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春の章その2(後編)

 ※注意※

 前編と比べ、文字数が多くなっていますが仕様です。



 さて、一方その頃……

 いづると美鶴、小蓮の三人は一応の終着駅である"佐世保駅"に到着していた。

 しかし、いづる個人は色々と周囲に迷惑を掛けた罰として苦手な海産物満載の駅弁を二人分食べさせられた為か、酷くテンションが駄々下がりしていた。

 そんな調子で美鶴と小蓮に引っ張られる形で客車から降り、改札口を通り、駅の東口へと出たところで美鶴は"変な雰囲気を纏った怪しげな"二人組の人物が、東口の近くに居る事に気がつく。

 当然だが、小蓮もそれに関しては同様で、いづるや美鶴を庇うかの様に二人の前方に立った。

 だが、それまでテンション駄々下がりしていたいづるがその存在を視界に入れると少しだけ視線が鋭くなり、次にそれが緩むとこんな事を口に出している。



『二人とも落ち着け。ちっこい方は知らんが、田舎紳士風味のノッポのオッサンは面識がある。……ま、暫く会わない内に随分と老けたみたいだけどな。』



 ……と。


 さて、いづる達が視界に入れた"田舎紳士風味のノッポのオッサン"と"ちっこい人物"。

 実はこの二人、互いに面識がほぼ無かったという。何故なら……



「ふむ、東雲の嬢ちゃん、儂らの存在に気づいた様じゃな。」


「アンタ、本当にアレの知り合いだったんだな。あの女の目付きは知り合いを視てる目をしている。」


「やれやれ……ここに来るに当たり、東雲の嬢ちゃんと儂は知り合いであると何度話したと思っておる? "兎人族の嬢ちゃん"も少しは信じて貰いたいものじゃな。」


「なっ!? その嬢ちゃん呼ばわりは気に入らないが、いきなり私の前に現れて『東雲いづるを待っているのか?』って、見知らぬ男から言われたら、警戒しない訳ないだろ! ……ってか、今日あの女が来る事をどうやって知ったんだよ!」


「ん? それは企業秘密という事じゃな。おいそれと教えるほど、儂は軽口では無いのでな。」



 この様に飄々とした態度を見せる田舎紳士風味のオッサンに対し、彼から"兎人族の嬢ちゃん"と呼ばれた"ちっこい人物"は、内心ムッツリしつつも駅に行く事になった経緯を思い返していた……






 かつて、第三次碧蒼戦役の最中、ヤマト国と敵対した国々の内、主に大陸側の"民国"や"帝国"の将兵から、その修羅の如き戦い振りで恐れられた一人の兎人兵がいた。

 西洋に於ける所謂"首狩り兎"の伝承をこの時代に再現し、敵対する相手に恐怖を植え付けたその兎人兵は戦役終結後、高天原へと帰って余生を過ごしていた。

 ところが、悠々自適の隠居生活を続け、兎人族としての平均寿命(おおよそ42年ほど)に迫っていた頃になり、急にヤマト国の首都へと出頭せよという命令を受ける事となる。

 兎人族としては老齢(見た目は少女)な自分が何故今頃出頭を命じられたのか全く分からないまま、彼女はヤマト国の首都にある宮殿にて、時の"三代目碧蒼帝"に拝謁する機会を得る。

 そこで彼女は碧蒼帝より一つの命を受ける事となった……




「では帝、私にその娘の護衛を行えと?」


「ええ、その通りです。今はいづるさんの手元に居ますが、彼女も今年で13歳になります。

 (わたくし)としては学校という物に通わせて知識学識を拡げる良い機会だと思っているのです。」


「それは解りますが、護衛の任ならば他の者でも務まるのでは? わざわざ隠居の身である私を呼び寄せなくても……」


「普通なら貴女の言う通りですが、生半可な者には任せられないと思ったのです。特に先の戦役で功名を立てた貴女なら、この任務に適している。私はそう思い呼び寄せたのです。」


「……帝がそこまで仰るとなると、その娘は単なる小娘ではありませんね? 僭越ながら帝、その娘の素性はもしや」


「ハイ、そこから先は心の中で思うだけにして下さいね。それだけ大事なことなのですから……」




 そう帝から告げられては黙るしか無かったという。

 その後、帝から『具体的な指示は九州の佐世保に住まう"水の鬼の王"。特に先代の方ですが、彼女の指示に従って下さいね。』と言われ、彼女はその事実上の勅命を拝する事となる。

