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春の章その2(前編)



 ……さて、いづる達が早岐駅に到着して、少しばかり時が過ぎた頃。

 その駅の北側に鎮座する"隠居岳(かくいだけ)"という山の、更に北側の山間部の山里。その集落から多少は山奥に入った森の中に、一件の木造平屋建ての家屋が在った。


 その家屋の庭先にて、一本の鉈を片手に、薪割りを繰り返す一人の人物が居た。

 その容姿、傍目から見れば十代半ばを過ぎた小柄の女性なのであるが、問題は纏っている衣服の選定……即ちチョイスがいささか農家の老婦人じみている事であろうか?

 顔立ちこそ一目見れば俗に言う"美少女"寄りなのだが、その外見とミスマッチしている衣服の為か、遠目に見れば酷く歳を取っている様にも思えるし、何より纏う雰囲気からして見た目不相応な物であった。

 季節と山奥という事からか、そういう老婦人じみている衣服の上から更にドテラを纏う件の女性。数度となく手に持つ鉈で薪を割り続けていたその動作は……


 "不意の来客"の登場によって止まる事となる。




「ん、誰だい? あたしが張っている"人避けの結界"の中にすんなり入り込んで来るとは。"火"や"土"や"風"とは違うね。となると……」


「……相変わらず隠居生活を楽しんでおるようじゃのう。元気そうで我も一安心かのぅ?」


「何だ、誰かと思えば"お主"か。確かにお主ならばあたしが張る結界程度、障子紙を破るより容易(たやす)く入り込めるか。しかし、入り込むのは兎も角、わざわざあたしの家の中から姿を現すのは止めて貰えぬか? 所謂不法侵入という事で司法官憲(=警察官の事)に突き出さねばならぬのだが。」


「ふっ……そなた、少し冗談が上手くなったか? たかだか司法官憲如きで我をどうこう出来ようもあるまいて。」




 その様に小柄の女性に話し掛けた人物。その人物もまた見た目は輪を掛けて小柄、具体的に言うと幼稚園児か小学一年生程度の女児にすら見える。

 だが、見た目はともかく、その纏いし衣は明らかに異彩を放っていたのである。

 解りやすく語ると一見少年と見間違える程度の長さの金髪と、(みどり)の月を連想させる色の眼を持ち、顔立ちは見た目相応の幼さを感じさせていた。

 そして派手さはあまり無いものの、"巫女装束"を模しつつ何処か縄文時代や弥生時代の衣装を思わせる意匠を散りばめた物を纏っている。


 そんな"謎の少女"が、鉈を持つ女性の家の中。具体的には縁側から庭先へと降り立った訳だが、簡単な足袋を履いたまま屋内から現れた事に関して突っ込むのは野暮というものだろうか?

 実際、家主たる鉈を持つ女性も『土足で人様の家から出てくるとか、何を考えている!?』と言わんばかりに少し表情を歪めていたのであるが、相手が顔見知りであったが為にそこまで追及する事はなかった。


 そして歪めた表情を改めると、彼女は『ところで、今日……いや、今回は何をしに"この世界に(あらわ)れた"んだい?

 そしてお主は何人目の……いや、正確には"何柱目(なんはしらめ)"のお主かねぇ?』と言葉に出したのだった。


 それに対して件の謎の少女はというと、その問いに『さぁて、我は何柱目かのぅ? 一柱目(ひとはしらめ)二柱目(ふたはしらめ)三柱目(みつはしらめ)か……。』と、不敵な笑みを見せつつ返したのだった……
















 それから数分、双方の間で軽く会話のジャブを繰り広げていたが、鉈を持つ女性の側から謎の少女に向けて『そろそろ姿を顕した目的を教えて貰えないか?』という問い掛けがなされた事から、謎の少女はそれに対する返答を行うのだった。



『ん、そうじゃの。そろそろ本題に答えてしんぜようかの? だが、その答えは既に汝も承知していよう……かつての"水の鬼の王"よ。先刻、南の方角から"鬼気"の迸りが短時間だけ立ち昇ったのは感じ取ったであろう? 後は我の口から言わずとも解ると思うが?』



 この返答を聞いて、"かつての水の鬼の王"と呼ばれた人物は、謎の少女の発言を否定する事はなく『ああ、成る程ね。"あの子"が戻ってきたから、こっちに顕れた訳か。しかし、そうなるとお主の事だ。あの子がここに戻ってくる事なんて先刻承知済みなんじゃないかい?』と切り返し、次の反応を待った。

