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春と夏の狭間にて。その8



 さて、時は少し遡って桜が散り若々しい葉桜が目立つ様になった頃。


 学級会の役員決めに於いて、東雲美鶴は今川美紗音ともども保健委員に推薦されてしまった。


 保健委員というモノが如何なる代物か?

 そういう知識を持たない美鶴は、取り敢えず怪我人や気分具合が悪くなった学級の生徒や、他の学級の生徒を保健室に連れて行くのが保健委員の役目であると聞かされ、それを頑張って全うしようとしていた。


 そんな中、友人である"石田なりみ"がちょっとした擦り傷を負った事から、美鶴と美紗音は彼女と更に別の友人である"近島さちか"を伴い、保健室に向かう事となる。


 そこで二人は保健室の主でもある人物の素性を知る事となったのである……






『すみませ~ん。保健の先生は居られますか? 友達が怪我をしたので診て貰いたいのですが……』



 美紗音が保健室前の扉の前に立ち、部屋の中に居るであろう人物にその様に呼び掛けた。


 この時、明らかになりみの表情は実にバツの悪いモノとなっていた。

 美鶴はそんななりみの様子に気づいたものの、彼女が何故そんな表情を見せていたのか理解出来なかったという。


 もっとも、さちかの方は何かを既に察していた様で、その表情たるやちょっと小意地悪なモノとなっていた。


 美紗音の呼び掛けに対し、応じる形で部屋の中から"一人の女性"の声が聞こえた事から、美紗音が先に入るという形で扉を開いて室内に入る事なる。


 なお、なりみは当初『このくらいの擦り傷、大したことありませんわ!』と、珍しくムキになって保健室行きを拒んでいたらしいが、保健委員としての役目を全うしようとする美鶴に半ば強引に引っ張られて来たのが実際のところだったりする。


 そして保健室に入室したところ、美鶴と美紗音から見て"文字通りの美人"と形容できる白衣を羽織った女性が執務用の机を挟んで向こう側の席に座り、机の上の書類に目を通していたところであった……




「あ、あの、保健の先生、お時間宜しいでしょうか? 学友の石田さんが擦り傷を」


「え? なり……んっん、石田さんがお怪我をしたのですか?」


「え、ええ。そうです。」




 美紗音の問い掛けに対して、明らかになりみの名前を言いそうになったかのような感じで反応した保健室の主。

 その不自然な反応に対して普通に応じる美紗音だったが、内心不自然さには気付いていたようであった。



『あれ? いま石田さんの事を名前で呼びそうになった様な気がしたのだけど……』



 その様に不思議がる美紗音だったが、不思議がったのは彼女だけではなく後ろに控えていた美鶴も同じだった様である。

 ふと、隣を見ると何とも言えなさそうな表情を見せるなりみと、何やら含み笑い必死に抑えるような仕草を見せるさちかの姿があった。


 何故二人がその様な反応をするのか?解らないでいた美鶴だったが、程なく堰を切ったかの様に笑いが吹き出したさちかの口から出た言葉を引き金に知る事となる……



『ぷっ、だ、ダメだっ! もう我慢できない。……すみません"小百合おばさん"、事情を知らなさそうな保健委員の二人に説明して良いっすか?』



 こう切り出すと、小百合おばさんと呼ばれた保健室の主の返答を待たずにさちかは説明を始めた。

 曰く『二人とも聞いてくれ。なりみの奴が保健室に行くのを避けようとしたのは、こちらの"保健の石田先生"がなりみのお袋さんだからなんだよ。』と。


 この説明を受けて、美紗音は驚きの表情を見せたが、美鶴はと言うと『お袋さん? ああ、確か母親を指す単語でしたね。』と、端から見たらズレた事を口にしている。


 その美鶴のズレっぷりとも、すっとぼけとも取れる発言に美紗音とさちかは苦笑いを浮かべていたが、なりみの口から『ちょっと! 怪我人を放置してなに話しをしているんですの!?』という抗議の声が投げ掛けられる。