 そして、宮殿より去ろうとした時、帝からもう一声掛けられる事となった。それは……



『ところで貴女、こちらで暮らすに当たっての姓名が必要ですね。少し待って頂けますか?』



 この一声で、彼女は碧蒼帝から一つの名を下賜される事となる。それがこののち、ヤマト国で過ごす彼女の名前となるのであった。






 それから暫く後……厳密にはいづる達が佐世保に到着する日の午前中だが、彼女の姿は九州の西の鎮守の地でもある佐世保の市内にある"とある神社"の社務所兼住宅の中にある畳敷きの客間にあった。

 彼女の視界には二人の人物がおり、一人は正面に。一人はその傍に控える形で座っていた。

 彼女が挨拶を行うと、二人の人物の内、正面に座っていた巫女服を纏っている、見た目が若い美女と形容できる"青みがかった黒色長髪の女性"が早速口を開いている。



『帝から話は伺っています。いづるさんに"預けている"彼女の護衛を命じられたのでしたね。ええっと、確かお名前は……"山県さん"でしたかしら?』



 長髪の女性から"山県さん"と呼ばれた兎人族の女性は、改めて帝から下賜された名前を名乗り直している。



『はっ、帝より"山県那苗(やまがたななえ)"という名を賜わりました。その段階で元々の名は捨てております。』



 そう答えた那苗に対し、長髪の女性は『あらら、元の名を捨てたのですか。生まれてから使ってきた名前を捨てるのは少し残念な気はしますが、帝から新たな名を賜ったからには、その期待に応えないといけませんね。』と述べ、それ以上名前に関しては触れなかったとか。


 そんな長髪の女性に代わり、傍に控えるもう一人の女性……

 同じような巫女服を纏っていたが、髪の毛の長さという点では短め(青みがかった黒色という点では同じだが長さは背中の辺りまで。なお、長髪の女性はというと、臀部の辺りまでの長さがあったりする)の人物が話を進めている。

(なお、こちらも見た目は長髪の女性ほどでは無いにせよ、その容姿は美人の範疇には入っている。)



『さて山県、実は到着早々でアレだが、お前には今から当地の駅に出向いて貰う。帝から話を聞いて知ってるとは思うが、例の娘がこちらへ向かっている。恐らく本日の午後、日没前には到着すると思うが、それを出迎えて貰いたい。』



 そう言われた後、彼女の手元から一枚の写真が那苗の手元へまるで生き物の様な不規則な動きをしつつ飛び込んできた。

 この写真を掴み取り、写っている人物の姿を確認した時、那苗は一瞬息を飲んだという。

 そんな那苗の姿を見て、長髪の女性は『あらら、ひょっとして見惚れたかしら? まあ、分かるわ。いづるさんに託して10年になるけど、見事な美少女に成長しているわね、彼女……』と語っている。


 こののち、改めて長髪の女性から出迎えに行く様に指示を受けた那苗は、早速出掛けようとしたのであるが、もう一人の女性に呼び止められている。

 何故呼び止められたのかと那苗が不思議に思ったところ、件の女性……実は当代の水の鬼の王から、衣服を着替えて向かうようにと言われたとか。

 この時、那苗が纏っていた衣服は兎人兵の簡易礼装であった。つまり軍服だった事から、出迎えに適した(?)衣服に着替える事となるのであるが……



『なっ、何だ、この服は!? 今まで見た事が無い衣服だが、コレを纏って出迎えに出向くのか? 色々と無駄を省いた動きやすい衣服だとは思うが……何やら妙な衣服だな。』



 ……と、こんな事を思いつつ、那苗はその人生に於いて初めて見る衣服を纏って出掛けたのであった。


 なお、この衣服を選択したのは長髪の女性……即ち先代の水の鬼の王であったとか。

 先代曰く『やっぱり兎人族、こっち(蒼の月、地球)だと(うさぎ)ちゃんといったらこの衣服よね~。』という軽いノリで選んだ物であったという。






 ……斯くして話は元に戻る。

 那苗の姿を見た小蓮は当初警戒していたのであるが、彼女が周囲の往来の人々から妙な視線が向けられている事に気づくと『やけに周りの人達がそわそわしている様な反応をしているけど……

