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春の章その3(前編)



 さて、佐世保の駅前で"山県那苗"と出会ったいづるらは、彼女の案内でこの地に在住している"水の鬼の王"の先代と当代が待つ神社へと向かう事となる。

 もっとも、いづる自身は過去に飽きる程に何度も訪れた事がある場所だった為か、案内される事に関して特に感想は無かった様である。

 しかし、美鶴と小蓮の両人にとっては初めて訪れるという事もあってか、顔には出さないまでも好奇と緊張が入り雑じった気持ちでいっぱいだった。


 そんな中、彼女らに何故か同行してくる一人の"オッサン"。または"ジジイ"がいた。

 この人物の事に関して、いづる以外の面々は知らなかったり、または那苗の様に警戒心剥き出しにしている事からか、件の人物はいづるに対して自身の事を説明して欲しい旨の事を述べている。

 するとやれやれと言った表情を見せたいづるは、一旦立ち止まって周囲を見回した後、目についた公園の長椅子を指差して、そこに座れと指示を出している。


 美鶴、小蓮、那苗の三人が言われた通りに長椅子に座ったのを見て、いづるは件の老人を自身の隣に立たせた上で自己紹介をするように促している。

 だが、この老人『わざわざ座らせる指示を出したからには、お前さんが儂の事を紹介するのが普通の対応ではないか?』と述べつつ異議を言い立てた為、ここから更に数分間両人の間で口論が生じたのは言うまでもない。


 その口論の間、座っていた三人の中で美鶴は真面目に見ていたが、小蓮と那苗は呆れた表情を浮かべており、互いにそれに気付くと両人共に互いの気苦労を悟り慰めあっている。

 なお、傍目から見た場合、二人の大人の男女の口論が単なる漫才の様に見えていた様である……


 数分後、一通りの口論を済ませたところで、折れたと思われるいづるの口からこの老人の身の上に関する話が紡ぎ出される事となる。



『仕方ないからアタシの口から説明する。三人とも良く聞く様に。』



 この様に話を切り出すと、いづるは件の老人の素性を説明し始めたのであった……
















 遡る事、約二十数年前、ヤマト国とアメリカを中心とする連合軍との間で"第三次碧蒼戦役"の終戦協定が結ばれた後、ヤマト国と直接交戦しなかった国々の中で真っ先にヤマト国との国交を樹立した国があった。

 その国の名は"プロイセン共和国"(またはノイエ・プロイセン)。かつて"帝政ドイツ"を構成していた王国の名前を引き継ぎ、旧帝国領の内、北西部地域を領土として"欧州大戦"終戦後に成立した"ワイマール連合条約"国の一つである。

 戦役後、長年敗戦国として賠償金を戦勝国側に払い続けてきたのであるが、元々帝国領の工業地域を版図に組み込んでいた事からいち早く経済が立ち直っていた。

 加えて第一次及び第二次の碧蒼戦役で連合軍諸国が疲弊しつつあった事から、プロイセン政府は巧みな交渉によって賠償金の支払いを軍事物資などの生産・輸出に切り替え、その結果として経済状態が好転し、遂には支払い期限を前倒しして終了させるに至ったのである。


 そんなプロイセン共和国、ヤマト国との国交を樹立するに当たり一人の男を全権大使としてヤマト国に送り込む事となった。

 その男、大使に任命される以前はプロイセン共和国が帝政ドイツ以来、久しぶりに国防軍を保有する事となった際には"とある軍事系民間企業の重役"として新生プロイセン国防軍設立に尽力しており、それ以前に於いては件の軍事系民間企業にて渉外担当役員として重きを成していたという。


