春の章その16
……美鶴が山の上の学校に転入学してきてから半月余りが経過していた。
その間、彼女の周りでは特に目立った騒ぎなどは起きず、学友である美紗音やなりみ、さちか達と仲を少しずつ深めていた。
一方、そこから一歩踏み出ると、正体不明の影が度々出現しては那苗や小蓮を含む守衛団に退治される事が繰り返されていた。
ただ、那苗と小蓮を除く大多数の守衛達の中には『春先まで斯様な存在は滅多に出てくる事無かったのに、急に出現頻度が上がった様に感じる』と思う者が少なからずいたようである。
とはいえ、件の影のような妖を撃退するのが守衛の成すべき事であると考える者もいた事から、色々内在した不安や疑念はあれども、それが外に出る事はなかったという。
しかし、そういう空気を守衛団の中に感じていた那苗は『彼らは知らない。いや、知らない方が幸せやも知れないな。件の影の出現頻度が増したのは間違いなく美鶴嬢が来てからだろう。この相関関係に勘づく奴がいたら、美鶴嬢を疑う者が出てきてもおかしくはない。』と考え、何とか対策を立てねばと思っていたという。
その事を那苗は神社の巫女の手伝いをした折り、当代の水の鬼の王である水梨鈴鹿に相談という形で話を持ち込む事となる……
「……なるほど、そういう相関関係に気付く者が現れたら、いの一番に美鶴が疑われるな。"美鶴が妖を引き寄せている"という感じで。」
「はい、私もその事を危惧しています。」
「そうか……。ところで妖の事に関して美鶴は知っているのか?」
「いえ……。私からは話はしていないので。小蓮にも暫く伏せておく様に指示はしています。」
「なるほど、心配させたくないという訳か……」
そこまで言うと、鈴鹿は何やら考え込む様にその場を左右に行ったり来たりし始めている。
暫くそんな状態が続いていたが、ある時ピタッと動きを止めて那苗に対して斯くの如き話を語り出したのである……
『那苗よ、妖が来ている理由を"妖を引き寄せる程に強い力を持つ者が居る為"と説明するのはどうだろうか? 美鶴は力自体は強くはない。それを逆手に取って説明するのだ。』
……こう語りつつ自信の一策と言わんばかりの表情を見せる鈴鹿であった。
だが、那苗から『ご当代様、僭越ながらその案は戦術的に悪くはないと思われますが、強い力の持ち主という"非実在人物"をどこから引っ張って来るのですか? 時期的に辻褄が合わないかと。』という突っ込みがなされ、鈴鹿は即座に目を丸くしてしまっていた。
自信の一策が脆くも崩れ、次善三善の策(所謂プランB)が無かった為か、鈴鹿は頭を抱えて困ってしまう。
その様子を見て那苗は『……鬼の王、戦場に出れば無敗を誇れども、策を弄する事に掛けては余人の後塵を拝すか。』という感想を内心吐露していた。
鈴鹿に限らず、鬼の王達の本領は戦場などの荒事にあった。
ゆえに統治者としては二流三流なところがあり、高天原に領地を持っていた頃は"統治"というより"管理"に近いスタンスだったとされる。
(まあ、鬼の王の威を以て無理矢理領地の揉め事を抑えていたとも言えるのだが、王が領地の管理権をヤマト国の総督府に譲る形となって以降、揉め事が度々生じるようになり、治安維持を委託している現地の兎人兵の軍団が動いている……というのが現実のようである。)
さて、無策となり困り果てている鈴鹿と話を持ち込んだ那苗の両人。
どうしたものかと考えていた……、まさに時だった。
『何やら困って居るようじゃの~。"妾"で良ければ話に乗ってもよいし、力になってやってもよいぞよ。』
唐突に両人の頭の中に直接聞こえてきた"幼さを多分に残した声"に、双方とも互いの顔を見合って『何事?』と言いたげな表情を見せていた。
しかし今度は彼らの耳に直接先ほどの声が聞こえてきたのだった……
『汝ら、妾の声が聞こえていたのであろう? 今は頭の中ではなくその耳で聞こえておるハズじゃ! ……それと水の当代よ、汝は妾の事を知っているハズであろう? それとも記憶そーしつか何かか?』