 ひょっとして、あの服装と関係あるのだろうか?』と思い、背後に立っているいづるに訊ねている。


 すると彼女は『ああ、アレは確かに周りの視線が集まる部類の服装だろうな。

 よく見ておけ小蓮、アレは"バニースーツ"といって、だいぶ昔にアタシが"平行世界の蒼の月"に行かされた時に見た代物だ。』と告げており、小蓮も取り敢えず納得していた。

 もっとも、いづるが「平行世界に出掛けていた」という話は初耳だったらしく、納得した様な表情をした直後に『ええっ!?』と唸り驚いている。これに関しては二人の後ろに控えている美鶴も小蓮ほどでは無いが驚いていた。


 驚く二人をそのままに、いづるは『しかし、出迎えの者にバニースーツを着せて送り出すとか、こりゃ"先代の水のねーちゃん"の差し金だろうな。入手自体は、あの時一緒に金魚の糞みたいに付いてきていた生真面目鬼っ子の当代が勝手にやってたが、持ち帰った後でどう取り扱うつもりか聞いてなかったなぁ……』と、少し昔の事を思い出すような仕草をしつつ、同時に内心で呆れ気味に思っていたという。


 一方、いづる達から斯様な眼で見られている事に雰囲気から察した那苗は、彼女達だけでなく周囲の往来からの視線を感じて『妙に不特定多数からの視線をここに来てから……

 いや、ここに来る途中でも感じてはいたが、何か変な事をしたか? 私は。』と、内心不安になり始めていた。


 歴戦の戦士でもある那苗ではあったが、神社で着替えて駅に到着するまでの間、確かに周囲の視線を釘付けにはしていたのである。

 初め彼女は周囲の視線を集めていた事に対して『きっと私が見慣れない衣服を纏っているから衆目を集めているのだろう』ぐらいにしか思っていなかったとか。

 これがバニースーツと呼ばれる代物であると彼女が知ったのは、駅に到着後、暫くして現れたノッポの老紳士との会話の中で指摘された時であったという。

 彼は那苗に向かって『ふむ、お前さんが纏っているソレはバニースーツという平行世界の地球の物で、一部の接客業で女性従業員が着ている代物と伺い聞いておる。』と告げた上で、更にこんな事を述べている。



『まあ、恐らくは先代のちょっと可愛い物好きが少しばかり暴走した感じであろうかの? "馬子にも衣装"とは言うが……

 お前さん、どうやら一種の着せ替え人形っぽい扱いを受けた様じゃな。ま、儂には善き眼の保養にはなったがの。』



 この言葉の意味を那苗はすぐに理解出来なかったらしく『まて、接客業の衣服? 眼の保養? 一体どういう意味だ? ……う~ん、解らん。全くわからん。』と、この時点で脳内が一度真っ白になっていたとか。


 そんな那苗を横目に田舎紳士の老人は内心で『しかし、かつての第一次戦役にて八重山諸島周辺海域でイギリス、フランス、オランダ、イタリアの四か国連合軍艦船を尽く海の藻屑に変え……その後の第二次、第三次戦役でも猛威を振るった元凶が、一方で斯様な小意地悪さを含んだお茶目さを示すとなると、戦死した者らが草葉の陰で何と思う事やら。』と、若干呆れ気味な思いを抱いたとか。






 さて、そんなこんなで出会ったこの面々。

 いづるは出迎えのちっこいバニースーツ女の前に移動し『改めて聞くが、お前が出迎えの者だな?』と訊ねている。

 それに対してバニースーツ女こと那苗は肯定の意を示している。もっとも、その後『しっかしまあ、よりにもよってソレを着せられて送り出されるとか、何かの罰ゲームか何かか?』と、いづるから言われた事で那苗はというと……



『ば、罰ゲームだと!? この衣服を着る事が罰ゲームだと言うのか!? ま、まて、落ち着け私。これはきっとアレだ。水の鬼の王の先代と当代のお二方が私を試しているに違いない。きっとそうなんだ、そうであってくれ……』



 ……と、困惑と混乱が入り雑じったかの様な表情を浮かべつつ小声で呟き始めていた。

 そんな那苗を横目に、いづるはもう一人の人物であるノッポの老紳士に対して『よう、久しぶりだなぁ~、"ヴァルター"のオッサン。暫く見ない内にジジイの仲間入りでもしたか?』と、軽口気味に話し掛けている。


