春と夏の狭間にて。その2
……その日、山の上の学校の一年甲組には緊張感が走っていた。
切っ掛けは数日前、学級に属する女子生徒が聞き付けた話であった。
その生徒曰く『今度、うちの学級に転校生が来るみたいなんだけど、その転校生……何とアメリカから来るらしいんだって!』
この話が出た直後の甲組の様子たるや実にさまざまな反応だったという。
好奇心を掻き立てられる者。かつての敵国の人間という事で警戒感を持つ者。表向き無関心を装う者。千差万別である。
そんな中、東雲美鶴は友人達と新たなる学友となる人物に関してあれやこれやと話をしていた……
『アメリカという所からわざわざ来るのは、何か事情があっての事なのでしょうか? 』
こう切り出した美鶴に対し、学友の一人である"石田なりみ"は『昔、わたくし達の国と戦争をしていた国から来るのに事情も何も。きっとスパイに決まってますわ!』と、鼻息を荒くして持論を唱えていた。
もっとも、その持論もなりみの友人である"近島さちか"から呆気なく否定される。
彼女曰く『そんなあからさまなスパイがうちの学校に入ってくると思うか? 事前に身辺調査とかやって怪しければそこで落とされてるハズ。それが通ったという事は疚しい事が無かったって事だろうさ。』と。
さちかの発言に『ぐぬぬ……』と言わんばかりに表情を歪ませるなりみとは対照的に、今川美紗音は『アメリカから来る以上、断崖絶壁から落とされる覚悟があると思うよ。でないと来る意味が無いと思うし。』と語る。
そんな友人達の発言を聞き、美鶴は『皆さんの意見は一通り聞きました。ですが、"百聞は一見に如かず"という言葉もあります。ここは実物を拝見するまで変な詮索は避けるべきと思います。』と述べ、結論は後回しにすべきという旨の事を告げた。
その上で美鶴はなりみに対して『石田さんは学級総代ですから、特に色眼鏡は避けるべきと思います。でないと……相手を見誤る事にもなりかねませんから。』と、釘刺しの一言を告げている。
これには流石のなりみも『うっ……わ、わかっていますわよ。学級総代として、それに相応しい対応をして御覧に入れますわ。』と返すのであった。
そして、問題の転校生が来る日。
甲組の生徒が座る座席が一つ増えたのだが、その場所が窓際の一番後ろであった事から、アメリカからの転校生が学級の誰よりも背丈が大きいのではないか?という予想が立つ事となる。
そして、その予想は外れてはいなかったのである……
『皆さん、本日は新しい転校生を紹介しますね~。』
学級担任の中堀先生の一言から、甲組生徒全員の視線が出入口に集中した。
春先に美鶴が転入してきた時は、位置関係から見えなかった者もいた為、今度は見逃さないと言わんばかりに皆が皆して一点に視線を向けたのである。
そして、その転校生が入って来た時……
『うわぁ、大きい!』『近島さんも大きいけど、それより更に背が高いよ。』『アメリカの人って話だから、てっきり金髪だと思ったけど、ちょっと違うね~。』
……などなど、さまざまな意見が出たのは言うまでも無かった。
さて、その現れたアメリカからの転校生。
背丈は同世代の平均的なヤマト人女子のそれと比して頭一個分は余裕で高く、髪の毛の色は残念ながら金髪ではなく、どちらかと言うと赤みを帯びた茶髪という感じであった。
その髪の毛をだいたい背中の辺りまで二つお下げにして伸ばしており、如何にも"ザ・田舎のアメリカ娘"感を醸し出していた。
もっとも、その身体つきは将来的に恵体となるであろう事が予想できる位には豊か寄りであったが。
そして彼女は中堀先生に促されて自己紹介を行う……
『ハ~イ、ハロ~。ワタシ、アメ~リカカラキマシタ"クーリア・モルゲン"デース! ミナサ~ン、ヨロシクネ!』
如何にもな自己紹介を行ったクーリアと名乗る謎のアメリカ娘を前に、一瞬だが甲組の空気が冷えた様な気がした……と言われている。
その証拠かどうかは定かではないが、担任の中堀先生の表情が実に冴えなかったのである。