 だが、その際二人を視界に入れる為に彼女らの側に身体の正面を向けた為、背後に移動してきた人物の存在に気付くのが遅れる事となる……



『なりみ! 怪我をしたのね? すぐに傷を見せなさい!』



 この声と気配になりみが気づいた時には、既に擦り傷を負っていた腕が掴まれていたのは言うまでもなく、このあと気恥ずかしさから抵抗気味に抗議するなりみと、そんな娘にお構い無く傷の治療を行おうとする母親の姿が繰り広げられた。


 しかしこの時、室内を仕切るカーテンの向こう側のベットで昼寝をする"居候"の存在があった事に、この時点では保健の先生こと"石田小百合"以外は全く気付いてなかった……
















 実の母親である保健室にの主に治療を受けて、なりみが抵抗気味に騒ぎ、彼女を連れてきていた他の三人がその様子を微笑ましく見ていた……まさにその時。

 室内を仕切る薄手のカーテンの向こう側から『おい、うるせぇぞ! 人が寝てるのに騒ぐんじゃねぇ!!』という女性の怒鳴り声が放たれたのである。


 美紗音らがその声に思わず驚く中、ひとり美鶴だけはその声の主が誰であるか即座に理解していた。

 そしてカーテンの向こう側の存在に向けて一言……



『那苗さんや小蓮から妙な話は聞いていましたが……本当に、こんなところで、なに油を売ってるんですか、かーさまっ!!』



 最後に語気を強めてその一言を発すると同時に、美鶴は仕切りカーテンを勢い良く開く。

 すると、カーテンの向こう側にある急患用ベットの上で今まさに起きたばかりの長い髪の毛がぼさぼさ気味な大人の女性が、寝ぼけ眼を擦りながら胡座を掻いてベットの上に座していたのであった。そして……




「や、ありゃ? これは美鶴さんじゃありませんか。」


「美鶴さんじゃありませんか……ではありませんよ、かーさま! 貴女はここで何やってるんですか!?」


「あ、いや~、なに、娘がちょっと心配で様子を見に来るついでにこちらで茶飲み話をだな……」


「茶飲み話ついでに昼寝ですか。大した身分ですね、かーさま。……後で色々お話しを聞かせて貰いましょうか?」




 美鶴がかーさまと呼ぶ大人の女性との会話だったが、明らかに語気が強まる彼女の姿を見て何かを察知したのか?

 その大人の女性……"東雲いづる"は慌ててベットの上から飛び上がり、美鶴の目の前に着地。と同時に土下座してみせたのであった……






 ひたすら土下座する大人の女性と、語気強めに説教する美鶴の姿を見て、その女性を見知っている美紗音は兎も角、治療を終えたばかりのなりみと付き添いのさちかは目を白黒させていた。

 美鶴が転入学してきて友人関係となってからまだ日が浅いとは言え、美鶴が語気強めで大人を説教するという光景は、かなり衝撃的……いや"笑撃"的ですらあったのだ。


 その様な感じで見ていた二人は、美鶴が"かーさま"と女性を呼ぶ事から、この人物が美鶴の母親である事を認識するのであるが、二人にとって驚く事はそれに留まらなかったのである。

 それは保健室の主でもある石田小百合の一言に端を発する……



『あらあら、流石のいづるも娘には頭が上がらないのね。』



 この一言を聞いたなりみとさちかの反応は各々事なる物であった。

 なりみは母親の言葉から説教を受けている人物が、母親と親しい関係であろう事を察したのであるが、問題はさちかの方であった。

 普段、糸目気味に開いてるのか閉じてるのか判別し難いその瞳が、小百合のある一言を聞いて思わず大きく見開いたのである。


 それに気づいたなりみは『さっちゅんが目を見開くだなんて……。滅多な事では見開かない事を考えれば、凄く驚いているという事になりますわね。』と内心思い、すぐに彼女の袖口を掴みつつ軽く引っ張り意識を自分の側に向けさせた。

