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春と夏の狭間にて。その18(後編)




 一通りの話を済ませ、寮監室から退出する時、美鶴達は久秀から『あ~、なんだ。儂も今やこの様な姿になってしまった身の上じゃからな。お主らが望むならこれまで通り"永松はずみ"として接してくれて構わん。中身が松永久秀だからといって、変に気を使われるのもどうかと思うし、何より今は昔と違って"天下を狙おう"とか"実権を獲たい"とか考えてはおらぬ。仮にそう考えても美鶴の母……あの小娘やその関係者に軽く捻られてしまうからな!』と、最後は見た目に合わせたかの様に明るめにケロッと言い切ったのであった。


 そんな"はずみ"の姿を見て、美鶴は『その様にお考えなされていますなら、私の方から特に注文する事はありません。これまで通り"寮監様"として接しさせて頂きますが構いませんか?』と、念押し的に訊いてきた。


 この念には念を押す的な発言と立ち振る舞い方、そして彼女から発する不思議な圧を前にしては、はずみも苦笑いを見せつつ『案ずるな。昔の弾正久秀としてならともかく、今の"永松はずみ"としては誰かを傷付けてまで成り上がろうとは思わん。ま、孫の成長を見守る祖父的な姿勢に徹する……という感じに収まるだろうさ。』と答え、美鶴らを安心させる事に力点を置く返答を返すのであった。


 美鶴らが自室へと去っていき、再び寮監室内で物思いに耽るはずみこと久秀は……



『改めてだがあの美鶴という娘、儂の勘ではただの娘ではあるまい。あのガサツな小娘から産まれてくるとは考え難い。恐らく養い子であろうが、だとすれば何処の生まれという事になるか? 興味は尽きぬところではあるが、少なくとも今はそこまで深く考察するのは早計であろう。こういう場合は答えのほうが姿を現すのを待つのも一興というモノよ。』



 ……と考えていたのだった。
















 さて、時は少し遡り、いづるが力を解放した頃……


 愛媛は松山、道後温泉のとある旅館で、"見た目が若い"三人の女性が早めの夕食を食べていた。

 だが、突然その手を止めて何かを感知したかのような反応をしていた。


 そして、暫く後にそれを感じ取れなくなったのを確認して、再び食事を再開しつつ、この三人は会話を始めていた……




「……どうやら"あの子"がちょっとだけ本気を出したみたいだぁね。」


「やれやれ、いづるをムキにさせる相手がいたとはな。だが……」


「まっ、この感じだと相手は歯が立たないでくたばったというところかしらね。」




 ……そう語りつつ、この三人は食事を取り続けていたが、三人が共通して思っていた事がある。

 それは『いづるに喧嘩を売る奴は大抵滅びるのが確定しているようなもの。』というものであった。


 そして、誰彼となく『まあ、あの子は私らが……ここにいない"水"も含めて四人で育てた、ある意味"最高傑作"みたいなものだからねぇ〜。』という言葉が出てくるのであった。

 もっとも、その直後『傑作ではあるが、同時に手のかかる娘だったけどね。』という一言が別の者の口から飛び出し、他の二人が思い出し笑いを吹き出すという光景が繰り広げられたのであった。






 ……かつて、ヤマト国を恐怖のドン底に叩き落とし、結果として時の政府による海外への領土拡張政策を断念させる切っ掛けとなった"四人の鬼の王"がいた。

 その内の一人が現在"水梨伊鈴"と名乗っている人物であり、そして残りの三人……


 先々代の火の鬼の王である"焔野灯火(ほむらのとうか)"

 同じく先々代の風の鬼の王である"風麻襟姆(かざまえりも)"

 同じく先々代の土の鬼の王である"土岐睦恵(ときむつえ)"


 彼女ら三人は伊鈴に留守を任せて、自由気ままな温泉旅行を楽しんでいたのであった……
















 さて、その日の夜、俵ヶ浦半島に在るヴァルター邸の食堂で、クーリアはリッサ、春芽、そして邸の主であるヴァルターと夕食を摂っていた。

 その最中、リッサからヴァルターに向けて、こんな話が切り出された……



『ねぇ、ちょっと聞いて欲しいのだけど。今日、クーリアが通う学校がある山の方からとんでもない力を感じ取ったんだけど、アンタ何か知ってない?この力なんだけど、昔アタシも感じた事がある力なのよね。』