謎の声から指摘されて、鈴鹿は少し考え込んだ後、何かに気付いたのか?明らかに驚きの表情を見せていた。
事情が読み込めない那苗がどういう事かと鈴鹿に訊ねるよりも早く、謎の声の主が彼らの前に現れる事となる……
「やれやれ、人の子らよ……そっちは兎人族の者であったな。そなたが知らぬは当然の事よ。」
「なっ!? 突然目の前に現れた!? しかし、その姿は長命種の方々の衣装と同じ……ん?」
「何じゃ? 妾の顔に何か付いておるのかの?」
「……似ている。以前この神社の社務所の客間で会った"あの小さな娘"に。」
「ん? 小さな娘……とな? それはもしや……」
そう語ると、その人物は懐から一枚の札を素早く取り出し、何やら力を込め始めた。
それは那苗からすれば"霊力"として認識できるモノだったが、その霊力の底が感覚として見えなかったという。
この時、那苗は少し前に出会った小さな娘から感じた"無明"と同じモノを感じる事となる。
『な、何だと……コレはあの時感じたのと同じだ。そういえばあの娘の事は何も知らされて無かったが、この者も含め一体何者なんだ……』
那苗がそう思っている間も、謎の人物(見た目は少女)は札に霊力?を込めていたが、程なくその札が発光を伴いながら形状を変えていったのである。
その発光が終わり、札だったモノは見た目円形の"青銅鏡"へと形状が変わっていた。
驚く那苗を横目にその人物が何やら唱えると青銅鏡が宙に浮き、その鏡面部分が何かを映し出していた。
「ふむふむ、なるほど……那苗とやら、汝はあ奴と面識があるのかえ?」
「え!? まだ名乗りもしていないのにどうして私の名を!?」
「ふっふっふっ、この鏡が教えてくれておるでの。ゆえにそれを知るなど容易き事よ。まあ、それはそうと水の王……鈴鹿共々困り事があるのではないかえ?」
そう告げられて那苗は本題を思い出す事になる。
と同時に静観していた鈴鹿がこの人物の左手首を掴むなり、那苗から少し離れた所に連れ込んだのである……
「な、何をするのじゃ? そなた、いづるみたいに強引な事をする様な輩ではなかったハズ……」
「そういう場合でも無いでしょう。それより貴方様……いや"御鏡様"が来られるとは思いにもよらず、またこちらが失念していた事に関して深くお詫び致すところですが……」
「あ~、慌てておる事は解ったからまずは落ち着くが良かろう。あの那苗とか申す兎人族の小娘、妾はともかく"サーナ"とか称しておるあ奴の事も詳しくは知らぬのであろう?」
「はっ、仰る通りでございます。」
「ふむ、そういう事なら妾の事も適当に説明して良かろう。あ奴も自身の事は関係者以外には黙ったままなのだろうし……」
そう語る"御鏡様"と呼ばれる少女然した人物は、ちょっとだけ那苗の方に視線を向けた後、再び鈴鹿の方に視線を戻して『では鈴鹿よ、あの那苗とやらに妾の紹介をしてたもれ。無論、妾の正体は伏せた上での。』と要求した。
鈴鹿にはその要求を断る権利も権限も無かったらしく、やむ無く承知するのであった……
『……という訳で、こちらの"御鏡様"は先に話したサーナ様のお知り合いである。那苗よ、理解できたか?』
鈴鹿は無い知恵の限りを尽くして那苗に対して"御鏡様"、そして先に出会ったサーナに関する説明を行っていた。
その話を聞いた那苗はかなり驚いていた様子であった。なぜなら"碧月帝の直属ゆえに他者と関わる事がほとんど無かった者達"と紹介された為であったからである。
……無論、口から出任せなのであるが、碧月帝と面識がある事自体は事実なので虚実を交えて話を組み立てたようである。
(ちなみにサーナに関しては"御玉様"として那苗に紹介しているが、表向きは所謂"コードネーム(任務上の仮名)"という名目であった。もっとも、実際はコードネームでもなんでもなかったのである……)
