ま、これも"水を統べる鬼"の血が流れているからこそか?』と口に出し、即座に鈴鹿に『失礼だぞ東雲!』と言われる事となる。


 このやり取りを見聞きして、美鶴は土下座している状態の美紗音の傍へ移動すると『先程の貴女の失礼な態度に関してはとりあえず水に流すとして……』と述べつつ、いづるの方に視線を向けながら『かーさまはあの様な戯れ言を言っていますが、アレでも貴女の状況判断と切り替えの早さ……つまり柔軟性を誉めてるんです。言い方は極めて悪いですけどね……』と語り、土下座を止める様に促している。


 美鶴から斯様な事を告げられては、美紗音も土下座を続ける事はできなかった。面を上げて美鶴の表情を見つつ、併せて母親の表情を確認する美紗音。

 そこには先ほどまでの"お灸を据えようか?"と言わんばかりの瞳の鋭さを見せた美清の姿はなく、いつもの美紗音が知る母親の姿があったのである……






 さて、更に時間が少しだけ流れ、制服から私服に着替えてきた美紗音を加え、一同は会話を続けていた。

 もっとも、ヴァルターは自宅に帰らねばならない時間になったらしく、その場を立ち去らねばならなくなった。

 美清は那苗に対して、彼を近くのバス停まで送るよう命じ、ヴァルターは一同に一瞥をしてその場を離れたのであるが……




「ふむ、フロイラインが戻ってきた。

 今後は色々と面白くなりそうではあるな。」


「あんた、随分と嬉しそうな顔をしてるぞ?」


「ほう、そう見えるか。まあ、あのフロイラインには色々と思うところもあるのでな。少なくとも暇になることは当面あるまい。」


「へっ、暇になることは……ねぇ。ま、私からすればアンタは仲間の仇筋みたいなモノなんだが、今は単なる民間人だからな。手を出す訳にもいかない。」


「仲間の仇……か。それを言うなら、お前さんやその仲間とて儂の仲間筋の者を多く葬っておる点では同じじゃぞ?」


「……ケッ、そういう点ではお互い様か。」




 那苗個人としては、ヴァルターは仲間の多くを死に至らしめた"人型歩行兵器"の作成に深く関与した人物である。

 当然敵討ちといきたいところだが、流石に民間人となっている上に抵抗力を持たないであろう者を殺めるのは兎人族として、また兎人兵の一員として、その誇りが許さなかったという。

 また、美清や鈴鹿らとも面識がある人物である事もあって、手出しできないという事情もあったようである。


 そうして思うところを胸に秘めつつ、那苗はヴァルターがバス停に来たバスに乗り込んで去っていくのを見送る事となる。

 なお、余談だが、その時の那苗の服装が服装だった為、乗客達の視線が彼女に集中したのは言うまでもなかったという……






 さて、ヴァルターが帰ったところで、いづるは美清と鈴鹿に対して自分達を呼び寄せた目的を問い質す事となった。

 これまで自身と美鶴の自由行動を黙認していたも同然だったにもかかわらず、呼び出した理由を聞かねばならなかったからである。

 いづるのその問い掛けに対し、美清の方から『いづるさん、美鶴さんは今年で13歳になるはず。ならば、そろそろ学業を修め始めねばならない頃合いだと思うのだけど……』と告げ、更にこんな会話が交わされる……




「これまでは"高天原出身者"は、ヤマト国の法の外に居る権利があって、それによって美鶴さんは初等教育を免除されていました。」


「ああ、知ってるぜ? 初等教育と中等教育……つまりヤマト国における"義務教育"が免除されている権利だろ?」


「ええ、その通りです。ですが、いづるさん、高天原人扱いを受けていた貴女が義務教育を受けたのは幾つの頃からでしたか?」


「んぁ? 何を聞くかと思えば……。そりゃ、中等教育からだから、今の美鶴と……」




 ……と、ここまで言い掛けたところで、いづるは何かに気付いたかの様な表情を露にしている。

 そして直ぐに『ちょっと待て! つまり何か? 美鶴に今から中等教育を受けろと言いたいのか!?』と、明らかに不満が滲み出たかの様な怒鳴り声を発しながら、美清に詰め寄ろうとした。

 この、いづるの怒鳴り声には美鶴や小蓮、美紗音が思わず驚いており、鈴鹿は『落ち着け東雲! まだ御先代様のお話は終わっていない!』と言いつつ、いづるを制する様に立ち塞がっている。


 だが、いづるは立ち塞がる邪魔者を押し退けて『今まで美鶴をアタシに預けておいて、今になって引き剥がす真似に走るとか、アンタも子供を持つ親だろうが!人の心とかないんかぁ!?』と述べながら、美清へと更に詰め寄っている。

 そんないづるに対し美清は顔色一つ変える事無く、ただ一言こう述べている……



『早とちりさんね。私は引き剥がすなんて言ってないわよ? そして、人の親ではあるけど、私は鬼よ? "人の心"というより"鬼の心"と言うべきではなくて?』



 ……と、こんな調子で告げており、これにはいづるも思わず閉口し呆れた表情を見せている。

 そんな状態のいづるに向けて、美清は『別に貴女を彼女から引き離すつもりはないわ。貴女を呼んだという事は、貴女もそろそろ腰を据え下ろして良い頃合いだと思ったのよ。美鶴さんが学校に通う以上、親の貴女が好き勝手を続けて良い訳ではないわ。貴女には佐世保に居座って貰うわよ。』と告げている。


 それを聞き、黙っているいづるに美清は続けて『それにこれは私の一存ではないわ。貴女や美鶴さんに関係する全ての者の総意でもあるのよ? 当然、平安京の帝もご承知の話なのよ?』と、更に詰めの一言を発している。

 その話を聞き、いづるは『チッ、ねーちゃん達だけならともかく、よりにもよって帝のねーちゃんまで絡んでるのかよ。』と言うと、その場に座り込み暫く考え込む事となる。


 この一連の話がされていた時、美紗音は美鶴に対して『貴女の母様、もしかして実の親ではないのですか?』と訊ねている。

 話の流れから不自然極まりなかった為に思わず訊ねたが、その問いに対して美鶴は……



『まあ、色々と事情がありまして。"義母様(かーさま)"はこの十年、私のかーさまになって貰っている方なのです。』



 ……と答え、更に『義理とはいえ、私のかーさまとして私を育て、そして護ってくださった人でもあります。その事実は今までも変わらないですし、これからも変わる事は無いでしょう。』と述べている。


 もっとも、最後に『……まあ、その一方でこちらが気疲れする事もあるくらいには自由人ではありましたが。』と一言加えており、その話から美紗音は何と無く東雲母子の関係を推し測っている。


 ―― 即ち"義理の母子"ではある。気苦労も絶えないが、それでも"母子関係は決して悪くはない"のだ……と。――






 ー 後編へつづく ー

 


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