春と夏の狭間にて。その1
季節は流れ……いや、少しだけだが。
東雲いづる、美鶴母娘と従者の小蓮が佐世保に腰を据えて暫しの時が流れた。
色々とあったりなかったりという日々の中で、彼女らは日常を過ごしていた……
一方、アメリカから来航した戦艦ユニオンは、この頃連合軍の極東方面司令部がある"済州島"に到着しており、未だに地域の不安定要素となっていた"民国"と"帝国"及び"人民国"の動向に目を光らせていた。
先の戦役後、ヤマト国との間で領土の一部を無人緩衝地帯とする取り決めを約された民国と帝国、この両国はその事を大なり小なり屈辱的に感じていたという。
その為、次に戦役が再開されるとしたら民国か帝国、いずれかがヤマト国に仕掛ける形で始まる可能性が取り沙汰されていた。
済州島の連合軍司令部は、それを未然に防ぐ事を第一優先として存在していたのである。
(なお、済州島自体、先の戦役後の約定で無人島化されており、そこにアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、イタリアなどの陸海軍が島内各所に駐屯する形となっている。)
その駐屯地の内、アメリカ海軍が駐屯する基地の沖合いに停泊するユニオン艦内にて、当地の駐留アメリカ軍全体の指揮官でもある"ラウリッサ・W・パーシング"は、今日も今日とて書類の山と格闘していた……
『ぬがぁ~っ!! 毎日毎日、こんな書類作業ばかりでつまらないわ! このままだと、頭がどうにかなりそうよ!!』
そう愚痴る彼女であるが、古くからの部下であるモルゲン艦長(海軍大佐)は『また閣下が癇癪を起こしている。閣下がカッカ……とはこういう事なのだろうが、現地のトップとして少しは我慢して頂かないと……』と、内心思いながら彼女の様子を見つめていた。
そんな彼の視線に気づいたリッサ、一睨みしつつ『大佐、アンタ心の中で「閣下がカッカしてる」とか言うつまらない駄洒落を考えて無いでしょうね?』と、あたかも大佐の心の中を見透かしたが如き発言をした。
当然だが、まさにその通りだった為、大佐は『め、滅相もありませんよ!? なぜ小官が左様な事を考えねばならないのですか!』と、必死に否定していた。
その否定振りに引っ掛かりを感じるリッサであったが、とりあえず追及はしなかったという。
もっとも『あ~、こりゃ思ってたわね? 全く、昔から腹の内を隠すのが下手と言うか何と言うか……』と、内心呆れ気味に思っていたとか。
そんな事があったりした時より数日後、大佐の下に一通の手紙が届けられた……
「大佐、アンタ宛の手紙が来てるわよ。」
「ハッ……ん? 閣下が手紙を受け取ったのでありますか?」
「そうよ~、上官として部下の一挙一動に気を使うのは当然よ。って訳でホイどうぞ。」
「は、有り難く頂戴致します……ふむ、封は破られてはいないか。」
大佐の最後の一言に引っ掛かりを感じるリッサだったが、流石に突っ込むのも野暮と思いその日の事務仕事を始めようとしたのだが……
『ん、コレは……妻からの手紙か。何々……ふむふむ……な、なんだと! こっちに来るだと!?』
……という大佐の声を聞き、仕事の手を止めて大佐の席へと駆け寄ったという。
「ちょ、大佐! 一体何事よ? 誰がこっちに来るって?」
「ハッ、妻からの手紙の内容によると娘がこちらに……」
「大佐の娘っていうと、確か"クーリア"さんだっけ? 」
「はい。」
「ふむ……。彼女、今いくつになるんだっけ?」
「ハッ、今年で13歳になります。」
「なるほど、13……ね。もうそんなになるのか~。ふむふむ……」
そう語り何事かを考え込みだすリッサを見て、大佐は妙な不安に襲われる事となる。
そして、その不安は的中する……
「よろしい、ならクーリアさんにはヤマト国の学校に留学生という形で入って貰いましょう。」
「えっ!? か、閣下、暫しお待ちを。単に私の様子を見るために訪れるだけの娘に何をやらせようとしているんですか! こればかりは閣下相手と言えども承知する訳には参りませんぞ!!」
「うっさいわね。アタシが決めたからには引っ込めないわよ。それに何も彼女一人見知らぬ場所に放り込むつもりは無いわ。」