さて、御鏡様と呼ばれる少女然とした人物だが、その見た目は何処と無くサーナにそっくりであった。
もっとも、違いがあるとすれば、身に付けている装飾品の違いと髪の毛の長さの違いくらいであろう。
なお、髪の毛の長さは御鏡様の方が腰のあたりまでであるが、そもそも身長自体がサーナとさほど変わらないので、どっちもどっちと言ったところである。
その御鏡様を交えた三者で改めて美鶴を守る方法を協議したのだが、どうやら御鏡様の頭の中では結論が出ていた様であった……
「……汝ら、要するに美鶴とやらが住まう学生寮とやらの寮生の中に衆目を集める者を生じさせれば良いと考えていた……という事じゃな?」
「ええ、大雑把に言うとそうなります。」
「鈴鹿はともかく、那苗とやら、汝も中々に狡猾よのぅ。要は人柱、人身御供を用意すれば良いと考えるとは。」
「戦術的に囮を用いるのは戦場での経験則からです。ただ、結果として無関係な者に美鶴様の盾となって貰わねばならないというのが……」
「ふむ、良心の呵責という奴かえ? そこまで考えていて、かつ心を痛めるとは難儀なモノじゃのぅ。……ならばこうしようか?」
「ん? 何をするのですか?」
「なぁに、簡単な事よ。妾が寮生の誰かに接触して少し力を与える。そうすれば汝の周りの守衛達も妖共もそっちに意識が向くであろう。」
「えっ? 力を与える!? そ、そんな事ができるのですか? いや、それ以前に帝直属の方がおいそれと一般の者に接触するなど……」
「ああ、その事なら気にするには及ばぬ。こういう事態なんぞ以前にいづるの周りで試した事があるでな。」
「え、あのガサツ女の周りで?」
那苗が驚きながらそう述べると、話を聞いていた鈴鹿が必死に笑いを堪えている姿が目に入ってきた。
気になって鈴鹿に笑い掛かっている理由を訊ねると彼女は『ああ、東雲の奴がヤマト国の一部偉い衆から"護国の鬼姫"と呼ばれていた事があった際、その事を周りに知られない様に別の者を名代に立てた事があってな。その時の経緯と今の話が丸被りなんだよ。その時の身代り役の者の大変さときたら……』と述べたところて思わず笑いが吹き出してしまった。
鈴鹿が笑うほどの事がかつて起きたのを察した那苗。改めて御鏡様に『美鶴様の盾役となる身代り予定の者は大変苦労するのでは無いですか? それに私達が相手している妖の物を相手にしなければならない。しかも積極的にです。』と訊くと、御鏡様は斯く答えたという……
『ああ、それに関しては問題無かろう。普通に何の気なしな者を選ぶ事はせぬ。寮生とやらの中でこういう荒事に積極的に首を突っ込む気質を持ち、かつ強い使命感を内包する者を妾が選ぶ。』
……と。
それを聞き、とりあえずは納得する事とした那苗であったが、やはり見知らぬ者を巻き込む形になってしまう事に関して罪悪感は感じていたとか。
そんな那苗を見て、御鏡様は『やれやれ、人の子とは何度見ても実に矛盾に満ちた生き物であろうか? まさに不完全、まさに未完成。されとて、それを善しとしているのがサーナと称しておる"勾玉"の奴なのじゃからなぁ……。ま、妾も奴も、まだ来ておらぬ"剣"も、大いなる意思の分け御霊のようなモノ。これもまた定めという奴であろう。』と思うのであった……
この日より少しのち、学生寮の周辺で守衛以外で妖を討つ者の姿が度々幾人かの守衛らによって目撃される事となる。
それと同時に妖の物が出現するのは、その者に引き寄せられているからでは?という話がなされ、多くの守衛達はそれに同意する事となる。
つまり"寄り付く妖を討ち滅ぼし、返り討ちにしている者がいる"と見なされる事となったのである。
こういう認識で守衛達の意識が固まった時点で、鈴鹿や那苗の目論見は一応の成功を迎えたのである。
ただし、実際に返り討ちにしている者はそんな外野の思惑など"この時点"では知るよしも無かったという……
― つづく ―




