春の章その13
美鶴が教室内に入ってきた時、そこに居た生徒達からは驚きと感嘆の声が漏れ出していた。
特に美鶴の容姿を見た者の中からは『白髪? それとも銀髪かな? どちらにも見えるけど、綺麗な髪の毛だね~。』だの『深紅の瞳か~。これはこれでいいモノだ。』とかいう意見が出てきていた。
一方、なぜか我が事のように自信ありげな表情を見せる美紗音の姿をみて、少し呆れる学友達も居たみたいで『いや、今川さんがそういう態度を取ってどうするの?』とか『今川さん、ひょっとして脳でも焼かれた?』という意見がダダ漏れしていたとか。
その後、教壇に招き寄せられた美鶴は、中堀の促しを受けて自己紹介を始める……
『皆様方、お初にお目に掛かります。私の名前は東雲美鶴と申します。東雲という字は"東の雲"と書いての東雲です。本日よりこちらでお世話になる事となりました。不束者ですがこれから宜しくお願い致します。』
……この自己紹介を終えた後、目の前に居る学友達に対して一礼をし、教壇を中堀に譲る動きを見せている。
この後、中堀から美鶴に関する簡単な話がなされるのであるが、中堀自身あまり聞かない話の連続であったと、のちに周囲に述べたという。
事前に聞かされた美鶴に関する話は「"多少控えめにされていた"物だったが、それでもいづるが彼女を連れ回していたという基本的な点は変わっていなかった。
それを聞かされた中堀は『先輩、自由人だとは思ってましたけど、娘さんを連れ回しての行動は流石に引きますよぉ~。もう少し、いや大いに腰を据えて育てるべきですよ……』という感想を周囲に漏らしていたとか。
更にその上で、いづるが娘を得ている事に関して、事情を知らなかった、真相を伏せられていた事から『先輩をたぶらかした野郎が居るんですね……そして彼女が産まれた。先輩も子供を捨てるなんて選択はできなかった。自由人なのに、親としての責任を全うしようとするその姿……感服しましたぁ~。』と、勝手に敬愛の念を強く持つ事となったという。
(なお、この事実を後に知ったいづるは『ちゅーぼり(中堀)のヤツ、勝手に妄想を膨らませやがって。こいつのこういう所があったからいつぞやの件以来、卒業するまで距離を置いてたんだよ……』と、若干面倒臭い後輩という認識で見ていた事を本人以外の関係者に白状している。)
さて、中堀より美鶴が座る席を指し示されたのだが、そこは幸いにして美紗音の席の隣の窓際の、更に最前列にある席であった。
その席に美鶴が着席したのを確認して、中堀は一通りの朝礼を済ませ、一旦教室から退出する事となる。なお余談だが、彼女の担当教科は俗にいう"社会科"であったとか。
斯くして中堀がいなくなった後、美鶴は隣の美沙音に話し掛けようとしたところ、他の席の生徒達がほぼ一斉に美鶴の周りに集まり出したのである。
所謂「転入生への質問攻勢」というヤツであり、美鶴の周囲はあっという間に人口密集率が高くなったのであった。
また、甲組に転入生が来る事を風の噂や学生寮入寮に関する話も含めて聞き及んでいた"乙組""丙組""丁組"など他所の学級の生徒達も見に来たため、この瞬間だけ甲組周辺の人口密集率も著しく高くなっていたようである。
美鶴は質問を聞きつつ、可能な限り一つ一つ回答していたが、流石に慣れない状況に言葉が詰まる場面が見られたという。
その様子に気づいた美紗音が助け船を出そうとするも、人だかりの壁を前に跳ね返される事となり、どうすれば良いかと思案してしまった。
このままでは美鶴が焼き切れてしまうと思われた……まさにその時、教室中に響く声があったという。
『貴女達! 転入生の方が酷く困っているじゃないの! 少しは淑女として空気を読みなさい! でなければ……この甲組の生徒総代として教員会に報告しなければならなくなりますわ。それでも宜しいですの?!』
集まっていた生徒達が声の主の方に顔を向けたところ、そこには「綺麗な黒髪を腰まで伸ばしつつ、一部の髪が螺旋状に巻いていた」如何にもお嬢様めいた、小柄な少女が立っていた。