「我が娘だけではない? それは一体……」
……疑問に思った大佐が詳細を聞こうとしたものの、リッサは『まあ、その話はじきに解る事として、今は事務仕事をやるわよ。』と語り、大佐の質問をカットしにかかった。
こうなっては質問には答えないだろうと察した大佐は、その日に関しては訊ねる事はしなかった。
だが、この日から大佐の娘が来るまで、リッサの仕事に対する集中力が異常に高まっており、精力的にこなす姿が見られたという。
そして、大佐の娘である"クーリア・モルゲン"が当地に到着した時……
「ハーイ、ハロ~。お久しぶりネ、ラウりんオバさぐふぁ!?」
「人の顔を見たと同時にオバサン呼ばわりするかぁ? 全く、モルゲンファミリーの教育はどうなってんのよっ!」
「……あ、会ったそばから鳩尾にボディーブロウとは、さすがはらうりん小婆様……ゴホッゴホッ。」
「アンタ……もう一発打ち込まれたい?」
「の、ノーサンキューでお願いしまス……」
会ったそばからド突き漫才じみた事をするリッサとクーリア。
一応、実年齢的には祖母と孫くらいの年齢差があるのであるが、この二人はそれを感じさせない奇妙な関係を構築していたという。
さて、リッサは久しぶりに会ったクーリアをまじまじと舐める様に見回して『クーリア、アンタ……更に大きくなったわね。身長もだけどそれ以外の部分が。』と、何やら意味深な発言をしている。
その発言にクーリアは『いや~、背も伸びましたシ、身体付きもボッキュンボン寄りになりつつあるんだヨォ~。お陰様で今までみたいに自由が利かないと言うか何と言いますカ……』と述べるのだが、その直後……
『ぐはっ!?』
……クーリアの鳩尾に二発目のボディーブロウが打ち込まれていたのは言うまでもなかった。
実はリッサ、年齢のわりに恵体寄りであるクーリアに嫉妬していたりしなくもない。
何故なら、リッサは小柄な上に"色々と無かった"為だったからである。
さて、二発目のボディーブロウのダメージから立ち直ったクーリアは『と、ところでマイダディはどこに居ますカ? 小婆様が迎えに出てくるだなんて予想外だったりするのだけド?』と語り、父親である大佐がいない事を不思議がっていた。
それに対してリッサは『ああ、アンタのダディは今仕事中なの。まあ、直ぐには会えないと思って良いわ。』と述べた上で、クーリアにとっては予想外の事を話し出したのであった……
「ところでクーリアさん、突然の事なんだけどアンタ、ヤマト国に留学してみない?」
「えっ? ヤマト国に留学!? お、小婆様~、またまた御冗談を~。私、今来たばかりですシ、何の準備もしてないシ、ましてや何故ヤマト国に留学しないといけないのカ、さっぱり解らないのですけド……」
「準備一切はコッチで手配するわ。それに留学の話、実は先だってヤマト国を表敬訪問した際に相互理解と和解の一つとして話題に挙がっていた話なのよ。」
「いや、だから……それが何故に私になるんですカ? さっぱり解らないのだけド。」
「……結論から言えば、アタシが決めたからよ。このタイミングで貴女が来る。まさに好都合だったという訳よ。」
「ええ!? そ、そんなメチャクチャな。」
「メチャクチャだろうが何だろうが、アタシの決定は変わらないわ。それにこれ、実は既に大統領閣下にも話を通してるのよね。」
リッサの口から最後に出た一言に、クーリアは呆れていた。
母国の最高指導者すら知る話となれば拒否しにくい事態である。
恐らく父親が姿を表さなかったのも、この件と無縁ではあるまい。
そう思っていたところ、更に我が耳を疑う一言がリッサから放たれたのだった……
『まあ、貴女一人だと色々不便でしょうから、アタシも一緒に付き合ってあげるわ。』
……これが意味するところは即ち"極東方面駐留アメリカ軍のトップが留学生の後見人として一緒にヤマト国に行く"という、通常なら考えられない事を意味していた。
それゆえにクーリアも『ちょ!? オーマイガーッ! 小婆様、正気でそんな事を言ってるノ? そんな事をしたらこの基地の軍人さん達の面倒はどうなるのヨ!?』と、驚きつつ目の前の小柄な軍人に再考を求めるが如く語っている。