 そう振られたヴァルターは、少し考え込む仕草をしつつ、暫し沈黙していた。

 その一方で、クーリアと春芽は各々リッサが感じ取った力に関して思うところがあった。

 それは彼女達が山を降りている途中にてサクッと会話をする中で出てきた"護国の鬼姫"の事だろう。二人は同時にそう思っていた。


 その時の会話を思い出しつつ、二人は各々あの時、山の上に留まったと思われる自身の関係者の事を心の中で心配し始めていた。


 クーリアは『それにしてもサッチューンは大丈夫だったでしょうカ? アレだけのパワーウェーブの近くに居たら、身震いムシャぶるいをしていそうです。それにコハスやナナエも大丈夫でしょうカ? あとで連絡を取れるなら取ってみないと……』という感じで、現地に留まった面々の心配をしていた。

(なお、この日の翌日、電話連絡を取って無事を確認した模様。ただし、始めに連絡を取ったさちかには力の事を口外するなと釘を刺されていたが。)


 また春芽は『"護国の鬼姫"の力の波動の間近に野舞歩がいたみたいだけど、あの子大丈夫だったかしら? 怖い物知らずなところがあるのがあの子の欠点だから……。』と考えていたという。

(こちらも翌日、連絡を取って無事を確認している。)


 さて、こんな事を思っていた二人だったが、リッサから話題を振られたヴァルターが次に何を言うかと考え、その視線は老紳士の方を向いていたのだった。


 暫し思考の海に沈んでいたヴァルターの口から『ふむ……』という一言が出てきて、周りの視線が集中した。その時……



『……儂自身はお前さんと違って力というモノを感じ取る事は出来ぬ。じゃが、もしお前さんが過去に感じたモノと同じ感覚だと言うのであれば、それはこの国の役人から以前聞かされた"護国の鬼姫"のモノで間違いはなかろうな。』



 その一言を聞いた時、リッサの(まなこ)が大きく開いていた。それは驚きを内包したものだったが、それ以上に"何かを考えている"目でもあった。


 このリッサの様子を見た春芽は『パーシング提督、何か善からぬ事を考えていませんか? もし"約定"を(たが)える事を考えているのであれば、貴女一人だけでなくクーリアさんにも災いが降り掛からないとは限らないのですよ?』と、リッサが約束破りを行うのではないかと感じていた。


 かたやクーリアはと言うと『小婆様(おばさま)? 何だか様子が変です。何か悪い事が起きなければ良いのですけどネ……』と、こちらも何か悪い予感を覚えたのであった……
















 同じく時は遡り、なりみの母である小百合が運転する車の中で、近島さちかは山地付近から発している巨大な力の波動を感じ取り、明らかに渋い表情を浮かべていた。

 その様子に、助手席に座っていたなりみが心配な素振りを見せたものの、あまりにも渋すぎる表情のさちか相手に声を掛けるのを躊躇う有り様であった。

(ついでに母親の小百合から『さちかちゃんにもたまには何か一人で考えたい事があるのよ。黙っておくのも友人としての振る舞いの一つと思うわよ?』と言われてしまい、やむなく声を掛ける事は控えていた。)


 そんな渋い表情を見せていたさちかは……



『さっきから現れたこの気配は何なんだ? 直前まで全く気配のケの字すら無かったってのに。……それにしてもさっきまで戦っていたトカゲ妖(コモド妖)の気配が、まるで掻き消されるみたいな感じになってる。それに近くに、別の気配……一人は馬場先輩、もう一人はあの武者姿の奴か。その二人が居るみたいだが、大丈夫なのか?』



 ……と、こんな感じで心配していたのであった。


 そんなさちかの様子をバックミラー越しに見ていた小百合は、心の中で『さちかちゃんも感じ取っているのね、いづるの力の迸りを。けど、あの様子だと力の主がいづるだという事には気付いて無さそうね。まあ、今はともかく、そのうち知る事にはなるでしょうから、今は黙っていましょうか。……私の力の事も含めてね。』と呟いていた。


 どうやら小百合もさちかの持つ力には既に気付いていたようである。

 一方、さちかはまだ小百合の持つ力……"魔力"には気付いては無かったようである。


 いづるにせよ、小百合にせよ、自分の持つ力を他者に簡単に察知されないように普段から振る舞っていたようである。

 まさに"能ある鷹は爪を隠す"とはこの事なのだろう。






 斯くして、複数の妖。及び巨大妖(コモド妖)による襲撃事件は、失敗に終わる事となる。

 こののち、この規模の襲撃は暫く見られなくなり、守衛団もその周囲の者達も、自然発生する程度の妖を相手にするだけで済むこととなるのであった……






 ー つづく ー

 


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