 当然の事だが、驚いた理由を聞く為であった……




「ん? どうしたなりみ。急にあたしの袖口を引っ張るなんて小さい子どもみたいな事を……」


「どうしたもこうしたもありませんわ。さっちゅんが目を見開くなんて姿を見て、何も感じないわたくしと思ってますの?」


「ありゃ、気づいたか。……小百合おばさんが言った一言を聞いてちょっと驚いたのさ。」


「お母様の? 何か気になる事を言いまして?」


「ああ、大有りだ。……今さっき小百合おばさんは"いづる"って口に出しただろ? あたし、その名前を少し前に聞いたんだよ……お袋から。」


「ええっ? さっちゅんのお母様から!? ……それって、つまり東雲さんの、恐らくお母様だとは思いますが、あの大人の女性の方をさっちゅんのお母様はご存知という事に?」




 そう語ったなりみに対し、さちかは『恐らくな。』と一言述べて肯定の意思を示した。

 その上で『ま、直接聞けばハッキリするだろうけど、"その通り"であれば中々面白い縁で繋がってる事になるな。東雲さんとあたし達は。』と告げた。


 そしてさちかは、美鶴が説教を一通り済ませたのを見定めたあと、しょんぼりしていたいづるの側に移動している。無論、白黒をハッキリさせる為であったが。






 娘である美鶴から説教されてしょんぼり気味になっていたいづるは、自分の側に移動してきた"実年齢に反して背丈がある少女"の存在に気付く。

 そして、その少女を一目見るなり……



『なっ!? もろもろ!? ……に、何処と無く似てやがる。お前、何者だ?』



 ……と、少し驚いた表情をしながら言葉を口に出していた。


 これには同じように側にいた美鶴から『かーさま、その物言いは初対面の人に対して使うモノではありません! 近島さんに謝って下さい。』という、今度は怒気込みの一言が飛び出す事となる。


 美鶴に怒られる形となったいづるだったが、彼女の意識はこの時娘ではなくさちかの方に向けられており、程なく『このノッポ嬢ちゃん、近島って言うのか? ……ん、そういえば確か"お花畠"の奴が言ってたもろもろの奴の結婚先の家の名字が近島とか言ってたような……』と口走っている。


 なお、さちかをノッポ嬢ちゃんと評したいづるだが、身長自体はいづるの方が上である。

 土下座状態から仰ぎ見る形となった為に、必要以上にさちかの背丈が高く見えただけなのだが、それに加えて彼女の顔に昔の友人の面影があった事から、あれこれ口走った模様であった。


 そんな光景を見ていた保健室の主、石田小百合が『そろそろ種明かしして良さそうね~。ここに居るみんなの関係、決して無関係って訳じゃないから。』と一言述べた事から、一同の視線が彼女に集まる事となる。


 そして小百合の口からこの場に居る少女達の親世代の関係が語られるのであった……



『さて、種明かしをしようと思うけど、どこから話そうかしら?』



 こう語り始めた小百合に対し、土下座状態から立ち上がったいづるが『種明かしだぁ? 何を言おうとしてるか知らないが、言うならさっさと言ってくれ。』と言ったまでは良かったのだが、続けて『サ……』と最後に何かを言いかけたものの、直後に小百合から鋭い視線が向けられた事から慌てて『小百合さん。』と言い直している。


 周りに居る少女達にはなんの事か解らなかったが、どうやら小百合の本当の名前は家族や顔馴染みにすら伏せられているらしく、いづるが思わずそっちの名前で呼びそうになった為に一睨みが入ったというのが実際のところであった。

(いづるにとっては"小百合"というより"サレナ姫"という認識である為、ついついそちらの名前で呼んでいた模様。)