 その切り返しを受けて、謎の少女は軽く鼻で笑ってみせつつ『まあ、否定はしないがな』と言わんばかりの表情を見せている。

 そしてその後、双方の間で更に会話がなされていく……




「まあ、いづるの奴がこの地に帰ってくる事に関しては汝の申す通り察知してはいた。が、しかし今になって何ゆえ呼び寄せる様な事を? 別に何か不都合があった訳でもあるまい。」


「あの子自体には不都合は無いさ。むしろ、不都合があるのはあの子が連れておる娘……美鶴の事さね。美鶴も今年で13歳になる。流石に何時までも学校に通わせないって訳にはいかないって話があるのさ。」


「ん、学校? あの無駄に座学ばかりで面白味が大してなさそうなアレか? 昔、いづるも退屈そうに過ごしていなかったかの? あんなのに……その美鶴とやらを縛り付ける気か?」


「それは言い過ぎだねぇ。いづるは兎も角、美鶴の場合は事情が違う。美鶴には将来……」




 そこで一区切り入れると、次の瞬間、かつて水の鬼の王だった女性……"水梨伊鈴(みずなしいすず)"は、斯く言い切っている。



『多くの者達の頂点。長命種や鬼族、兎人族などの高天原に住む者。そしてヤマト国に住まう者らの主座、至高の位に将来座して貰う予定の立場だからねぇ。今の内から学識知識を修めて貰わないと……』



 この様に伊鈴が述べたところ、謎の少女の側も大体の事情を察したのか?『ふむ、そうか……成る程。いづるが連れておる娘はそのような存在であったか。そうなると我や他の"別天津神(ことあまつかみ)"にとっても決して他人事……いや、神ゆえに"他神事(たしんごと)"ではなさそうであるな。』と述べたのであった。

 その言葉を受けて、伊鈴は別天津神を称する謎の少女を改めて見ており、少女が首から提げて身に付けている一つの"勾玉"を見ると、少しだけ溜め息を出しつつ、内心で斯く思う事となる……



『やれやれ、容姿が基本的に他の柱神と同じゆえ直ぐには解らなかったが、やはりお主であったか。暇を持て余しておるとは言え、"源初の神の一柱"がこんな所をさも当たり前の様に徘徊するのもどうかと思うぞ?

 その昔、我ら"四人の鬼の王"を手玉に取って翻弄した、"サーナ"と自称していた大神よ……』



 伊鈴がその様な事を思っているなど知ったか知らずかは定かではないが、彼女が内心でサーナと呼んだ巫女装束の"見た目は少女な存在"は、何事かを考える素振りを見せた後、伊鈴に対して『……ところで、いづるや美鶴が地元の駅に到着するにあたり、誰か迎えの者でも出しておるか?』と訊ねている。

 その問いに対して伊鈴は『ん? 迎えの者か。確か、アタシの後任と当代の水の鬼の王が迎えの者を駅に差し向けていよう。心配には及ぶまいさね。』と答えている。

 それを聞き、"巫女装束の少女擬きの神"は『左様か。なら、程無く我とも顔合わせも出来るであろうな。我にとっては謂わば末裔とも言える存在でもあるからな。』と述べたが、その直後……



『ま、一つ心配なのは、いづるが人並みに保護者としての責務を果たしておるかどうかであるな。アレは昔から大雑把と言うかガサツと言うか、そんな感じであったからのう。』



 ……と、小言とも言えなくもない呟きを発し、それを聞いた伊鈴は思わず吹き出し笑いをしつつ『全てを識る"神の中の神"が心配性全開とはね……。昔の事を思えば、お主も色々と変わったねぇ。』と、からかい気味に言葉を発した。

 当然だが、からかわれたと気づいた少女擬きの神が鼻息荒くプンプン不満を露にしたのは言うまでもない。

 しかし、不満を露にしたとは言うものの、何かおかしな事が起こる訳でもなかった。

 大昔なら、世界の一つや二つを軽く消し飛ばして不満を発散していたところだが、伊鈴をして『色々と変わった』と評される程には(かど)が丸くなっていたのであった……






 ー 後編へつづく ー

 






 

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