しかし、この平均的アメリカ女性と比して身長も何もかも"小さい"閣下は『あ~、気にしなくて良いわよ。何故なら貴女のダディを"司令代行"に任命して万事を委ねる予定よ。ま、いずれは将官になる事になるでしょうから、今の内から慣れさせるに越したこと無いわ。』と語り、事実上モルゲン大佐に丸投げする気満々であったのである。
その話にクーリアは『ああマイダディ、貴方は何と不幸な星の下に産まれたのでしょウ~。この小婆様と同じ時代に生きている事を呪って下さいネ~。』と、実父の上司運の無さ?に関して内心呟くのだった。
そんな不幸な星の下に産まれたモルゲン大佐が二人の下に来たのはそれから数分後であった。
もっとも、その表情はぐちゃぐちゃな、感情の向け先に困っている感じであったが……
「クーリアも居たか、しかし挨拶は後回しだ。……閣下、先ほど秘匿回線で大統領閣下直々に小官に命令が発せられました。」
「うん。それで大統領は何と?」
「はっ、結論から申し上げれば、小官を准将相当官として我が極東駐留軍の司令代行とし、閣下を休職扱いする……との事です。」
「ふむふむ、なるほど。流石は大統領閣下ね、話が解る人で良かったわ~。」
「閣下、僭越ながら一言申し上げたい。……大統領閣下に根回ししましたね!? 確か大統領閣下と閣下は幼友達だったハズ。そのツテを活かしましたね!?」
「大佐……ちょっと眼が恐いわよ。少し落ち着きなさい。」
「これが落ち着いていられますかぁ! この前言っていた事の答え合わせがコレですか!? 全く貴女という方は昔からこう何と言えば良いのか解らないくらいに突飛な事をなされる!」
「……」
「その度に小官の胃薬の量が増えていく事に、何ら責任は感じないのですか!?」
……モルゲン大佐の嘆きを沈黙して聞いていたリッサであったが、彼の嘆きを一通り聞いたところで口を開く。
『大佐、貴方の嘆きは理解できない訳じゃないわ。だけど、貴方もそろそろ独り立ちしていい頃合いと思ってたの。そう思ってたタイミングでの極東派遣だの留学生云々だの話な訳よ。このタイミングを活かさなければ次はいつ訪れるか解らない。ゆえに根回しをさせて貰ったわ。』
そして彼女は続けて『これも全ては我が国の未来の為よ。幸いにしてクーリアさんには私と同じ"光の枝"の力がある。ヤマト国に留学するついでにこの子の力の程を見極めたいのよ。……アタシも年だからね。』と述べ、大佐に理解を求めたのであった。
比較的堅物寄りの大佐でも"アメリカの未来の為"と言われては流石に反論は出来なかったらしく、渋い表情をしたまま暫く思案した末『……閣下、そこまで仰るならば小官としては語る事はありません。ただ一つ……クーリアを、娘の事を宜しくお願いします。この娘は私達家族の宝なので、万が一もしもの事があれば小官はともかく、妻が黙ってはいません。』と述べた。
これを聞き、リッサは『解ってるわよ。アンタだけでなく"セラヴィア"さんの恨みは買いたくないからね。あたしの眼が白くならない内はクーリアさんの事は守ってみせるわよ。』と返答するのであった……
その後、大佐がクーリアに事の重大さを語ると、陽気でおちゃらけキャラな彼女も表情がみるみる真顔に変化していったとか。
その辺りは流石は軍人の娘といったところなのかも知れない。
この日より暫くして、リッサとクーリアの両人は書類上は一般人としてヤマト国に正規入国する。
そして、正式な国交こそまだ無かったものの、ヤマト国政府に対しリッサの要求により、佐世保の某学校にクーリアを転入学させる事となるのであった。
(この過程で、彼女はヤマト国に在住している古馴染みの助力を借りている。既に隠居していたとは言うものの、その人物の力添えは大したモノだったらしい。……結論を言うなら、その人物が二人の後見人になったのだとか。)
斯くして、リッサとクーリアの両人はヤマトの地に足を踏み入れる。
この先、彼らを待つものとは一体何なのか? 特にクーリア個人にとって、この留学によりその半生を左右する出会いが待つのであるが……
それはまた、別の話である。
― つづく ―