 いづるから「ヴァルター」と呼ばれたノッポの老紳士は、それに対して『ジジイ呼ばわりとは相変わらず失礼な物言いだな。儂がジジイに見えておるという事は、即ちお前さんがそれだけ歳を取ったという事なんじゃぞ? ソレを理解して貰いたいモノじゃな"フロイライン"?』と切り返している。


 その一言に『オッサン、アタシだって好きで歳取ってる訳じゃ無いんだが? 勝手に年齢が増えてるだけで、心はまだまだ若いつもりだぜ!』と言い返すも、即座にヴァルターも『ふむ、なら儂も同じ意見だな。

 儂とて好きでジジイになっておる訳ではないのだからな。気持ちは未だに若いつもりだぞ?』と、年甲斐もなく反論している。

 この二人の大人の様子を見ていた小蓮は……



『あ~、コレが所謂"どんぐりの背比べ"というモノなんですね。いづる様にせよ、彼方のヴァルター様でしたか?

 似たような意味の発言の応酬をする辺り、口論は「同じレベルの者同士でしか起きない」というのも分かる気がしますね。』



 ……などと心の中で思っていたのであるが、運が悪い事にその思った事が顔に出ていたのか、即座にいづるとヴァルターの双方から突っ込まれるのだった。






 一方、困惑と混乱という名の思考の海に沈みつつあった那苗。

 そんな彼女に話し掛けてくる人物がいた。それは誰あろう美鶴であった……



『あの~、大丈夫ですか? 少し顔色が優れない様に見えますけど……』



 この一言を聞いて、声の主の方を見た那苗だったが、見た瞬間ビックリして思わず背後に飛び退いてしまう。

 なぜなら、那苗の目の前に美鶴の顔があったからである。その距離、およそ30cmもなかったという。

 かたや美鶴の方は、那苗が飛び退いた事に対してビックリしたらしく、『うわっ!?』と一言唸るものの、即座に『あ、あの、驚かせてごめんなさい。

 ひどく沈み込んでいたようでしたので、ついお声をお掛けしてしまいました。もし不快でしたらお許し頂ければと思います。』と告げている。


 それを聞いて、那苗はと言うと『あ、いや、別に謝る事じゃない……です。』と、妙に柄に合わない大人しめな口調で答えており、それを聞いた美鶴が『そうですか。とりあえず怪我とか無くて良かったです。』と、ホッとしたのか少し笑顔を見せつつ述べている。

 その時、この笑顔を見た那苗は一瞬彼女に視線が釘付けになったものの、すぐに我に還って自身の顔が妙に熱くなっている事に気付く事となる。


 この時の那苗の心の中の混乱振りたるや『な、一体どうしたんだ私は。このお嬢ちゃんの笑顔を見ただけで変に顔や身体が熱くなる。こんな事、戦場でも経験が全く無かったのに。一体どうなってるんだ、私……』と思うほどであり、この自分の中に芽生えた言い知れぬ感情に対して戸惑っていた。


 そんな状態になっている事を知らない美鶴は、那苗に『……あの、本当に本当に大丈夫ですか? 先程からお顔が紅潮している様に拝察しますが、ひょっとして風邪を患っていたとか?

 もしそうなら、すぐにお医者さんに連れて行かないと。』と言うなり、近くでレベルの低い言い争いを続けていたいづるを呼ぼうとした。

 当然だが、別に病気でも何でも無かった那苗はすぐに美鶴を呼び止めて自身は何ともない事をアピールして彼女の行動を制止している。


 その後、改めて互いに自己紹介をする二人だったが、那苗の顔の紅潮具合は変わらないままであった。

 この様子を言い争いを終えて見ていたいづるは『ふ~ん……。このちっこいの、うちの娘に対して変な気起こしてねぇだろうな? ま、とりあえず変な虫が一匹加わったって事でアタシの心の中の要注意人物リストに加えておいてやろう。』と思ったのは言うまでもない。

 また、小蓮は『山県さんですか。どうやらお嬢様の事を気に入って頂いたみたいで良かったです。しかし、パッと見ると妙に"猫口"というか"兎唇"というか、そんな小動物ぽい印象がありますね。』と思うのであった……






 ― つづく ―


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