その人物を見て、多くの生徒達が口々に『げっ、総代じゃん。よりにもよって面倒なのが出てきた。』とか『問題事に積極的に介入してくる厄介さんか。こりゃ退散した方がいいかな? 興が冷めるし……』といった具合で不満を表す者が少なからずいた。
しかし、その小柄な少女の隣に立つ彼女とは真逆で背丈が高めで更にボーイッシュな髪型をした、開いてるのか閉じてるのか判別が難しい所謂"糸目"をした少女の姿を見た途端、彼女達は慌てて美鶴の周りから退散し始めたのである……
「あらあら、わたくしの言葉を聞いて思うところがあったのかしら?」
「いや、多分それは違うと思うぞ"なりみ"」
「え? ですけど皆様はわたくしの言葉を聞いて動いた様にしか見えませんわよ? 他に何か理由でもあるのかしら? "さっちゅん"は何か知ってまして?」
「あ、いや……別にわたしから言う事はねぇわ。あははは……はぁ~。」
二人の会話を聞いていた別の生徒の一人が『ありゃ~。ま~た始まったよ、"石田さん"の勘違い。みんな実際は石田さんの言葉じゃなくて、横に居た"近島さん"の無言の圧力に押されて下がったのに。
小学生の時から見てたけど、まさに"虎の威を借る狐"って格言を可視化したようなモノなんだよね、この二人の関係。』と心の中で呟いていたとか。
美鶴の周りから蜘蛛の子を散らすように生徒達が離れた後、美沙音が心配そうに美鶴の様子を確認しつつ二三言葉を交わしていた。
そんな彼女達の所に先ほど声を発していた小柄な少女と、背丈の高めな少女がやって来たのである……
「邪魔者が去りましたわね。それより貴女……東雲さんかしら、大丈夫でしたの?」
「え、ええ、私は大丈夫です。ただちょっと慣れない状況でしたので少しは……」
「疲れましたのね! わかりますわ、あんな大人数からあれやこれや言われて相手をしなければならないとか、聖徳太子でもなければ対応できません事よ。」
「聖徳太子だけでなく、"蜀の鳳雛"も含めてやれ。」
「ちょ!? さっちゅん、太子は我が国の偉人ですわ。引き合いに出すならこちらだけで充分ですのに、なぜに"蜀漢の昭烈帝"の身代わりで蜂の巣だか矢達磨にされた方を出さねばならないのですの!?」
「いや、太子だけが特別じゃないし。ヤマトだけが世界の全てじゃないから……」
「全くさっちゅんは……あちらの方々に気を使う必要はありませんのに。……って話が逸れてしまいましたわ。改めて繰り返しになりますが東雲さん、お加減は大丈夫ですの?」
「え、ええ……私は、大丈夫、です。」
美鶴が少し、いやドン引きしまう会話を目の前で行う二人の少女を見て、同じように引き気味だった美紗音が気を取り直して『ちょっと石田さん、近島さん、東雲さんが引いていますよ? 少しは自重してください!』と釘を刺しに掛かると、教室内の生徒達は『今川さん、良く言ってくれました!』と心の中で呟きと拍手をしていたとか。
明らかに空気が悪くなったのを察した"さっちゅん"が『なりみ、取り敢えず話はここまでにしよう。それに……、わたし達の自己紹介を全くしていない。』と話し掛け、それを受けて『そういえばそうでしたわ。』と、なりみが返した事で一応その場は収まったという。
そして、一息入れた後、二人は改めて自己紹介を始めたのである……
「では改めてまして。わたくし当甲組の生徒総代を務めています"石田なりみ"と申しますの。どうぞ宜しくですわ。そして、こちらに控えているのは……さっちゅんですわ。」
「おいなりみ、その紹介の仕方はないだろう? まあ、それはそうと……わたしは"近島さちか"。甲組の生徒副総代、平たく言うなら補佐役ってトコかな? それをやってる。そんな訳で改めて宜しく頼む。」
多少上から目線で名乗るなりみと、割りと親しみ易さを前に出すさちか。
ある意味凸凹コンビと言える二人からの自己紹介を受けて美鶴も改めて自己紹介をしている。
この過程で美紗音も彼女ら二人とは小学生時代からの知己の間柄である事を知る事となったという……