 その男、名を"ヴァルター・リッターシュタット"という……
















『……って訳で、このオッサン。いやジジイか? とにかくリッターシュタットとか大層な名字を名乗ってるが、要するに昔は色々とお偉いさんをやってたオッサンな訳さ。』



 いづるから件の人物ことヴァルターに関する簡単な説明を受けて、美鶴と小蓮は前歴の内容に関して驚いていた。

 だが、那苗は『ちょっと待て。その話が事実なら、かつての敵側の大物じゃないか。何でそんな奴が佐世保なんかに居るんだよ! 何かおかしくないか!?』と、若干語気を強めつつもっともそうな事を口に出している。


 彼女が斯く語るのは無理もなかった。彼女は兎人兵としてヤマト国の国境地域である八重山諸島や壱岐対馬、隠岐諸島などでヴァルターが属していた企業が開発し、実戦運用のテストとして投入された"人型歩行(機動)兵器"の試作機複数と数度に渡り交戦した経験があったのである。

 この過程で彼女は同僚を幾人か失っている。生身同士ならば蒼の月(地球)の兵士に対して身体能力や特殊能力などで圧倒的に優位な兎人兵達も、敵が工業科学技術の粋を結集して生み出した兵器となると、少なからず犠牲を生じる事となったのであった。


 そんな那苗からの敵意剥き出しの視線を向けられたヴァルターは『ふむ、かつて儂が働いていた会社の品物と戦った経験がある嬢ちゃんだったか……。あの兵器の開発には儂も少なからず関わりがあるゆえ、君にとって儂は仇の一員なのじゃろうな……まあ、今更許しを乞うてもあまり意味は無いじゃろう。』と語っている。


 その発言に那苗は明らかに怒りから身体を震わせていたものの、直後にいづるから『落ち着けちっこいの。お前が怒る気持ちも解らないじゃないが、今さらこのオッサンの命を狙ったとしても意味ねぇだろ? もう、あの戦争は終わってるんだ。それにこのオッサンも今や単なる隠居老人なんだからな。』と言われてしまう。

 これを聞いた那苗は『くっ、今は民間人の単なる隠居老人……か。』と、悔しさを滲ませた一言を述べて黙り込んでしまった。


 さて、黙り込む那苗を横目に、いづるはヴァルターが隠居老人となった今に至るまでの話をサラッと続けた。

 大使としてヤマト国に赴任し、退任するまでの数年間。彼はヤマト国の主要な人物と一定の面識を得る事となった。その顔触れは上は当代の碧月帝から下はいづるの様な自由人まで多岐に渡る。

 その中には、当然の事ながら歴代の鬼の王らも含まれていた。そんな如何にもヤバい面々と面識を有した事もあり、また彼自身の好奇心や興味もあってか大使退任後もプロイセンには帰国せず、ヤマト国に在住する事を選択したのであった。

 色々と話し合いがなされた末、沈む夕日が綺麗に見える場所である事。面識ある水の鬼の王(主に先代と当代)が住んでいる土地という事から、彼はこの佐世保の市街地から少し離れた"俵ヶ浦半島"に邸宅を構えて隠居生活に入っていたのだった。


 これらの事を説明し終わったいづるは三人の反応を確かめる様に視線を向けている。

 那苗は相変わらず黙り込んでいたのに対して、小蓮は『プロイセンに帰らないで此方に留まる選択をするなんて……何か気になるモノでもありましたか?』と、逆に質問を行い、美鶴は黙って小蓮の質問に対するヴァルターの返事を待つ姿勢を示していた。


 小蓮の質問を受け、彼は『そうじゃな……ふむ、ヤマトは儂の祖国と比べて自然豊かであるな。また食材も悪くない。たまに大使時代の部下でプロイセンに戻った者から手紙が来るが、此方での暮らしを懐かしむ事が記されておってだな……』と語り、ここから更に長々と話し込んでいる。


 その話は数分間続いたが、流石に老人の長話を何時までも聞かせるほど暇でもなかったいづるの横槍によって、隠居老人の話は終了する事となった。

 そしていづるは黙り込む那苗に呼び掛けて改めて神社へ案内する事を促すのだった……






 ー 後編へつづく ー

 


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