 さて、余計な一言を言いそうないづるを一睨みで黙らせた後、小百合は改めて説明を始めている。


 まず実の娘であるなりみと自身の関係、そして自身といづるの関係を簡単に語っている。

 これに関しては保健室に入ってから今に至るまでの流れで美鶴達は一通り理解できていた。


 そのあと、ベットで昼寝していたいづると美鶴の関係を軽く説明している。

 ただし、この時点では両者の関係が"義理の"という枕詞(まくらことば)を付ける代物である事は伏せていたが。


 そして最後にさちかの親といづるの関係を語る。その内容はさちかが想像した通りのモノであったが、いづると美鶴の二人は温度差こそあれ一応に驚いていた……



『このノッポ、マジでもろもろの娘だったのかよ。……全く親に似るとはこういう事を言うんだな。』



 いづるがこう語る一方、美鶴は『近島さんのかーさまが私のかーさまとご友人だったなんて。世の中、実に狭いモノなのですね。』と語っている。

 二人の反応を受けて、さちかはと言うと『お袋からいづるって名前の東雲姓の友人がいたって話は聞いていたが、その時点じゃ同姓の他人くらいだろうと思ってた。』と語り、続けて……



『しかしまあ、こうして背後関係か? それがハッキリしてむしろ良かったかもな。』



 ……と述べると、なりみの口から『まったく、東雲さん……あ、東雲さんが二人いる状態ですわね。んっん~、美鶴さんではありませんが、世の中本当に狭いですわね。』という感想が漏れでるのだった。


 そして、なりみとさちかの二人は、いづるの方を見て『改めて美鶴さんのお母様(お袋さん)、よろしく……あ、こういう場合は"おばさま(おばさん)"と言うべきか?』と二人同時に口走った事から……



『ほぅ、初対面相手におばさま、おばさん呼ばわりか。こりゃ、躾甲斐がある小娘共だなぁ~?』



 ……と、如何にも悪党面した女性が、何やら背後に妙な陽炎を漂わせつつ二人に迫ろうとしたのは言うまでもない。


 なお、その直後に美鶴から『かーさま、それは一般人に向けていい威圧感ではありません。すぐに引っ込めて下さい。でないと、伊鈴お婆様やサーナさんに話を通さないとならなくなります。』と、こちらも普段見せないような恐い目付きでいづるに迫ったのである。


 その結果は明白だった。娘からそういう態度を示された母親は意気消沈し一気に萎えてしまったのであった。

 この様子を見て、小百合は『あらら~、流石のいづるも娘さんには頭が上がらないのね~。』とニコニコしながら語り、なりみとさちかの二人は美鶴の口から更に知らない人物の名前が出てきた事に関して多少は気になったものの、今すぐ知る程ではないという結論に至っていた。


 一方、美紗音はと言うと『"伊鈴お婆様"が隠居岳の裏手の方であるというのは解るとして、"サーナさん"というのは……もしかしてあの時空間を切り裂いて門を作った金髪の小さい子の事なのかな? そういえば改めて思うけど、あの子、一体何者なんだろ?』と思うのであった……
















 そして時は流れ、美鶴達はクーリアを連れて学生寮へ向かっていた。


 学生寮へ向かう最中、クーリアはなりみの母親が学校の保健医をしている事や、美鶴の母親が保健室で居候をやっていたりしている時がある事。

 その過程で皆が互いに色々な繋がりの下にある事などを聞き知るのであった。


 程なく学生寮に着いた一同の内、美鶴と美紗音は一度自室に向かい私服に着替えて来る事となる。

 その際、寮内の詰所に居た守衛の者に対して那苗と小蓮に寮へ戻って来る様に連絡をして貰ったという。






 守衛の任で外出していた那苗と小蓮の二人が寮に来たのは、それから数分ほど経過してからだった。


 もっとも、これでも普段よりは急いで来た方だったらしい。

 単に呼ばれるならもう少し遅くても良かったのだが、如何せん呼び出し主が美鶴だと知った為か、とにもかくにも急いで来たのだという。


 だが、二人は寮の出入り口が視界に見える距離にまで来た段階で、美鶴らと一緒にいるクーリアの姿を目視確認してしまうのであった……






 ー つづく ー

 


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