「……ではお二人と美紗音さんはお知り合いという事に?」
「あ~、私と石田さん近島さんとは違う学級だったけどね。確か二人は幼馴染みだったんだよね?」
「ええ、そうですわ。わたくしとさっちゅんは産まれた病院が一緒でしたのよ。……もっとも、さっちゅんの方が先に産まれたのですけど。」
「おい、なぜその部分だけ不満げに語るんだ? 産まれまで操作はできないだろうに……」
「だっ、だってさっちゅん、わたくしより先に産まれた事で微妙にお姉さんぶってるところがあるじゃありませんか。」
「いや、それは……ほら、お前のお袋さんから色々言われてるから。わたしとしても、お袋さんの頼みは断れないし。」
「全くさっちゅんはお母様の頼みを聞き過ぎですわ。たまには断ってもよろしいのに。」
そう語りつつ少し膨れっ面になるなりみと、それを宥めるさちかという構図。
この構図をこの二人は何年も繰り広げていた事を美鶴は美紗音からこの時説明されている。
その説明を聞いた美鶴は『幼馴染みというのは阿吽の呼吸ができるほどに仲が近しい間柄という事なんですね。ちょっと羨ましいかも?』と、感嘆を込めつつ語っている。
そして一息間を置いて『私には同世代の友人と呼べる方が長らくいませんでした。かーさまは兎も角、小蓮は年長者で友人というより寧ろ姉に近い感じでしたし……』と述べた上で、暫し何事かを考えた末……
『石田さんに近島さん、突然ですがこの様な申し出を言うのも烏滸がましいとは思いますが、もしご迷惑でなければこちらの美紗音さんも含め、どうか私とお友達というモノになって頂けないでしょうか? 先ほどまで人だかりに埋もれていた私を助けて頂いたのも何かの縁のように思いますし。』
……と述べ、なりみとさちかに友達付き合いできないかと打診してきたのである。
突然の申し出に、なりみは『えっ? 初対面で少しだけしか会話してないのにいきなり友達になりたいと仰るだなんて……東雲さん、意外と強引なところがあるのかしら?』という感想を持つ。
一方さちかは『悪く言うなら馴れ馴れしいって奴なのかも知れないな。ただ、中堀先生の話を聞く限り同世代の友人ができなかった環境にいたみたいだし、わたし個人は別になっても良いかな? それに何よりなりみの友人は増やしたいからな。』と考えつつ、小柄な幼馴染みに視線を向けていた。
その視線に気がついたなりみ、即座にさちかの手を掴んで美鶴の席から少し離れると、二人でひそひそ話を始めたのである……
「さっちゅん、東雲さんはあの様な事を言ってますが、わたくし達にとって何か利点の様なモノはありますか?」
「おいおい、友達になりたいと言ってきてる相手に対してお前は何を要求するつもりなんだ? そういう現金なところがお前が友達をわたし以外で得られないでいる原因だろう? それに中学生になったんだから、そろそろ人間関係に関しても拡張すべき頃合いだと思うぞ?」
「え? それは確かにそうかもしれませんが……」
「それにだ、東雲さんは転入してきたばかりで周りに頼れる奴がいない。ま、今川さんは既に親しい関係みたいだが、それを除けば未開の荒野みたいなモノだ。そこでわたし達が友達になったなら彼女も心強い仲間ができたと思って安心するだろ? 少なくともわたしは友達になって良いと思うな。」
「うーん……、さっちゅんがそこまで言うのならわたくしとしては異論はありませんわ。確かに考えれば右も左も知らぬ所で過ごす訳ですから、知ってるわたくし達が支えるのも悪くありませんし。」
「んじゃ、決まりだな。」
こそこそ話を終え、二人は美鶴の前に移動してきて美鶴の申し出を受け入れる事を告げている。
それと同時に美紗音も友達関係にならないか?という提案を行い、彼女もそれを承知したという。
ここに美鶴と三人の友人関係が生じる事となる。そしてこの関係が長きに渡る事になるのを、この時の四人は知る由も無かったのであった……
― つづく ―