そして、彼女の口から『あ、あの~モルゲンさん? 失礼だけど貴女、さっき職員室にいた時は普通にヤマト語を喋ってなかった? 今になってソレは無いと、先生は思いますよぉ?』という一言が飛び出し、それを聞いた生徒達は『え?』という反応を大なり小なり見せたという。
なお、美鶴は可能な限り顔色を変えない様にしていたが、初めてみるアメリカ娘に対する興味が先行していたとか。
中堀先生から突っ込まれた形となったクーリア。
一息深呼吸を入れつつ、一旦瞳を閉じて精神集中でもするかの様な態度をとった……と思った次の瞬間……
『いや~、バレバレだったカァ~。流石にさっきまで普通にヤマト語で喋っていたのに、急にこんな古典的自己紹介とかやったラ、そりゃドン引きですよネ~。んっん~、では改めて自己紹介ヲ。私の名前はクーリア、クーリア・モルゲンでス。知っての通りアメリカから色々込み入った事情があって留学生としてこちらに来ましタ。ヤマトの事はまだ座学レベルの知識しかありませんガ、皆さん御手柔らかにお願いしますネ。』
……パッと瞳を見開くと、とても明るい表情を見せながら自己紹介を一通りやって見せたのである。
そして何よりヤマト語が堪能だった事に甲組の面々は驚かされたという。
後で解った事だが、クーリアはアメリカで第二外国語としてヤマト語を学んでいたという。これも父親が現役軍人だったからだろうか?
彼女の改めての自己紹介後、明らかに圧倒された甲組生徒達であったが、程なく一人、また一人と拍手を以て歓迎の意を示していった。
美鶴や友人達もその例に漏れず、強弱はあれども自然と拍手をしていたのである……
朝礼が終わり、授業時間までの間、学級の生徒のみならず他所の学級の生徒も噂を聞き付け窓際最後方のクーリアの席の周辺に人だかりが出来ていた。
春先の美鶴の時同様、所謂質問攻めに遭うクーリアだったが、美鶴とはまた違ったかなりフレンドリーな対応をしており、また詰まる事も無かった為か、大過無く切り抜けている。
そして時間は流れて昼休みとなった時、このアメリカ娘は入室時から視線内に入っていたものの、人だかりへの対応から接触出来てなかった"視線の直線上に見える白銀髪の後頭部"の人物……
つまり東雲美鶴の下へと足を向けたのである。なお、この時彼女はいつもの学友達と雑談をしていたが。
「ハ~イ、そこの"ホワイトシルバーヘアのプリティーガール"、まだ挨拶をしてなかったネ~。私は……」
「クーリアさんですね。承知してますよ? 朝、自己紹介してたじゃないですか。鳥頭ではないので忘れませんよ。」
「アウチッ!! オーノゥー、既に把握済みでしたカ~。……中々シッカリ者のガールですネ。」
「確り者ですか。まあ、確かに小蓮からはそう評価されてますが……」
「コハス? 何ですかソレ? 人のネームですよネ?」
「人のネー……名前です。私にとっては家族みたいな存在です。クーリアさんも近い内に会う事になるかと思います。」
「オゥ、ソレは楽しみですネ。プリティーガールのプリティーファミリー、是非是非会いたいでス。」
「……(プリティー? アメリカ語でしょうか? 余り聞かない単語が出てくると、判断に困りますね。ただ、仕草などを見る限り、悪い事を言ってる訳ではなさそうですね。)」
……美鶴の前に現れ、軽く話し掛けるクーリアに対し、美鶴も軽く応じる形で対応し、双方の会話第一回戦は一旦終了する。
何故ならば、美鶴の側にいた学級総代が話の切れ目に割り込んできたからである……
「モルゲンさんかしら、ちょっとよろしくて?」
「ホワッ!? ……ええっと、この"スモールガール"は誰ですカ?」
「ちょ!? ス、スモールガールですって! ……確かスモールって小さいって意味でしたわね……って、わたくし確かに小柄ではありますが、それを露骨に言われたのは初めてですわ!」
「オゥ、どストレートに見たままを言ってしまっタ~。アイムソーリー、ごめんなさいでス。……ところでアナタはどちら様ですカ?」
「はぁ、アメリカ娘はこんなノリですのね。……まあ、それはそうと改めて。わたくし、この甲組の学級総代を務めている石田なりみと申しますわ。」
「イシダーナリーミさんですカ。ワタシはクーリアでス。学級総代って意味は良く解りませんがよろしくネ。」
「あ、いや、石田、なりみ! ですわ。変に伸ばさなくて良いですわよ! ……あ、それとこっちにいるのっぽさんは"さっちゅん"ですわ。」
……会話の最後に唐突に振られる格好となった"さっちゅん"こと近島さちかは『おいコラ待て。そこで唐突にあたしを紹介するのはともかく、人前でさっちゅん呼びするのは止めろ!』と抗議した。
だが、ある意味手遅れだった様である。クーリアがさちかを見て『オゥ、サッチューンですカ! 中々面白い名前ですネ。よろしくでス!!』と話し掛けてきたのだった。
これに対して彼女は『あ、いや、クーリアだっけ? あたしの名前は近島さちか、さちかっていうマトモな名前があるから。そこの総代サマの言ってる事を真に受けないでくれ。それだけは頼む……』と述べて、サッチューン呼びを止めさせようと試みたのであった。
その後、三者で会話が続いたものの、とりあえずサッチューン呼びに関してはクーリアが取り下げた事で一応沈静化したものの、最後に『だけどサッチューンは可愛いと思いま~ス。』と述べると、さちかが普段にない表情を見せてその呼び方を止めるように懇願する、そんな貴重な場面を周りの者達は目撃するのだった。
「……おいなりみ、後でお袋さんに報告しておくからな?」
「ちょ!? そ、それは卑怯ではなくて!?」
こんな会話を横目に置いて、クーリアはある意味沈黙を保っていた美紗音に視線を向けていた。
クーリアがなりみやさちかと会話を交えていた間、彼女は美鶴と二三会話をしていたが、このアメリカ娘の視線が自分の方に向いた事を察すると、言い知れぬ緊張感に襲われたのである。
「……(うわっ、こっちを見てる~。そしてこっちに来そう。ど、ど、ど、ど、どうしよう。)」
「ハァ~イ、そこの……"ケマーリ"が似合いそうなプリティーガール。ワタシは」
「もう知ってます! それとクーリアさん、美鶴さんに対する自己紹介のやり方と全く同じ流れになってたけど、そういうのをヤマトでは"天丼"っていうんですよっ!あと、ケマーリって何ですか!? 蹴鞠の事を言っているのだとしたら、それはどちらかと言うと私のお姉ちゃんに振って下さい。今はここにはいないけど……」
「ワオッ!? 急に大声で反応されてしまった! ……それと"テンドーン"ですカ? 初耳ですネ。更にシスターもいるんですネ~。」
……美鶴に対して行おうとした自己紹介と同じ事を実行しようと試みたクーリアに、美紗音は二度目である事を"天丼"という言葉で表現しつつ応じた上、蹴鞠に関する事や姉の存在などを一気にまくし立てて言い放つ。
その姿に驚きつつ、クーリアが蹴鞠の存在を知っている事がこの時発覚する。しかしなぜ美紗音のことを蹴鞠が似合う女性であると評したのか?
……まあ、クーリアを知る女軍人が後日この時の事を知って語るに『またどうせその場のノリで言い放ったんでしょうよ。子供の頃から知ってる単語、覚えた単語をすぐに使いたがるところがあるし……』という評価であったようだ。
その後、美鶴らとクーリアの間で雑談が昼休みが終わるまで繰り広げられたが、この過程で美鶴はクーリアに関して『そこまで悪い方ではありませんね。アメリカの方という事でちょっとだけ警戒しましたが、少なくともこの方に限ってはその心配はありませんね。』と内心評していた。
もっとも、続けて『……今のところは、ですが。』とも思ったという。
斯くして、一年甲組にクーリアという彩りが加わり、美鶴の周囲は更に賑やかになって行く。
そして、それとは別にクーリア視点では学級の外で意外な人間関係を垣間見る事になるのであった……
ー つづく ー




